ROOM 402

日々多くを思うものですがその思いはすぐにきえて忘れてしまうものです。忘れられない想いや日々の出来事を書き綴ります。

ハンドクラフトギター展

2007年05月28日 | UKULELE
私はギターが上手い人が羨ましい。ギターが上手くなりたいと願い続けて何年になるのであろうか。見た目もカッコいいし音楽聞いててもやたら簡単そうなので人は安易にギターを購入するようである。コード練習を終えソロ弾きあたりになってから、あるいはコード練習の途中あたりから、あまりの難しさと手指の痛みに耐えかねて脱落していくヘッポコギタリストのナント多いことであろうか。実は私もその一人なのであるが、その上に今やエレキよりアコギ、アコギよりウクレレとどんどん難しい世界に突入している私が更に身の程知らずにもギター、ウクレレを演奏・所有するもにとっての最高峰「ハンドクラフトギター展」なんぞに行ってきてしまったのだ。

ちゃー、あまりにディープな世界である。来場者全員がプロの演奏家か楽器製作者かプロのバイヤーなのだ。私のような素人に毛の生えたウカレているウクレレ親父などはここには誰一人いないのである。会場には30個ほどの個別ブースがあるのだが、一つ一つのブースに製作者と作品が並んでいる。その作品もギター5本だったり、ギター3本・ウクレレ2本だったり、ウクレレ5本だったりと個別のブースによってまちまちなのだが、素晴らしいことにそのどれもが心行くまで試奏できるのである。つまりは試し弾きね。ちゃー、その上どこでもそこでも聞かれる音色の素晴らしいこと!来場している普通のオッサン(多分プロ)の演奏3分聞いてるだけでももうウットリである。カッチョエエ!なんでこんなに普通の親父カマしているのにこんなにギター上手いんや!お前何者じゃ!という人ばかりでウレシさがこみ上げっぱなしなのである。オレのすぐ横で試し弾きしているオヤジなんてあまりにも横でオレがでかい声でそのオヤジのこと「ウメー!スゲー!」連発しているのでいい気になっていつまでも演奏してくれるのだがアルハンブラやシャコンヌ演ったあたりはマジよかったんだけどビートルズのミッシェルでトチってやんの。まぁ、それでも私の百倍は上手いのでとても人のことなど言えた義理ではないのだが・・・。

しかし私は突然結論づけるのである。やはりギターもウクレレもハンドメイドに限るのだ!ウクやギターのように人がじかに手を触れて使うものに関してはやっぱ大量生産モノはダメなのである。職人さんの巧みの技術と心の入った作品群を演奏してみれば私のような素人親父でも一発でワカるというもの。今回、何十本ものウクを試奏してみての感想である。職人は凄いのである!オレも職人にナリテー!という気持ちにさせるほど、どのギターもウクも最高のデザイン、最高の音色だったのである。いやー、もう興奮しっぱなしなのだった。また欲しいものがたくさんできちまったよー!と後悔したのはその一件だけ。ただ王子の北とぴあは遠かった。私生まれて初めて田端に行きました。田端から上の区域。いやー山手線で上野から池袋までの各駅はけっこうディープに感じた次第。


我々の暮らし

2007年05月25日 | WEBLOG

最近の我々の暮らしは変わったとつくづく思うのである。江戸時代とか明治・大正の話ではない。たかだか数十年のあいだのことである。暮らしが変わったというより生活感覚が変わったというべきだろうか。

私は現在40代のウクレレ親父であるが、そもそも20代、30代の人たちと会話をしていても会話の内容にとまどうことしきりである。右の蛇口をひねれば水がザーッとでる。左の蛇口を回せば熱い湯が湯気をたてて流れ出す。それが当たり前のことで、べつに驚くことでもなんでもない。しかし、と、ふと思ってしまうのだ。水道の水が自由に使えるということは、なんと便利なことだろう。私は幼稚園と小学校の低学年を隣国の台湾で過ごしたのだが、当時の台湾はまだまだ発展途上の国家だった。市場で鶏肉を買うときなど生きている鶏の首を切ってその場で渡してくれるものだから母が毎度ヒーヒー言っていたのを思い出す。小学校二年で帰国し東京で暮らし始めたのだが、当時の杉並区でもまだまだ舗装されていない道路が多くうちの前の道路も砂利道であった。夏用にクーラーを購入したのは小学校も終わろうとしている頃だったであろうか、それまでは暑い夏の夜も布団などしかずに家族が縁側や台所の板の間など、涼しい場所をみつけて寝ていたこともあったと思う。

