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草むしりしながら

読書・料理・野菜つくりなど日々の想いをしたためます

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前17

2019-07-29 11:10:44 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前17
 
(春)春ってなぁに③

 それからお父さんは竹林に行く時は、必ずボタンのついていないトレーナーを着てくようになりました。お父さんを苦しめただけのことはありネットの効果は抜群で、それ以降イノシシはやって来なくなりました。

ところがある朝
「やられた」
お父さんが悲痛な叫び声をあげました。

 お父さんの目の前には大きな穴が掘られ、無残に食い荒らされた筍が転がっていました。雨上がりの竹林の中は腐りかけた落ち葉や草の匂いの他に、ぼく達とは明らかに違う動物の臭いがしていました。
「おかしいな。どこから入ってきたのだろう」
 ネットはきれいに張られたままで、どこにもイノシシが入ったような跡はありません。それでも大きな穴が掘られ、土の中の筍が掘り荒らされています。お父さんは頭をひねっています。

「お父さん、どうしたの」
ヨモちゃんと僕はネットの目の中を通り抜けて、竹林の中に入っていきました。お父さんの張ったネットの目は大きくって、僕たちは楽に出入りができるのです。
「お前たち、いつもそうやって中に入っているのか」
 ネットの目の中を自由に出入りするぼく達を見て、お父さんはしばらく考え込んでいました。

「どうだ、これなら入れないだろう」
 その日お父さんはホームセンターに行って、「猫、小動物よけ」と書かれた小さな目のネットを買ってきました。春先に生まれたウリ坊たちが、ちょうど僕たちくらいの大きさになっているのに気がついたのでした。ウリ坊たちならネットの目の中を楽に通り抜けられるはずです。

「ウリ坊もこれなら、入れないだろう」
 お父さんは大きな目のネットの上から、細かな目のネットを張っていきました。縦幅一メートルくらい細かな目のネットを、大人の膝の高さくらいに張って、残った部分は地面に覆い被せています。地面とネットの隙間からの侵入を防ぐためです。おかげで人間の出入りはますます難しくなりましたが、お父さんは満足そうです。

「いくらヨモギだって、今度は入れないだろう」
網の外にいるヨモちゃんに、お父さんが声を掛けました。
「お父さん、見て、見て」
 ところがヨモちゃんは竹林の脇に植わっている柿の木に、いきなり駆け登っていきました。木の皮に爪を立てて、あっと言う間でした。てっぺんまで登ると、今度は半回転して向きを変え、頭を下にして駆け下りてきました。そして途中まで降りてくると、狙いを定めてネットの中に飛び降りました。一瞬の早業でした。

「やあ、ヨモギすごいね。でもウリ坊たちは木に登れないから大丈夫だよ」
 頭の中をよぎった不安を打ち消すように、お父さんが言いました。僕はヨモちゃんを尊敬の眼差しで見ていました。ヨモちゃんは何事も無かったような顔をして、お父さんの足元で毛繕い始めました。

「すごい。僕ヨモちゃんについて行く」
首をそらして背中の毛を舐めているヨモちゃんに、僕は言いました。
「いや、嫌い。ついてこないで」
 ヨモちゃんはネットに向かって走って行くと、地面を蹴ってポンと飛び上がり、大きなネットの目の中を飛び抜けて外に出て行きました。まるでサーカスのライオンの火の輪くぐりか、競馬の障害物競走を見ているようでした。

でも何を勘違いしたのかな。ぼくはただ、弟子にして欲しいって言っただけなのに。

「あいつ、飛んだ。ネットの目の中、飛び抜けた……。でもウリ坊は飛べないだろう。お前も飛べそうにないな。あんなこと出来るのは、ヨモギだけだ」
 お父さんは不安を打ち消すように言うと、足元にいる僕を抱えてネットの下をくぐって、外に出て行こうとしました。ところが地面に覆い被せていたネットに足を引っかけて、転んでしまいました。でも今度はトレーナーを着ていたので、絡まることなく起き上ることが出来ました。でも驚いた僕が、お父さんの頬を引っ掻いてしまいました

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前16

2019-07-29 10:36:29 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前16

(春)春ってなぁに⓶

 お母さんが朝ごはんを作っています。昨日は朝から一日中雨が降り、今朝はいつもと比べて暖かです。炊飯器から湯気が出てきて、ご飯の炊ける甘い匂いがしてきました。味噌汁のだしの匂いを嗅ぎつけて、ヨモちゃんが二階から降りてきました。

