日本はブラジルではない!ジーコ・ジャパン惨敗

 1年前の今日、サッカーW杯・ドイツ大会のグループリーグ
最終戦でジーコ・ジャパンはブラジル相手に先制したものの
1-4と逆転負けを喫し、前回大会に続く決勝ラウンド進出を
逃した。

 4年前トルシエ・ジャパンは、00シドニー五輪のメンバーを
中心にした若いチームで地元開催とはいえ2勝1分の好成績で
グループリーグを1位で通過した。
 トーナメント初戦でトルコに0-1で敗れたものの、トルシ
エ・ジャパンの中心メンバーがピークともいえる20代後半の
06ドイツ大会では上手く行けばベスト8、悪くてもベスト16に
入れるのでは?と言われていた。

 そして戦術に拘ったトルシエ方式から、個人技主体のジーコ
方式にシフトする事で中田英寿や中村俊輔ら才能溢れる選手
達を生かすことができるのでは?と期待されていた。

 しかし4年経って同じメンバーがヨーロッパのクラブで経験を
積んだ選手が増えたにも拘わらず無残な惨敗を喫する事になった。
 これは何とか言いながらジーコの強化方針の失敗としか、いい
様がない。

 ジーコが目指したのは日本サッカーのブラジル化だろう。
 体格的に欧米人より劣るのはあまり変りがないので、個人技で
勝負するブラジルスタイルこそが日本に合うとジーコは思ったの
ではないか。
 しかも中田英寿や中村俊輔、小野伸二、稲本潤一ら才能豊かな
選手が多いというのが、その考えに拍車をかけたのだろう。
 
 ただ日本とブラジルの決定的な違いはストリートサッカーから
始め、常に自分が主役と考えて育ったブラジル人と、学校体育の
一環として始め、うるさいコーチから怒鳴られる事に慣れている
日本人とは育ちが全く違いのだ。
  
 ジーコはブラジルと日本のギャップに悩まされていたようだが
立ち上げ当初にチームの中心にしようとした‘黄金の4人’構想は
1年もしないうちに頓挫したし、04年のアジア杯の頃には、泥臭く
守って中村からのパスを受けた鈴木がファウルを受けてセットプ
レーをもらい何とか押し込んで点を取り、その点を守りきって勝つ
というブラジル風とは似ても似つかないチームが出来上がったのだ。
 それもトルシエ時代なら圧勝していたような相手にである。
 
 結局‘日本人は1対1に弱いのでしっかりした戦術に沿ったプレー
スタイルで戦わないといけない’というトルシエの方針に対し
‘日本人でも1対1で勝てるのだから、むしろ戦術に縛られると肝心
の1対1の強さが失われる’というジーコの方針は非現実的だったと
言わざるを得ない。

‘サッカーは監督がするのではなく、あくまで選手が主役だ’とい
うジーコのポリシーは全く正反対の価値観を持ったオーストラリア
相手に悪夢の逆転負けを喫して吹っ飛んだのだ。
 そして最後は自らが目指したジーコの母国・ブラジルに惨敗とい
う型で終止符を打った。しょせんコピーはオリジナルに勝てない。

 ジーコは自分達が現役の頃にやっていた選手同士が‘あうん’の
呼吸でプレーするスタイルの復権を日本を使ってやろうとしたのでは
ないだろうか?
 そして今や母国・ブラジルですらきっちりと戦術を組み立てて、選
手達を動かすスタイルでないと勝てなくなっていたのだ。
 確かに大会後にトルコリーグのフェネルバフチェの監督として優勝
させているが、UEFA杯でも今一つだったようにジーコ監督の腕は自力
に勝るチームを勝たせられても格上のチーム相手に勝つ監督ではなか
ったというのがハッキリした。
 
 つまりW杯を戦う日本としては最も相性の悪いタイプの監督だったと
いう事だろう。そのジーコを監督に招聘した協会のお偉方が責任を取っ
たという事は未だに聞かない。 
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 怪しい博士 初代ウルトラ... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。