オクトシティー正直村

おかしいな?変だな?と思った事を綴った駄文

言葉による誤解

2022年08月27日 | Weblog

「認知症」と言う言葉がある。

 まるで何かの病気のような言い方ばかりであるが、「認知症」は症状であり病名ではない。「認知症」の症状を発現する原因の病気はたくさんある。いろいろな病気を併発した結果の症状でもある。「認知症」であっても日常生活に支障なければそのまま放置しても問題ないとも言える。そして、最終的には人生の最後には誰でも「認知症」になって死んでゆく。「認知症」は人間の一生に不可欠のものとも言える。「認知症」を毛嫌いする人は穏やかな人生の最後をあきらめた人でもある。

一方的に「認知症」で片付けられると困ったことになる。

 「認知症」のままで生きていけるし、生きてゆく権利があるはずである。「認知症」は一つの個性だということもできる。「認知症」だから人間扱いしないとか、病人扱いされるのは本望ではない。そして、認知症はその大本の原因の病気を治せば改善するのである。なんだか、「認知症」が救うことのできない病気と勘違いされている。しかも、その認定を医者が行うという。簡単な検査で「認知症」と認定されても困ってしまう。


「いじめ」という言葉がある。

 まるで具体的な行動を指して「いじめ」と言っているのかと勘違いするが、「いじめ」は状況をあらわしているに過ぎない。中身はいろいろな行動を包含している。「いじめ」なんて曖昧な言葉を使わないで、具体的な中身を指摘した方がいいと思う。「強要」であり「名誉棄損」であり「恐喝」であり「暴行」であり「傷害」であり、さらには「過失致死」であり「殺人」である。そのような罪状を立証して告訴すればいいと思う。「いじめ」で片付けてはいけないのである。

「いじめ」そのものは何でも適用できる。

 いじめる者といじめられる者の関係があれば何をしても「いじめ」になる。そんな「いじめ」をなくすなんてできないし、「いじめ」をなくせば、他人に影響を及ぼすこと自体ができなくなる。他人と関係することさえできなくなる。これを「いじめ」だと言われたら何もできなくなる。それでいいはずがない。いじめ、いじめられて人間関係が成立しているとも言える。人間関係において上下の関係も重要であり、この状況を「いじめ」と言われたら人間関係は崩壊してしまう。

事程左様に訳の分からない言葉が横行している。

 パワハラだ、セクハラだ、マタハラだ、〇〇ハラだ、なんてあることないこと騒いでいる。談合だ、斡旋だ、忖度だ、〇〇だ、なども同じようなことである。確かに不正を働いている疑いはあるが、単なる一つの事実を取り上げて、すべてが不正であるというのは早とちりも甚だしいと思う。単なる状況証拠ならそれなりの扱いをしてほしいし、頭から犯罪者扱いでは本質を見失ってしまう。

安倍元総理の銃撃事件で警察の警備関係の人達が責任を取って辞任した。

 これも、類まれな「銃撃事件」ということで、騒ぐだけ騒いで、なにか本質が見えなくなっているのではないかと思う。確かに警備の不備もあっただろうが、本質的には、警備対象となる側の理解が得られていないことである。一般の人は誰もこれだけの事件が起こるとは思ってもいない。安全神話の中にどっぷりつかっている。危機感を最も持っているのは警察の警備関係の人達だと思う。その警備の専門家の忠告を聞かないのである。

演説会場は全周が解放空間であった。

 本来であれば、片側は建物か壁であるべきであり、ゴルゴ13ではないが壁を背にして立つべきなのである。また、警備担当者への演説会場の報告は直前であったという。こんな状況では警備計画も十分な準備も打ち合わせもできるはずがない。警備対象であるべき人達自身の安全への配慮が足らないのである。外国映画の「ボディーガード」ではないけれども、これ以下の最悪の状況になっている。

銃社会においては、銃声がしたらすぐに姿勢を低くして物陰に隠れるのが習性化している。

 外国の学校での銃乱射事件の映像が流れたことがあるが、みんな姿勢を低くして物陰に隠れてじっとしている。結果論を承知の上で言うが、安倍元首相も一発目の銃声のあとで少しでも姿勢を低くしてさえいれば二発目の致命傷を受けることはなかったと思う。映像を見る限りそのような危機感は持ち合わせていなかったようである。日本は銃社会ではないが、警備対象となるような人は少なくともとっさの時の身を守る行動を訓練しておく必要があるようだ。

関係する人達が責任を取って辞任すればいいわけではない。

 それでは、問題点は何も解決していない。もっと言えば、責任を取って辞任する人達に包括的な最終責任はあるだろうが、直接の責任はないはずである。いつも事件を終息させるためにこのような結末になるが、本当の問題は置いてけ堀である。事の本質は、直接の警備担当者だけの問題ではないのである。たぶん、警備担当者はそのことを指摘できない立場にあるのであろうが、考え直してもらいたい。


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