清宮ワセダが社会人に勝った日    

 BS-1でOAされているスポーツ名勝負では先日06年度ラグビー
日本選手権の早稲田大―トヨタ自動車戦が、OAされていたので
録画して久しぶりに見たのだった。

 社会人がほぼプロ化してから学生は社会人に勝てなくなって
おり実際に学生が社会人に勝ったのは昭和最後の88年1月15日に
行われた当時の日本選手権で早稲田が東芝府中に22-16で勝っ
て以来という事になるし、特に平成に入ってからは95年に神戸
製鋼が大東文化大に100点ゲームを行った事もあり成人の日の
一発勝負ではなくなっていた。

 そんな中2年の時に東芝府中に勝った経験のある清宮克幸監督が
打倒社会人を掲げた最後の年度て挑んだ日本選手権の相手は前年
準優勝のトヨタだったわけで、いわゆる清宮早稲田の集大成とも
いえる一戦だった。

 当日はスコアボード側からの強風が吹き付ける中で始まり前半
早稲田が風上を取って試合が始まったので、早稲田が勝つには2
ポゼッション以上の差を付けなければと思っていた。

 アゴの骨折から復帰したFB五郎丸歩が前半2本のPGを決めると
更にトライを取って11-0からトヨタもカウンターから1T&Cを
返すのだが、直後に早稲田はT&Cで突き放し更にPGで21-7と
リードを広げるものの前半終了間際に攻め込んだ早稲田がボール
を奪われカウンターからT&Cを返し21-14で前半を終える。

 正直言って21-7になって終了間際に相手ゴール前まで攻め込
みながらターンオーバーされ、カウンターからT&Cを決められ
た事から後半は厳しくなるとは思った。

 それでも内橋のインターセプトからのT&Cで7点追加するが
直後にT&Cを返されて7点差に戻ると、更にPGまで決められて
遂に4点差に迫られる。

 それでも早稲田に疲れが出始める59分にトヨタのLOフラベル
がシンビンで14人になった事が大きかったし、何といってもラ
インアウトでトヨタはマイボールをほぼ取られたのが最終的に
番狂わせを呼んだという事になるだろう。

 逆に言えば早稲田サイドがトヨタのラインアウトを徹底的に
研究していた事になるし、4点差になった残り15分の攻防は昨年
のW杯スコットランド戦の終盤を思い出す展開だった。

 ただ当時は日本選手権もロスタイム制で現在のようなタイム
キーパー制ではなかったので40分を越えても試合が終わらない
のが今見ると不思議だったし、トヨタのSH麻田がボックスキッ
クを上げても実況が‘ボックスキック’と言ってないのも時代を感
じる。

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