岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・社会・歴史について考える

斎藤茂吉「短歌に於ける写生の説」を読む

2011年02月28日 23時59分59秒 | 写生論の多様性
「短歌に於ける写生の説」は斎藤茂吉の歌論の中心。岩波文庫「斎藤茂吉歌論集」にも掲載されているが全文ではないので、全文を読むには「全集」「選集」などによるしかないが、僕は筑摩書房「現代日本文学大系」によった。

 全体が9章からなるものだが、最初8章が1920年(大正10年)4月から11月に「アララギ」に掲載されたもので、最後の1章「後記」は刊行されるときに加えられものだ。


 先ずは「岩波現代短歌辞典」(岡井隆監修)の記述を引用する。

「(「短歌に於ける写生の説」は)< 写生 >の語の意味を東洋画論までさかのぼり検証することで、< 実相に観入して自然自己一元の生を写す。これが短歌上の写生である >という有名な言葉を導きだした。写生の範囲は人間の感覚に訴えるすべてを含み、その天地万物のいのちを感受し表現することが写生であるとした。」


 さて内容。便宜的に通し番号をうつ。

1・< 東洋画論の用語例 >:中国画における用語例、日本画における用語例を具体的に検証する。引用は蘇軾の詩から本居宣長、渡辺崋山にまで及ぶ。この論述は島木赤彦の「写生道」の論の内容に合致するものであり、また島木赤彦を意識したものと言える。

2・< 正岡子規の用語例 >:森鷗外の言葉を皮きりに、正岡子規の書き残したものを列挙する。「歌よみに与ふる書」「墨汁一滴」「俳諧大要」「病状六尺」をはじめ、「日本新聞」に掲載された文章や、「俳人蕪村」からも引用する。

3・< 写生の異説抄記 >:「写生」に反対する人々への反論。与謝野晶子・半田良平などの「明星系」の歌人が多いが、その中に伊藤左千夫が含まれているのは注目に値する。つまり伊藤左千夫の「写生論」の理解は間違っているというのであるが、さすがに「選歌の師」と呼ぶだけあって、コメント抜きで書かれている。

4・< 「短歌と写生」一家言 >:ここでよく知られた「実相観入」が説かれる。曰く「実相に観入して自然・自己一元の生を写す。これが短歌上の写生である。・・・自然はロダンなどが生涯遜つて(かかって)そして力強く云ったあの意味でもいい。・・・(またそれは)人生自然全体を包括した、我々の対象の世界(=我々を取り巻く世界:注・岩田)の名である。・・・< 生 >は造化不窮の生気、天地万物生々の< 生 >で< いのち >の義である。< 写 >の字は・・・ここでは実現位でいい。」そして「写生の嫌な人は写生を云はなくてもいい。」と自分の作歌理念であることを強調する。ただ3との関係で言えば、的外れな非難は受け入れ難いということであろう。

5・< 続・「写生と短歌」一家言 >:「象徴的、神秘的、宗教的、気韻、写意(=意を表す、情感をあらわす:注・岩田)、さういうことは、真に写生をすれば、おのずからあらはれるものである。」と言う。写生をつきつめていけば、おのずから象徴に至るということだが、「斎藤茂吉・その迷宮に遊ぶ」(岡井隆ほか共著)で永田和宏が言っているように、写生から象徴にいたるその過程が抜けている。その理由は6で明らかになる。

6・< 写生の説別記 其の1 >:聖書の記述、伊藤左千夫、長塚節の書き残したものを引用しながら、伊藤左千夫と長塚節(=島木赤彦も斎藤茂吉も長塚節の写生論を受け継いでいるのだが。:注・岩田)の対立点を簡単にまとめる。と同時に窪田空穂・与謝野晶子への反論をして、そのなかに「僕はぼくの信ずる結論だけを書いておいた」という。「写生から象徴に至る過程」が省略されているのはそのせいだろう。象徴については島木赤彦が「歌道小見」でふれているが、象徴を詳しく定義したのは佐藤佐太郎の「純粋短歌」その他の歌論である。そして最後に自説と正岡子規・島木赤彦の一致を強調し、太田水穂への反論をする。そのなかに日本画の「筆略」について言及する。これを茂吉は短歌における単純化といい、ロダンの述べ言葉でこれを補強する。

7・< 写生の説別記 其の2 >:三井甲之を含み、諸家の批判に答えるとともに、「ホトトギス」に集う俳人の「写生論」を紹介している。

8・< 写生の説別記 其の3 >:太田水穂への回答。「写生と写意の一致」を述べる。「子規は写生を方便としていない」としつつ、画家の中村竹洞の写生論を読み込む。そして実相観入は空想ではなく、写生は形をうつすだけではないと結論する。

9・< 後記 >:刊行するにあたって追加されたまとめ。森鴎外の文学論、蘇東坡の詩、などについて述べるが太田水穂との論争の書という趣で終る。


 まとめ。全体として与謝野晶子などの人々など、とりわけ太田水穂との論争の書という感が強い。同じ意見だとする島木赤彦の「歌道小見」が冷静な文学論であるのと比べて、対照的である。まあそれが茂吉らしさといえば茂吉らしさである。一方の島木赤彦の「歌道小見」「写生道」は冷静だが、文学を「道」にするところはこれまた赤彦らしい。短歌の作風だけでなく、論の立て方にもそれぞれの個性が表れていると考えるとまことに面白い。





この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 石川啄木・小論 | トップ | 第二歌集「オリオンの剣(つ... »
最新の画像もっと見る

写生論の多様性」カテゴリの最新記事