・しづかなる若葉のひまに立房の橡(とち)の花咲きて心つつまし・
佐太郎の第4歌集「立房」のタイトルとなった一首である。佐太郎の歌集は自選歌集をのぞいて13冊あるが、タイトルの由来となった作品はしばしばその歌集の代表作・歌集の傾向を示すものとなっている。「歩道」「帰潮」「地表」「冬木」は特にそれが言える。
前歌集「しろたへ」に続いて、「立房」もまた深く沈潜した作品が多い。どちらかと言えば地味である。これにはいくつか理由があると考えられるが、ひとつは作品制作と歌集出版の時期の問題がある。
制作年代は1945年(昭和20年)と1946年(昭和21年)。刊行は1947年(昭和22年)である。版元は「永言社」。佐太郎みずからが設立した出版社である。前歌集との間隔も3年と佐太郎にしては短い。どこか急いで上梓した感がある。
だが、佐太郎らしさが形成されつつある。
この一首について言うと、
ひとつは「虚」と「実」の行き来が見られることである。「心つつまし」「しずかなる」が「虚」、「若葉のひまに」「橡の花」が「実」である。
もうひとつは「虚語」の使用。「つつまし」「しづかなる」は「虚語」である。(< カテゴリー「写生論アラカルト」 >の「虚と実」の記事参照。)
今西幹一が「純粋短歌確立期」と呼んだ通り。「都市詠」も姿を消しているが、この時期にあらわれている「感情の沈潜」と、「都市詠のシャープさ」の両方の結合は、第五歌集「帰潮」を待たねばならない。
