一昨日、関東地方では台風の接近で雨風が強まり心配しておりましたが、
台風が通り過ぎて、厳しい残暑が続いています。
どうぞ体調に気をつけてお過ごしくださいね♡
小道の片隅に、向日葵(ひまわり)が綺麗に並んで咲いていました。
風に揺れて、とても心地よさそうで・・・
背丈が1mほどの可愛らしい向日葵たちです。
「向日葵に 人の笑顔の 及ばざる」
昭和時代から平成時代に活躍された俳人「後藤 比奈夫(ごとう ひなお)」が詠んだ句です。
今日は終戦記念日ですね。
当時5歳だった父は東京で暮らしておりましたが、
戦争が激しくなり、昭和17年に両親の故郷の三重県へ疎開しました。
戦争が終わり、祖母が東京の家の様子を見に行った時には、
あたり一面が焼け野原で、何も残っていなかったそうです。
父と同い年の母も東京で暮らしておりましたが、
戦争が激しくなり、祖母の故郷の宮城県へ疎開しました。
当時、田んぼの畦道を通って集団下校していた時に空襲警報が鳴り響き、
上級生のお兄さん、お姉さんの「伏せて!」という声とともに、
全員がうつ伏せになって、戦闘機の音が消えるまでじっとしていたそうです。
その情景は忘れられない・・・とよく話していました。
両親とも小学校2年生の時に終戦を迎えました。
義父は昭和19年、小学校5年生の時に樺太(サハリン)で、お母さんと弟さんを病気で亡くし、
引き揚げ船で北海道へ渡り、終戦を迎えました。
樺太には、たくさんの日本人が家族とともに居住していたそうです。
戦争が激しくなり、食べるものが少なくなり・・・
栄養失調が原因で多くの方が犠牲になったと話しておりました。
終戦から77年が経ち・・・
今年も生前に父母や義父が話してくれたことを思い出しながら、
静かに黙禱をしました。
今、世界中の人々がウクライナとロシアの人々を心配しています。
向日葵の花言葉のひとつに、「ずっと見守っています」という花言葉があります。
悲しい戦争が一刻も早く終わり、コロナも終息し、
世界中の人々が笑顔で安心して暮らせる世の中になりますように・・・
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大雨により被害にあわれた皆様に、心からお見舞い申し上げます。
被災された皆様の安全と一日も早い復旧を祈念しております。