スピリチュアリズム・ブログ

東京スピリチュアリズム・ラボラトリー会員によるブログ

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

イアン・スティーヴンソンの「生まれ変わり」研究――真性異言と先天性刻印(1)

2010-08-06 00:51:07 | 高森光季>スピリチュアリズム霊学
◆イアン・スティーヴンソンの研究

 生まれ変わりの研究としては(特にその実証面では)、ヴァージニア大学精神科教授で超心理学者のイアン・スティーヴンソンの業績を抜きに語ることはできません。
 スティーヴンソンは、1960年にASPRの会報に生まれ変わりに関する研究論文を発表して以来、超心理学財団(スピリチュアリズムの霊媒アイリーン・ギャレットが設立者の一人)やカールソン(ゼロックスコピーの発明者)の支援を受けて、長年にわたるフィールドワークを続け、1987年に生まれ変わりに関する最初の著書『前世を記憶する子供たち』を公刊し、きわめて大きな反響を呼びました。同書は超常現象やサイキカル・リサーチの優れた概説書にもなっており、日本でもロングセラーになっています。
 彼は、きわめて慎重で批判的な理性と柔軟な理解力を兼ね備えた人で、面接と実地調査という、手のかかる方法を40年にわたって地道に積み重ね、2000 例を超える「生まれ変わりを強く示唆する事例」を収集しています。ここではもちろんその事例の概要すら述べることはできないので、ポイントのみを整理しておきます。

 まず、圧倒的に多いのは、幼児が、自分の過去生はこうだったと主張するものです。普通は言葉を話し出す3歳ごろに主張し始め、数年のうちにその記憶を失ってしまうという傾向があるようです。これは誰かの指示・指導によるものでなく、しかも幼児はまだたくさんの体験をしていないため(たとえば他の言語を習得するとか旅行するなど)、検討する価値が高いと考えられます。
 さらにこの中には、以下のような特徴を示すものがあります。
(1) 事実と符合する証言がある――「過去の自分」やその親族の名、土地や家屋の状況、所持物の見分けなど
(2) 特異な行動あるいは行動障害がある――現在の自分の性別や社会的地位とそぐわない行動を示す(女性なのに戦争ごっこばかりするとか貴族のようにふるまうなど)、特定の物に対して異常な恐怖や愛着を示す、自国語を習得することに障害がある、など
(3) 身体的な「痕跡」がある――特に死に方に関連した先天性欠損や、痣(母斑)、などが見られる(たとえば、前世で戦闘機の銃撃で死んだ日本兵だったと主張するミャンマーの少女の鼠蹊部に、銃撃痕に似た奇形があるなど)

 ひとつだけ、事例を簡単に紹介します。
 ジリアン・ポロックとジェニファー・ポロックは、1958年にイングランドで生まれた一卵性双生児ですが、2人は2歳から4歳までの間に、1957年に事故で死亡した二人の姉ジョアンナ(当時11歳)とジャクリーン(6歳)の生涯を記憶していると見られる発言をし、亡くなった二人の所持品を見分けたりしました。さらに、ジェニファーがジリアンに依存するという関係は、ジャクリーンが姉のジョアンナに依存する仕方にきわめて似ていました。
 また、「ふたりが字を習っている時、ジリアンは鉛筆を難なく持てたが、ジェニファーは手で握りしめてしまった。(ジリアンの前世人格とおぼしき)ジョアンナは、死亡するまでの数年間、鉛筆を正しく持って書くことができたが、(ジェニファーの前世人格で、死亡した時点でわずか6歳だった)ジャクリーンは、筆記用具を握って持つ段階に留まっていたのである。」
 さらに、ジェニファーは、左のわき腹に平坦なあざを、額に母斑を持っていました(同じ遺伝子を持つジリアンにはそれらはありませんでした)。ジェニファーの前世人格とおぼしきジャクリーンは、左のわき腹にあざがあり、額には3歳の時転倒してバケツにぶつけた傷跡があったのでした。
 特に、この「先天性欠損」や「痣(母班)」は、生まれ変わりの実証問題で、非常に大きな意味を持つものです。