 ヨモちゃんはこのごろずっと二階で過ごすようになりました。二階には子ども部屋があり、学習机が二つと二段ベッドが置かれています。ベッドの上段がヨモちゃんの寝床になっています。子ども部屋といっても今は誰も居ない空き部屋なのですが。

「フサオも食べる」
お皿の前に座ってご飯を待っていたら、お母さんが言いました。
「ああ、フサオは煮干し食べなかったわね」
 僕が煮干しを嫌いなことを知っているくせに。お母さんはヨモちゃんのお皿に煮干しを一匹入れると、またお味噌汁を作り始めました。ヨモちゃんは煮干をくわえてお父さんの椅子の上に飛び乗り、バリバリと頭から食べています。

 自分の分とヨモちゃんの残したカリカリを食べ終え、僕がいつものようにストーブの前に陣取っていると、お父さんが起きてきました。
「なんだ、フサオまだそんなことに居るのか。今朝は暖かいからストーブ点いてないだろう」
「お父さん、缶詰開けて」
 僕はお父さんの足元で缶詰をおねだりしました。

「おやフサオ、いつの間にかおひげがまっすぐになっているね。クリンクリンのおひげはどうしたンだい」
 そういえば昨日、お仏壇に上がってお茶を飲んでいたら、誰かにひげを引っ張られて、ロウソク立てを倒しそうになりました。その時はまんまんさんが引っぱったと思ったのですが、きっとあの時に抜けたのかな。

「カリカリでもいいよ」
 いくら待っても何にもくれないので、僕は諦めてストーブの前に座りました。
「あれ、ストーブに火が点いていない」
 僕はストーブに火が点いていないのに気がつきました。
「どうして今日は火が点いていなのだろう」
「やっと気づいたかい、フサオ。ストーブなんて点いてなくても暖かいでしょう。もう春だから」
 僕は火の点いていないストーブを覗き込み見ながら、春ってなんのことだろうと思いました。

「ちょっと、裏の竹林に行ってくるよ。今朝は暖かいから、もしかしたら出ているかもしれない」
 
 お父さんはこの頃毎日のように、竹林に行きます。家のすぐ裏には竹の林が広がっていて、毎年春になると筍という竹の子どもが生えてくるそうです。筍はお父さんの大好物だそうです。毎日竹林に行くのは、筍が生えていないか確かめるためです。お父さんは誰よりも早く筍を見つけることを生きがいにしています。ところがここ数年、イノシシが筍を食い荒らすようになってしまい、下手をすると人間の口に入らなくなってしまうこともあるそうです。 

 今年はまだ雪がちらつく頃から、筍を掘り荒らされてしまいました。「地面の下はもう春なンだ」などとのん気なことを言いながらも、お父さんは悔しくて仕方なかったのでしょう。すぐにホームセンターに行って、イノシシ除けのネットをたくさん買って来ました。それから一人で竹林の周りに張り巡らしました。

 お父さんはよっぽど筍が好きなのか、それともイノシシに荒らされるのが我慢できないだけなのでしょうか。広い竹林の周りにネットを張り終わった頃には、夕方になっていました。

「どうだいフサオ、すごいだろう。イノシシだってこれならお手上げだよ」 
お父さんは張り終わったネットを見ながら、自慢げに言ました。

 日が傾き始めたとたん急に寒くなり、網張りの途中で脱いだ上着を羽織って帰る支度を始めました。
「さて、帰って一風呂浴びようか」
 
 お父さんは片手でネットをたくし上げ、その下をくぐって外に出ようとしました。ところが外したままになっていた袖口のボタンが、ネットに絡まってしまいました。かなり疲れていたのでしょう。ネットを片手で持ったまま、もう片方の手でボタンに絡まった所を外そうとしたものだからさあ大変。手に持っていたネットがまたまたボタンに絡まり、それでも何とか外そうするのですが……。
 外そうとすればするほど、ますますネットは絡まりついてしまいます。

「あらマー。大きなイノシシが捕れたこと」
 お母さんがヨモちゃんと一緒にやって来た時には、お父さんは全身ネットに絡まって竹林の入り口に倒れていました。
「ヨモギ、お母さん呼んできてくれたのかい」                                                      
「お父さん、かわいそう」
 倒れているお父さんの顔に、ヨモちゃんは自分の鼻先をチョンとくっつけました。
   