そういえば以前はタンつぼがあちこちにあったと記憶する。銀座にもあったし新宿でも渋谷でも見かけたことがある。「カーッ」と大きな音を立てて「ペッ」とタンをはく大人がたくさんいた。中には駅のホームなどで2,3メートル離れたタンつぼに狙い定めて狙いあやまたず的中させる芸達者も見たことがある。最近の日本人は不潔ということを極端に嫌うが、つい数十年前までは日本人もそんなに上品でもなかったのである。こんな話を20代や30代の連中に話しても「ウソーッ!」といわれるのだが事実なのだ。あれからこんなに我々の暮らしが変わって、私たちが健康で幸せに暮らしているかというとそうでもないのが現実である。その辺がどうにもよく理解できない。

生活レベルが向上したことと、人間の幸福度は比例しないようである。たとえテレビもパソコンも携帯もなくても、それはそれで十分に幸せに暮らしていけるのだ。ウクレレ親父が考えるに問題は別にあり、その問題とは社会全体が均一化したことではないかと考えるのである。格差社会が問題になるのは、人々の意識が収入に関係なく均一化したからである。実際には目に見えない階級社会はあるのだが、意識の上ではないものと感じているのが問題なのではないだろうか。かつて、明治・大正・昭和の一時期では軍隊という組織が社会的煙突の役割を果たしていた。もちろん閥というものもあったが、農村出身の青年であっても、幸運と努力によって階級を越えることが可能であったのである。が、これからの世の中では、それができそうでいて実際にはなかなかできにくい世の中になりそうだ。個人的にはそこに生じる集団的フラストレーションが、これからの時代を動かしていくように感じるのだが・・・。そして、それは必ずしも良い方向へではなさそうな予感もするのである。

私たちは数十年前の暮らしさえ忘れてしまった。ついこの間の記憶でも風化してボロボロだ。これほど早く時代は変わっていくものなのだろうか。自分の暮らしをふり返って不安になる。ついこの間まではコンビニなどなかったし、モノも大切に使ってきた。使い捨てなどあり得なかった。娘の汚れた運動靴を見て、ふと私が子供の頃はいていた汚い運動靴、だけどお気に入りでボロボロになるまではきつぶした運動靴を思い出したウクレレ親父であった。


健康談議

2007年05月23日 | WEBLOG

昨日はあまりにも気持ちのいい日だったので近くの公園でゴロンしていたら木々の枝というのは人間の毛細血管と同じだということに気がついたのだった。

話は変わるが、人間ある程度の年齢になってくるとそれまで政治の話とか音楽の話とか自転車の話とかお金の話とかオーディオの話とか異性の話とか趣味の話をしていた者すべてがある時期からいっせいに健康バナシ(話)をし始めるということにも最近気がついた。ある程度の年齢とは40過ぎのことなのだが、皆申し合わせたかのように健康に関する話ばかりし始めるというのも不思議なことである。皆さんそれぞれ思い当たる節があるのではないだろうか。

先日も馴染みのバーでそれまで1,2度くらい顔を見かけた同年齢ほどのジェントルマンと最初はレッドソックスの松阪の話などしていたのだが気がついたら先方は口角泡を飛ばしながら健康談議に夢中になっていたのだった。最近の体調不良からはじまり、自身の健康法や人気のある病院、突然病気が発覚した友人の話から不幸にも若くして病で亡くなってしまった友人の話まで健康にまつわる様々な話をバーのマスターも交えて彼は大いに話したのだった。しかし、健康談議というものは健康にまつわる情報収集という観点からは大いに結構なのだが、よくよく先方の話を聞いていると結果的には当人の人生観、死生観、果ては生きがいまでもがさらけ出されるんだなぁと感じた次第である。というのも先のジェントルマンはかなりのデブなのだ。身長は私くらいなので170cmくらいであろう。しかし、体重が本人曰く90キロだそうだ。それで、あれだけガブガブ酒を飲んでいればどれだけ偉そうに医学的な話をしようが、どれだけ毎日フィットネスクラブに行こうが説得力のかけらもないのはしょうがない。若いころは中肉中背だというから仕事などのストレスでどうしようもなく食べてしまったのだろう。手軽なストレス解消法だし、胃にモノが入ると精神的にも落ち着くし。ところが気がついた時にはどうしようもなくデブになっている自分。最近、巷でもメタボリックとかいっているからオレも頑張るぞ!といったところであろうか。

