・昭和三十二年八月 螻蛄のごと奔れり午睡の町をジープが・
「日本人霊歌」所収。発行は1958年(昭和33年)9月。
初出の時期は手元の資料でははっきりしない。そこで1957年(昭和32年)8月に何があったか年表をひらいてみた。前年からの特に日米関係・外交関係に焦点を当ててみた。なぜならジープは在日米軍の暗喩と考えられるからだ。(前衛短歌の特徴のひとつは「喩」、それも「暗喩」を多用することである。それゆえ「難解」になり、幾通りもの読みを可能にする。)
・1956年(昭和31年):日ソ共同宣言・日本が国連に加盟。ハンガリー動乱・スエズ動乱。
・1957年(昭和32年):岸首相アメリカを訪問。日本初の原子力発電所に点火。ソ連、人口衛星打ち上げに成功。8月、安全保障日米委員会発足。
ソ連の人工衛星打ち上げ成功は、核兵器の軍拡競争と結びつく。大陸間弾道弾の生産が可能になるからだ。日本は国連に加盟したが、東欧・中東では相次ぐ動乱。国連加盟で「日本が国際社会に復帰」が世情を賑わしたが、「日米安保」交渉が進んでいた。表向きの平安とは裏腹にである。こうした社会背景を考えれば作品の読み取りの鍵が見つかる。
螻蛄(けら)は夜ことさら声高に鳴く虫、しかも害虫である。その螻蛄のようにジープ(米軍を象徴化したもの)が午睡の町を走って行く。とすれば「午睡=昼寝をしている町」は、日本と日本人のメタファーであろう。
「螻蛄のごと奔れり」の表現には「夜(=闇)に君臨する」の印象が伴う。米軍を進駐軍の延長ととらえているようでもある。
「日本人が眠りほうけている間に世界がキナ臭い方向に動いている。それに日本が直接係わろうとしている」と読める。
こういう「社会背景を背負った強烈なメタファー」を考えに入れると、塚本短歌を読みとることができる。それをより強烈にするのは、上の句の「句またがり」と「字足らず」である。上の句が「時」を表すのに対し、「一字アケ」のあとは「螻蛄のごとく奔れるジープ=アメリカの暗喩」と「午睡(昼寝)する日本の暗喩」である。
「八月」の蒸し暑さと、「午睡する町」「ジープのたてる埃」の組み合わせによって、「アンニュイ・けだるさ」を表現したとも読める。が・・・。
メタフィジカルというより、断定的なメタファーそのもの。それが塚本邦雄の思想性であり、戦前戦中の短歌に対する回答だったと僕は思う。それはインパクトの強い暗喩がしばしば使われているところに端的にあらわれている。
暗喩を多用するのは、岡井隆・寺山修司にも共通する。そして象徴詩としての性格を帯びる。象徴派の葛原妙子がその一角を占めるのも偶然ではない。
