岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・社会・歴史について考える

過去の記憶を怖れる歌:尾崎左永子の短歌

2022年09月28日 23時23分53秒 | 尾崎左永子(長澤一作・川島喜代詩)の短歌を読む
・切尖(きっさき)の光るものなべて怖れゐし午後過ぎて夕べ草に降る雨

 「鎌倉もだぁん」所収

 日常詠である。これも「NHK歌壇」で紹介された一首。

 「切尖(きっさき)の光るものなべて」とは、「切尖(きっさき)の鋭く尖った包丁など」と番組で作者が述べていた。「なべて」は「おおよそすべて」の意。

 「包丁・千枚通しなど、切尖(きっさき)尖るものは、今でも苦手」だそうだ。
 「切尖(きっさき)の光るものなべて」とは、一見曖昧はようだが、個別具体的なもの」を捨象しているのだ。佐藤佐太郎の言う「表現の限定」。

 それを作者は今でも心の底で苦手意識をもっている。いまでも「怖れて」いるのだ。下の句がその心情を象徴している。
 
 過去の記憶にいまだにこだわっている。「表現の限定」「象徴」これを佐藤佐太郎から受け継いで作者の独自性を表出した、鋭い感覚の作品である。



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