草むしり作「ヨモちゃんと僕」前15

2019-07-29 10:21:27 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前15  

(春)春ってなぁに⓵

 露地みかんの出荷が終わったばかりなのに、ハウスの中のみかんはもう実をつけています。外はまだまだ寒いのに、ハウスの中は春を通り越してもう夏です。春の日差しは思いのほか強く、油断をするとハウスの中は軽く四十度を超えてしまいます。暑すぎず寒すぎず、温度管理はお父さんの大切な仕事です。
 
 お母さんは誰と話しているのかなぁ。時々誰かと電話で長話をすることがあります。
「時生は大きくなった。保育園には喜んで行っているの」
 そんな話からはじまり、お父さんの話、みかんのことや畑のことなどいろいろ話し始めて、最後には必ずヨモちゃんと僕の話になります。

「フサオ、大きくなったわよ。ますます尻尾がフサフサしてきたわ」
「お母さん、ごはんちょうだい」
「あらフサオたら、自分のこと言われているって分かるのかしら。さっきからニャーニャーとうるさいのよ」
「お母さんてば、ごはん」
「じゃぁ、お盆には帰って来られるの。お父さん喜ぶわ……。うん。もしもし、時生君ですか。お祖母ちゃんですよ。お祖父ちゃんもヨモギやフサオも、みんな時生君が来るのを待っているよ……。えぇ、フサオ。ちょっと待ってね」
 僕はお母さんにヒョイと抱き上げられて、耳元に受話器を当てられました。
「フサオ……」
 受話器の中から今までに聞いたこともないような、幼稚くさい声が聞こえて来ました。
「僕は保健所になんかに行かないよ」
「まあ、フサオたら返事したわ」
 お母さんは大喜びです。

 缶詰の開く音を聞きつけて、ヨモちゃんが大慌てでやって来ました。ヨモちゃんの瞳はお星さまのようにキラキラと輝いています。きっと僕の瞳も同じように  輝いていると思います。

「あのね、ヨモギ。お盆に時生が来るって」
 口いっぱいに缶詰を頬張っている僕を押さえつけて、お母さんはヨモちゃんに話かけています。えっ、どうして僕を押さえつけているかって。それは僕がヨモちゃんの缶詰を横取りしないようにしているのです。でも僕は別に横取りなんてしようとは思っていません。ヨモちゃんがくれるって言うから、貰っているだけなのに。

「うん、トキオ…」
 ヨモちゃんは食べるのを止めて、首を少しかしげて遠くを見つめています。
「ヨモちゃん、もう食べないの」
「トキオって。うーんと、赤ちゃん」
「ほらダメよ、フサオ。ヨモギがゆっくり食べられないでしょう」
「ごちそうさま。トーキオ、トーキオ」
 ヨモちゃんは歌いながら、どこかに行ってしまいました。
「食べないのなら、僕が食べちゃうよ」
「ヨモギはもう食べなくていいの。ほらあんたがじっとしていないから、ヨモギが落ち着いて食べられないでしょう」
 お母さんが押さえていた手を離しました。
「後で食べるから、食べちゃダメ」とヨモちゃんの声がしたのと、「ごちそうさまでした」と僕が言ったのは、ほぼ同時でした。

 ハウスから戻って来たお父さんも、トキオの話を聞くと僕たちに缶詰を開けてくれました。でもお母さんにさっき食べたばかりだと言われたので、少ししかお皿に入れてくれませんでした。
「トキーオ、トキーオ、トキオは空を飛ぶー」
 お父さんは上機嫌で歌い出しました。お母さんだって、普段は缶詰なんか開けてくれないのに。二人ともトキオって奴の来るのが、よほど嬉しんだなと思いました。

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前14

2019-07-29 10:09:24 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前14

(冬)信雄ちゃんと明子ちゃん⓶

「来ちゃダメ」
 ヨモちゃんは僕が行くと怒って逃げていきました。でも決して遠くにはいかないで、庭の飛び石の上にちょこんと座ってそっぽを向いています。でも耳は後ろを向いて僕のことを気にしています。
「一緒に遊ぼうよ」
僕はヨモちゃんの後ろから近づいていきました。
「来ちゃダメだって」

