浪速のロッキー七夕に散る!

 今日は七夕。ボクシングの世界戦で七夕決戦となったのが
83年で、WBC世界Jウェルター級王者のブルース・カリーに
現在俳優で当時‘浪速のロッキー’と言われていた赤井英和が
挑戦した日だ。
 80年にデビューした赤井は、当たるを幸い倒しまくって14戦
全勝(13KO)でいよいよ世界挑戦となった。
 一方王者のカリ-は、5月18日にタイトルを奪取したばかり。
かつて日本のジムに所属していたのでタイプは分っていたので
赤井の一発が当たれば‘ひょっとして’という予想だった。
 実際 当時の赤井は今のヤ○ザオヤジの3兄弟とは比べものに
ならないぐらい人気があり前売り券は発売と同時に売り切れ。
 天性のスター性を持つ赤井はサービス満点で、試合日が
七夕という事に引っかけて

パチンコのスリーセブンに

ちなんで7並び、7Rで倒したる’

 と予告したのだ。
 試合は立ち上がりから気負って出る赤井を、カリ-は上手く
いなして赤井がパンチを振るってバランスを崩した所に左をヒット
させてダウンを奪う。
 そしてパンチで目もカットさせた。
 2R以降も赤井が出て、カリーが かわしながら軽打を打ち込む
という展開で試合が進む。
 5Rに赤井の左フックがヒットしてカリーがダウンしたが、判定は
スリップ。
ちょうどカリーがバランスを崩した所でのパンチだっただけに微妙
ではあったが。
 そして6Rに意を決した赤井が猛ラッシュをかけ場内大歓声、しかし
2分間攻めまくったものの有効なヒットはほとんどなく、残り1分には
逆襲を食ってダウン寸前まで追い込まれた。
 KO予告の7Rにはガス欠になった赤井をカリ-が容赦なく攻め
遂に赤井KO負け。
 

皮肉にも自らが予告したKOラウンドに

倒される事になったのだ。

  上半身の力が強く腕力で倒すタイプだった赤井の弱点は、下
半身との連動性がなかったのだ。
 早くも10月に再起戦を行って5連勝を飾った赤井だったが、85 年
2月に世界挑戦前哨戦で後の日本ミドル級王者の大和田正春と
対戦し、まさかの7RKOで敗れる。
 そのまま意識不明に陥った赤井は開頭手術を受けてボクサー
引退に追い込まれる。
 ただその後、俳優として再起して現在に至っている。
 例えば劇場版のウルトラマンコスモスで、コスモスに変身する春野
ムサシの父親役で出演していたが赤井が相手を殴るシーンを見て
‘やられた方はたまらんだろうな’と現役時代を知っているので妙に
心配になった事を覚えている。

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
あの時の新聞によると(大体東京スポーツ) (Unknown)
2007-07-08 00:28:22
あのカリー程度で8000万とかの報酬で、そりゃ喜んで日本来るわなぁ



収支は黒字だったらしいですよ



村田対チャンドラー第?戦は5000万とか



本当かどうかは知りませんけどね



渡辺二郎対尹の時が1600万渡嘉敷対金かん珍の初戦がⅠドル200円210円とかで6万ドルとか



韓国では凄い大金なるけど
 
 
 
そりゃそうでしょう (こーじ)
2007-07-09 00:12:30
>br様
 当時の赤井人気を考えれば8千万のファイトマネー出しても黒字でしょう。
 ガッツ石松がプエルトリコで防衛戦をした時のファイトマネーが6千万だったそうですからね。
 
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