別の話では音楽関係の友人たちとカウンターと4人掛け小テーブルが4つくらいの恵比寿の小さな居酒屋で飲んでいる時のこと、気がついたらナント店内の客全員が健康談議をしていたという恐ろしくもオカシい事例まである。話の内容はやれ高血圧じゃ、やれ糖尿病じゃ、やれおじいさんが認知症じゃとそれぞれの席で内容は違うのだが、皆それぞれが健康談議をしていたのは確実であった。よく飲み屋で話が伝染することはよくあるが(隣で野球の話をしているといつしかこちらのテーブルでもあちらのテーブルでも野球の話になっていることなど)健康談議は特によく伝染するようである。とにもかくにも40歳を越えたら人はとかく健康談議をし始めるようである。

あぁ結婚

2007年05月20日 | WEBLOG
以前の職場で可愛がっていた部下の結婚式の二次会に出席した。お決まりの友人たちからの祝福のメッセージやビンゴゲームで数時間を過ごしたらもうお開きとなってしまった。これでは飲み足りないということで、以前の仲間10名ほどで近くの居酒屋で三次会。私以外は全員未婚で改めて都会の男女の晩婚ぶりをひしひしと味わう。当日一緒に飲んだかつての可愛い部下の女性陣4名も以前は19歳、20歳だったのが今や30歳、31歳だそうだ。かつての幼さが消え失せ今や立派な大人の女性である。皆それぞれなかなかにセクシーにもなってもいて、なぜか妙に時代の移ろいとは偉大だと感じてしまった。しかし、昔の仲間というのは不思議なものでたとえ数年ぶりに会っても、今や失われてしまった「かつての感じ」で語り合えるからうれしい。

しかし、そんな彼女たちの話題の中心はやはり「結婚」である。女性にとって30歳、31歳といえば賞味期限ギリギリの年齢らしい。先ずは結婚しての新婚生活、それから子供のいない生活を2,3年味わい、その後出産を考えればなるほど女性は30歳半ばまでには結婚したほうがいいらしいのである。彼女たちのような美人さんならば幾らでも相手が見つかるように思うのだが、皆それぞれにワガママ娘さん達なのでそこがナカナカ難しいらしいのである。まぁ、そんなことを言っていても数年以内にはそれぞれ片付いていくのだろうとウクレレオヤジは彼女たちの赤い顔を見ながら想像したのであった。

結婚において女性に賞味期限があるならば男性にはないのであろうか。私は男性も遅くとも40歳までには結婚すべきだと考えている。それは子供を作ることを想定してのことである。最近になって私は結婚とは子作りのことだと考えを改めたのだ。昔は結婚とは恋愛の果てにするものなのだと甘っちょろく考えていたのだが今では違う。結婚とは種族が繁栄していくために埋めよ増やせよのシステムの一環なんだなぁとそう考えるに至ったのだ。今のように豊かでない時代や中世、近世の本を読んで理解したのである。かつてと比べれば恐ろしいくらい豊かになった現在の日本だが確実に病んでいるのは皆もう知っていることと思う。人々は人類としての本分などはとっくに忘れており、個人の快楽に溺れ、個人の趣味に耽っている。自分の好きなように生き、やりたくないことはやらない、見たくないものは見ない、聞きたくないものは聞かない。本当を言えば人間というもの、そうではいけないのである。やりたくなくてもやらなければならないことなど世の中にはたくさんあるし、見たくなくても直視せざる終えないことなども、聞きたくなくても耳にしてしまうことなどたくさんあるのだ。しかしそれがわからないいい年をした、30歳も40歳も越えているのにまだ好き勝手やり放題の男は増加する一方なのだ。個人の自由だ!勝手に生きさせてくれ!適当な論理を勝手にこねくり回し自分の正当化ばかりを主張している。日々ブログを見ているとそういうやつらがあまりにも多いのである。そんな彼らはきまって勝手に生きている。実は世の中に生かされていることを知らない。大きな誤りなのだ。皆、生きているのではなく生かされているのである。