 ヨモちゃんは怒ってまた少し離れたところに逃げていくのですが、決して遠くに行ったりしません。それに怒ってぼくを噛んだりもしません。
「ヨモちゃんって僕が何をしても怒らないンだ」
 ヨモちゃんが本気で怒らないのをいいことに、僕は次第に気が大きくなっていきました。本当はヨモちゃんの方が僕の何倍も強いのに、いつの間にか僕はヨモちゃんよりも自分の方が強いと勘違いしていました。

「ほら、ほら、ヨモちゃん。遊ぼうよ」
 僕は体の毛を膨らまし、ななめに歩いてはヨモちゃんに向かっていきました。
「わー、フサオったら好かんが。ヨモギにタイマン張っちょる」
 お母さんが斜め歩きをする僕を見て言いました。確かに見ようによっては不良が肩を怒らせて与太っているようにも見えます。僕はヨモちゃんの気を引きたいだけだったのですが。

「ヨモギが優しいのをいいことに、近頃じゃフサオの方が威張っちょる。人間の世界も猫ン世界も一緒じぁ、元からいるモンよりも、後からきたモンの方が威張りくさる」
「なにそれ、私のこと」
「あはは、どこン家でん、一緒じゃぁちゃ」
 ムッとした顔をしてお父さんを睨んでいるお母さんの横で、おサちゃんが大笑いをしています。

「しかし、明子ちゃんもすっかりここン人になったなぁ。信雄ちゃんが東京から連れて来た時には、芸能人のごとお洒落じゃたのに。どこ行く時でん、ハイヒール履いちょったろがぇ」

「ねぇヨモちゃん、明子ちゃんって誰のこと。信雄ちゃんって誰」
 おサちゃんが聞いたことの無い人の名前を言うので、僕は不思議に思ってヨモちゃんに聞いてみました。
「あんた、そんな事知らないの。お母さんの名前が明子で、お父さんは信雄っていうのよ」

 信雄さんと明子さんは恋愛結婚で、東京で知り合ったそうです。東京の大学を出た信雄さんは、そのまま東京の会社に就職しました。明子さんとはその頃、友達の紹介で知りあったそうです。
 
 仕事も恋愛も順調で、信雄さんはこのまま東京で暮らすつもりでした。ところが信雄さんのお父さんが病気になり、ミカン山の仕事ができなくなってしまいました。
 
 信雄さんのお母さんは家のことなど気にせずに、そのまま東京で暮らすように言いました。みかん山はもうやめて、みかんの木も切ってしまうから心配しなくてもいいと言ったそうです。
 
 子供の頃からみかん山で働く父親の後ろ姿を見て来た信雄さんには、それはとても辛いものでした。信雄さんは自分の家のみかんに誇りを持っていたからです。しばらく悩んだ末に、故郷に帰ってみかん山の仕事を継ぐと決めました。
 
 信雄さんは父親の作ったみかんを持って、明子さんにお別れに行ったそうです。明子さんは東京生まれの東京育ち、田舎での暮らしだけでも無理だろうし、ましてやみかん山での仕事など無理に決まっています。

 ところが、「こんなおいしいみかんの木を切ってしまうなんてもったいない」。信雄さんの持って行ったミカンを黙って全部食べ終えた明子さんは、そう言って信雄さんについて来たそうです。

「あの時のハイヒールも似合っちょったけど、今は履いちょる地下足袋もよう似合っちょろがえ」

 お母さんは方言丸出しでおサちゃんと話しています。それにしても声が大きいなぁ。東京生まれの東京育ちって、本当かなぁ。

草むしり作「ヨモちゃんと僕」前13

2019-07-29 09:54:09 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前13
(冬)信雄ちゃんと明子ちゃん①

 お父さんとお母さんは、もうみかん山にはいかなくなりました。今は収穫したみかんを出荷する作業で大忙しです。倉庫の中でお母さんがみかんの大きさを選り分けて、お父さんが箱に詰めています。みかんの入った段ボール箱がみるみる積み上げられていきます。
 
 ヨモちゃんはさっそく段ボールの角に顔をこすりつけています。僕は足音を忍ばせて、ソロリソロリと後ろからヨモちゃんに近づいていきました。
「嫌って言ったでしょ」
 ヨモちゃんの鋭い爪の先が、僕の鼻先すれすれに繰り出されました。
「ごめんなさい」
 あともう少しのところだったのに、残念。僕は相変わらずヨモちゃんに嫌われています。

