草むしり作「ヨモちゃんと僕」前17
(春)春ってなぁに③
それからお父さんは竹林に行く時は、必ずボタンのついていないトレーナーを着てくようになりました。お父さんを苦しめただけのことはありネットの効果は抜群で、それ以降イノシシはやって来なくなりました。
ところがある朝
「やられた」
お父さんが悲痛な叫び声をあげました。
お父さんの目の前には大きな穴が掘られ、無残に食い荒らされた筍が転がっていました。雨上がりの竹林の中は腐りかけた落ち葉や草の匂いの他に、ぼく達とは明らかに違う動物の臭いがしていました。
「おかしいな。どこから入ってきたのだろう」
ネットはきれいに張られたままで、どこにもイノシシが入ったような跡はありません。それでも大きな穴が掘られ、土の中の筍が掘り荒らされています。お父さんは頭をひねっています。
「お父さん、どうしたの」
ヨモちゃんと僕はネットの目の中を通り抜けて、竹林の中に入っていきました。お父さんの張ったネットの目は大きくって、僕たちは楽に出入りができるのです。
「お前たち、いつもそうやって中に入っているのか」
ネットの目の中を自由に出入りするぼく達を見て、お父さんはしばらく考え込んでいました。
「どうだ、これなら入れないだろう」
その日お父さんはホームセンターに行って、「猫、小動物よけ」と書かれた小さな目のネットを買ってきました。春先に生まれたウリ坊たちが、ちょうど僕たちくらいの大きさになっているのに気がついたのでした。ウリ坊たちならネットの目の中を楽に通り抜けられるはずです。
「ウリ坊もこれなら、入れないだろう」
お父さんは大きな目のネットの上から、細かな目のネットを張っていきました。縦幅一メートルくらい細かな目のネットを、大人の膝の高さくらいに張って、残った部分は地面に覆い被せています。地面とネットの隙間からの侵入を防ぐためです。おかげで人間の出入りはますます難しくなりましたが、お父さんは満足そうです。
「いくらヨモギだって、今度は入れないだろう」
網の外にいるヨモちゃんに、お父さんが声を掛けました。
「お父さん、見て、見て」
ところがヨモちゃんは竹林の脇に植わっている柿の木に、いきなり駆け登っていきました。木の皮に爪を立てて、あっと言う間でした。てっぺんまで登ると、今度は半回転して向きを変え、頭を下にして駆け下りてきました。そして途中まで降りてくると、狙いを定めてネットの中に飛び降りました。一瞬の早業でした。
「やあ、ヨモギすごいね。でもウリ坊たちは木に登れないから大丈夫だよ」
頭の中をよぎった不安を打ち消すように、お父さんが言いました。僕はヨモちゃんを尊敬の眼差しで見ていました。ヨモちゃんは何事も無かったような顔をして、お父さんの足元で毛繕い始めました。
「すごい。僕ヨモちゃんについて行く」
首をそらして背中の毛を舐めているヨモちゃんに、僕は言いました。
「いや、嫌い。ついてこないで」
ヨモちゃんはネットに向かって走って行くと、地面を蹴ってポンと飛び上がり、大きなネットの目の中を飛び抜けて外に出て行きました。まるでサーカスのライオンの火の輪くぐりか、競馬の障害物競走を見ているようでした。
でも何を勘違いしたのかな。ぼくはただ、弟子にして欲しいって言っただけなのに。
「あいつ、飛んだ。ネットの目の中、飛び抜けた……。でもウリ坊は飛べないだろう。お前も飛べそうにないな。あんなこと出来るのは、ヨモギだけだ」
お父さんは不安を打ち消すように言うと、足元にいる僕を抱えてネットの下をくぐって、外に出て行こうとしました。ところが地面に覆い被せていたネットに足を引っかけて、転んでしまいました。でも今度はトレーナーを着ていたので、絡まることなく起き上ることが出来ました。でも驚いた僕が、お父さんの頬を引っ掻いてしまいました