少子化の問題についての結論は出る気配はないが明らかに亡国の兆しである。これからどうなるのか心配なウクレレオヤジであった。

瞑想

2007年05月18日 | RUN
相変わらず毎日走っているのである。4月までは毎日10キロで日曜日は20キロの月平均340キロだったのが、今月から少し増やして月平均400キロくらいになった。毎日の10キロを少し距離を伸ばして13キロに変えたのである。おかげで体重も少し減少し体脂肪も13%を切ろうかというところまできた。これは大変うれしい。それでは走りがキツイかというとそうでもなく、さすがに1年と10ヶ月毎日走っているおかげで少々距離を伸ばそうがキツクもなんともない。日頃の訓練のたまものなのである。

そして今では走行中の瞑想がとても気持ちよい。最近はこの瞑想状態が欲しいがために走っているのではないかと思うほどに毎日の瞑想が待ち遠しくてたまらない。ランニング時にアイポッドやウォークマンをしながら走っている人はとても多いのだが私はゼッタイにしない。それは瞑想ができなくなるからである。普段ランニング中はいろんなことを考えながら走っている。ニュース、事件のことを考えることもあれば世界情勢や株価のことを考えることもある。あるいは逆になーんにも考えないで走ることもある。だが毎朝、1時間から1時間半も走っていると何を考えていようがいまいが、ある時点から突然に不思議と脳が今後為すべき指針のようなものを与えてくれたり、急に何かこの世の理に目覚めたりなどということが起こるのである。面白いものである。これらの不思議を称して私は瞑想と言っているのだが、実際にここ最近はどんどん体調もよくなるし、仕事も好調ということで、これらも何か瞑想の効果なのかなと考えている次第である。ウーン、この不思議な瞑想状態、現実に起こっていることなのだが、どこか非現実的で興味は尽きないのである。


潮目

2007年05月16日 | EAT
正確にはわからないのだが、4月の後半から5月頃にかけてどんどん自分が変化してきているのを感じる。それはファツションをはじめとして思考、思想、カメラのアングルに被写体、毎日の食事とトレーニング法、読む本や雑誌どんどん変化している。また数年ぶりに過去を切り捨て新しいものに入れ替える作業が心身の内面、外部の全ての部分で始まっている。

この十年くらい体重も精神も太っていたので、これからの十年くらいは軽い体重と思考で生きて行きたいと考えている。もう、もったいぶった思考やファッションはやめようと思う。写真のように見たものが結果に直結する世界だとなおさら思考の変化が作品にダイレクトにあらわれるので面白い。そろそろ新しい写真集を製作すると共に作品も発表しないといかんなと思う今日この頃である。

ウクレレ

2007年05月14日 | UKULELE
GWが終わったと思ったら余りにも多忙な日々である。貧乏暇ナシといったところであろうか。大好きなギターを弾く暇もあまりないので少々不満気味な中年親父である。ギターと申し上げたが長年愛用してきたこのマーチンの000-28を実は売却しようと考えているのである。その理由は何を隠そうハワイから帰国して以来新たにウクレレにハマっているからなのだ。ウクレレはいい。弦も4弦なので弾きやすい。サイズも小さいので軽い。そして何より音量が小さいので夜中にジャカジャカしても子供が起きないのが有難い。ギターとはチューニングもコードもまったく違うのだがこの数日間でかなりマスターしてしまった。そう、実は数日前に運命のウクレレを購入してしまったのである!なんということであろうか!いかに衝動買いといえども金もなく稼ぎも少ないのに大枚はたいてハワイの御三家ブランドのGストリングのカスタムモデルを(スゲー高かったッス!)ポン!と買ってしまったのだ!トランス状態から戻った時に事の重大さを再認識したバカ親父なのだが・・・。どうせウクレレ購入するならなぜ?ハワイで購入しなかったのであろうか?どうせハワイ製なのだから現地で購入するほうが2割も3割も特なのに!!!というわけで相変わらずの小生のバカぶりが反映されておるわけです。

そして毎日狂ったようにジャカジャカ弾いております。毎日毎日忙しいのであるが楽しくてしょうがないのである。ウクレレは恐ろしいほどにギターとは違った意味での奥深さがあるのだ。私にとってはギターのときよりも何倍も演奏中のアドリブでいくらでも攻めることができるのである。当たり前だが4弦だと6弦のときより演奏中のとっさの思考力も簡単なのだ。あー、どうせならもっといい音で弾いてみたい!もっと全然いい音でジャカジャカしてみたい!という訳で更にもう一本購入しようと画策しているのであります。コールクラークとコアロハ、今猛烈に欲しくてしょうがないのである。手持ちのギターとカメラを処分中の毎日である。