 僕が触ろうとするものだから、ヨモちゃんは怒って倉庫の奥に消えて行きました。
「ごめん下さい」
 誰かがやってきて倉庫の中に声をかけました。僕は慌てて空のコンテナの裏に隠れました。相変わらず僕は誰か来ると隠れてしまう、ビビリ虫です。

「今日は倉庫で仕事かえ」
 手押し車を押したお婆さんが、回覧板を持ってきました。お隣のおサちゃんです。おサちゃんはサヨという名前なのですが、みんなはおサちゃんと呼んでいます。たぶんおサヨちゃんの最後のヨが詰まっておサちゃんになったのだと思います。

「おや、ヨモちゃん。久しぶりだね」
 おサちゃんの声を聞いたヨモちゃんが、倉庫から飛び出してきました。ヨモちゃんはおサちゃんの足元に仰向けに寝転んで、背中を地面にこすりつけてクネクネとしています。

「いや、うち(私)はこれに座るから」
 お父さんは空のコンテナをひっくり返した上に座布団を乗せて、腰かけるようにおサちゃんに勧めました。でもおサちゃんは、自分の押し車の上についている荷物入れの上に座りました。よく見ると荷物入れの上には丈夫な蓋が付いていて、腰かけになっています。

 おサちゃんはひとしきり今朝の霜のすごかった話をすると、お母さんの入れたお茶をおいしそうに飲みました。コンテナの上の座布団には、いつの間にかヨモちゃんが座っています。

 真っ白だった霜も、お日さまが顔を出すとすぐに溶けてなくなり、昼間はポカポカと暖かくなりました。柔らかなお日さまの光に照らされて、ヨモちゃんの背中の縞模様の毛が、キラキラと輝いています。

「新しい猫は、出てこんのかい」
「今までおったけど、よその人が来ると隠れてしまうンよ。ちょいと待ちよ」
お母さんはコンテナの裏に隠れていた僕を抱っこして、おサちゃんの所に連れていきました。

「僕を保健所に連れていくの」
「尻尾がフサフサじゃあなー」
 おサちゃんはぼくの尻尾を見て言いました。
「こないだ柿ン木に、こげな尻尾をしたおかしな奴が登っちょったで」
「もしかしたら、アライグマじゃなかろうか」
 友達の猟師さんが仕掛けた罠に、アライグマが掛かったとお父さんが言いました。イノシシ、シカ、サルにカラス、ヒヨドリ。その上今度はアライグマまで。畑やみかん山を動物に荒らさる被害は増える一方で、困ったものだとお父さんが言いました。
「あん、尻尾がフサフサした奴が、アライグマかえ」
 アライグマに柿の実を全部食べられた話に始まり、イノシシに山際の畑に植えたサツマイモを全部食べられてしまったことなど、おサちゃんの話はつきません。

僕はお母さんに抱かれて人間のお話に付き合っていたのですが、いつまでも話しているものだからだんだんと飽きてきました。コンテナの上のヨモちゃんはうつ伏せになって、頭を下に向けて目をつぶっています。たぶん狸寝入りでしょう、時々人間の声に反応して耳をピクピクと動かしています。

「あっち行こうと」
ヨモちゃんは僕が近づくとコンテナから飛びおりて、どこかに行ってしまいました。入れ替わりに僕はコンテナの上に飛び乗り、ヨモちゃんと同じようにうつ伏になって座りました。おサちゃんの話を聞いているうちに、いつの間にか眠ってしまいました。

「いつも悪いなぁ」
「売り物にならん奴じゃあから、持っていきよ」
おサちゃんにみかんをあげるお母さんの声で、僕は目が覚めました。

「あれヨモちゃん、そこにおったんかい。そうしたら、こっちは誰かい」
 見送りに出て来たヨモちゃんを見て、おサちゃんが驚いています。隣で眠っているのは、ずっとヨモちゃんだと思っていたのでしょう。話に夢中になっていて、僕とヨモちゃんが入れ替わったのに気が付かなかったのです。

 ヨモちゃんはお腹や脚の部分が白くて、頭の上と背中から尻尾にかけて黒と灰色の縞の模様です。僕は全体が黒と茶色のしま模様で、尻尾がフサフサしています。見た目はあきらかに違うのですが、真上から見ると、ぼくたちの背中の縞模様は区別がつかないくらいによく似ているのです。おサちゃんの所からは背中だけしか見えなかったので、ヨモちゃんとぼくを見間違えてしまったのです。この背中の縞模様が後になって僕を助けてくれるのですが