學燈社の「國文学」臨時増刊号(1998年11月)には「名歌・問題歌・難解歌の謎」と題した企画があって、82人の歌人の作品が一首づつとりあげられている。佐藤佐太郎の作品もこの中に含まれている。次の一首である。
・冬山の青岸渡寺の庭に出でて風にかたむく那智の滝みゆ・
景が大きくてわかりやすいと思うのだが、これが「難解」な理由は「那智の大瀑が少々の風に傾くはずがない。これは作者の心情の作用である。」というのである。
佐太郎の自註は明快で、「風の強い日で、ときどき滝の風にたなびくのが見えた」である。「見えたからそう詠んだのだ」と居直っているように聞こえなくもないが、「見たままを詠む」と「大胆な詩的把握をする」という二つの要素が結びついたものともいえる。実際には水煙だったかも知れない。しかし、
「風に傾く水煙見ゆ」
では面白くも何ともない。
また、「那智の滝」という固有名詞が活きている。その上「静岸渡寺」とさらに固有名詞が畳みかけられている。こういう詠み方は佐太郎にしては珍しい。
