あしたのジョー2に思う

 9月26日にアップしたネタに’あしたのジョー’のアー
カイブ作りを始めた
と書いたが、それが先月いっぱいで
終わった。
 けっこう見ながら懐かしく思われていたが、今更ながら
気づいた事がある。
 それは1と2の間に7年程のブランクがあり、おかげで微妙
に設定が変わっていた事だ。
 2の制作者は、かなり大変だったと思う。
 
 原作は67年12月に連載が始まり、73年5月に終わっている。
 TV版は70年の4月に始まって71年の9月まで。カーロス・リ
ベラ戦を終えたジョーが旅に出て終わる。
 それから9年後の80年に対力石戦を中心にした劇場版が制作
され、10月から続編として2が始まった。

 実は原作が連載開始された67年は、現実のボクシング界では
ファイティング原田・藤猛・沼田義明と3人の正解王者を抱え
全盛期だった。
 なぜなら当時の世界タイトルは11階級で、アメリカの2人を
上回る3人の世界王者を抱えていたので一応は世界一のボクシ
ング王国となっていた。
 
 2が始まった80年にはジュニアクラスが増殖して15階級となり
統括団体もWBAとWBCと分裂して、世界王者と名乗る者達が最大で
30人もいたのだ。
 
 ジョーのライバル・力石徹は、ジョーに比べてかなり大きく
少年院で戦った時に丹下段平が「力石君はウエルター級(66,68
㌔)の体格」というセリフがある。
 戦っていた階級はフェザー級(57,15㌔)だから約10㌔の減量
をしていたのだ。だからジョーと戦うためにバンタム級(53,52
㌔)に落とすのは13㌔以上の減量となるので地獄を見るのは明白
である。
 ところが80年にはバンタムとフェザーの中間にジュニア・フェ
ザー級(55,34㌔)が、できている。これがあれば力石対ジョー
はJフェザーでの試合になる可能性が高かったわけで、力石が命を
落とさずに済んだかもしれない。

 また世界バンタム級王者のホセ・メンドーサは2では、当初WBC
王者でWBA王者のカロルド・ゴメスとの統一戦を行うという試合が
追加されていたり、ゴメスの元スパーリングパートナーのレオン・
スマイリーが世界ランキング1位。
 このスマイリーと世界5位のジョーが挑戦者決定戦を行い統一戦
で勝った王者に挑戦という設定にしている。これも80年という時代
設定に合わせたからに違いない。

 またカーロス・リベラ戦は原作では後楽園球場になっているが、
2では後楽園ホール。
 ただし大晦日の除夜の鐘決戦という設定にしている。
 面白いのが03年ぐらいからK-1などが大晦日の年越し興行を行って
いるが、ジョー対カーロス戦はそのはしりで時代を先取りしていた
のだ。

 こうしてみるとスタッフの苦労が分かるが、おかげで違和感なく
見られたのだ。スタッフに感謝である。

 あしたのジョーの原作や最初のアニメ版のデータについては
ダヲスさんのサイト・SOUL OF JOEを参考にさせていただきました。
 
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