練習

2007年05月10日 | WEBLOG
数年ぶりにギターを再練習しているギター親父である。ギターをマジメに弾くのは何年振りであろうか。セーハがつらくて挫折したギター親父であるが今回はマジメに数曲完全にコピーしてみようと思うのである。ギターは弾くのも買うのも大好きなのだが結局最期に手元に残ったのは一本だけであった。マーチンの000-28である。マーチン好きならハーンとわかる少し細身のモデルである。クラプトンも000-28が大好きでマーチン製作によるクラプトンスペシャルモデルは現在では高値で取り引きされているようだ。モチロン私の000-28はクラプトンモデアルではない。いやー、しかし久しぶりの演奏、指が痛いのである。しかも以前のように指が開かない!この先、ボサとかジャズとかカッコつけてやりたかったのであるがとても無理である。ウーンと考えて込んでしまうギター親父であった。

写真はハワイの陽気な高校生たち。この頃が一番楽しいんだよなぁ。


エクセサイズ

2007年05月09日 | RUN
年頭から現在までずっと体重が66キロから67キロの間を行ったりきたりしていたのが、この数日というかGW前後から65キロ前後に変化してきたのである。これはとてもウレシイ。今年の目標が63キロ前後を想定していたのでほぼ圏内にあると考えてよい。思えば90キロからの道のりは長かった。走り始めて一年半の結果である。やはり何事も地道な努力のなせる業なのであろうか。今では周囲の友人は現在の私を見て以前は体重が90キロ近かったといっても信じてくれないほどである。それにしてもこの65キロ近辺での体調はすこぶるよろしい。身体も軽いしTシャツもスーツもよく似合うので毎日とても気分が良いのである。思いどうりの身体になるというのがこんなにも精神や気持ちに重要な変化を与えるものとは考えてもいなかったのだ。勿体無いことに以前のスーツやシャツはダブダブで着れないのでほとんどが廃棄処分にした。人にあげるにしても失礼だし以前のブタ体型のイヤな自分とも決別するつもりでゴソッと捨ててしまった。気持ちよかった!そしてスーツは数着新たに作ったしTシャツのサイズも今にに至っては欧米に於けるSサイズにまで身体は絞れてきたのである。

GW期間中には毎日犬のようにランニングとサイクリングをこなし、食事も以前より気をつけていたらここ数日でサーッと体重が落ちてきた。去年も今ぐらいの時期から秋までが体重が激減したので今年も無理のないようにウェイトを落としていこうと考えているダイエット親父である。

GW終わり

2007年05月06日 | WEBLOG
約8日間の連休も本日で終了である。ニュースでは連日のごとく混雑する道路、新幹線、空港の映像が流されるが、連休中はずっと家にいる私には遠い出来事のようである。確かに連休中に家族と出掛けた渋谷も新宿も吉祥寺も込んではいたが、あまりいつもと変わらぬ感じであった。

それにしてもこの連休は天気には恵まれた。本日はあいにくの雨模様だが、昨日も一昨日も最高に気持ちの良い天気であった。大型バイク仲間の友人はこの連休中はツーリング三昧と言っていたので最高の休日を過ごしたことと思う。わが家は昨日も一昨日もウチから目と鼻の先の八幡宮と裏手の広大な公園で休日を満喫した。この公園は私も家族も本当にお気に入りで、私にとっては日々のジョギングコースであり、娘にとっては広大な遊び場だ。その公園の総面積だが驚くべきことに地図上では新宿御苑並みの大きさなのである。中央には川が流れており、その川沿いに広場がいくつも点在している作りだ。数ある広場には花がたくさん咲いており、遊歩道も意外に広い。実は都内にこんな素晴らしい場所があるにもかかわらず、地元の人間以外ほとんど人が来ないというのも私は大変気に入っている。この先もずっと誰からも見向きもされずひっそりとわが家の専用公園であってほしいものである。

そして本日でGWも終わりである。過ぎてしまうとアッという間の8日間であった。楽しい時間は過ぎるのが早いものである。