 当人の主張のほかに、他者の証言が複合されて補強される例もあります。たとえば、ある子供は、前世の自分が死んだ時、その遺体を高みから見おろしていたところ、ちょうど通りかかった女性がいたのでついてきて、その女性を母親として生まれてきた、と証言しましたが、母親の方も、その遺体のあった場所にいたことを覚えていることを証言したという神秘的なケースがあります。このように、当人の主張のみでないものは、それだけ信憑性も高くなるわけです。

 以上のような「子供の証言」に対して、成人後の過去生想起は、次のような仕方で起こることが多いとされています。
(1) 繰り返し見る夢(特に悪夢)
(2) 病気や薬物によって引き起こされる想起
(3) 瞑想によるもの
(4) 強烈な感情体験時に想起が起こるもの
(5) 催眠(退行催眠)によって現れてくるもの
 ただし、これらによって得られた想起は、断片的で、事実の検証も難しいものがほとんどで(「その情報を通常の方法――本とか映画とか――で得たのではない」ということを証明することは非常に困難です)、中には信憑性にまったく欠けるものも多いとされています。特に、過去生を知る目的で催眠を用いた場合、何とか誘導に応えようと作り上げてしまう傾向があるため、催眠による想起はあまり証拠としての価値はないとスティーヴンソンは述べています(ちなみに、霊能者と称する人々が金銭を取って行なう「過去生リーディング」に対しては、彼はほとんど意味を認めていません)。

◆生まれ変わり研究への反論

 スティーヴンソンの調査は、主張者の証言がどの程度事実と符合するかはもちろん、それを別の通常的な手段で知り得たかどうかの検証まで含む、きわめて周到で慎重なものです。実際にそれを読んでいただければ、生まれ変わりという現象がある可能性は、きわめて控えめに言っても、「検討に値する」と判断されると思います。
 しかしながら、当然、これに反駁する主張もたくさん出されるでしょう。スティーヴンソン自身が取り上げている中から、いくつか典型をあげてみます。

(1) 物質的法則に反するので存在するわけがない。そのように報告されているものは、すべてペテン、錯覚である。
(2) 過去生の記憶は、自分はもっと高い階級にいるべきだとか、過去に偉大なことをしたのだと信じることによって、自我欲求を満足させるための空想にすぎない。
 ――これらは唯物論信奉者の通常の拒絶反応で、記録をきちんと読まずになされる断定的な批判です。「あるはずがないから、ない」というものですが、「あるはずがない」の絶対的根拠はありません。研究は唯物論では説明できない現象があることを立証しています。

(3) 現在の人口の爆発的増加に見合う「前世」人格があるのか
 ――これまで存在した人間の数は少なめに見積もって800億と推定されるので、単純計算でも問題はありません。また、「新製」の人間がいる、複数に分かれる、他の生物(あるいは他の惑星?)から転換する、といった可能性が棄却できないので、数の問題は議論の対象になりません。

(4) なぜほとんどの人間には過去生の記憶がないのか
 ――これは、「生まれ変わりはあるか」という研究とは次元を異にする疑問であって、実証研究の中では答えられないものです。生まれ変わりの仕組みはまったくわかりませんし、「全部の(ないしは多くの)人間が生まれ変わりである」という証明はできていません。かりにそうであると仮定した場合、記憶を消去する必要性や、何らかのシステムがあるのかもしれません。

(5) 生まれ変わりではなく、違った仕組みによるものである。
 ――ここで出されるのが「超ESP」仮説で、これは、「当人はESPによって、どこかに存在する死者の記録を読み取り、それを組み合わせて前世記憶を創作しているのだ」とする説です。この説は人間のESP能力を法外に拡張し、それによって「死後存続仮説」を否定しようとするものですが、わずか3、4歳の普通の子供が、場所も特定できない情報記録庫にアクセスし、まったく関係もない人物の人生記録を読み取り、完全にそれになりきって見せる、ということが可能かどうかはかなり疑問です。また、後述するように、「技能」(言語能力や特殊技能)や「身体的特異」(欠損やアザ)などはESPでは獲得できないので、生まれ変わり事例のすべてを超ESP仮説で説明することはできません。

(6) 生まれ変わりでなく、「憑霊」ではないか。
 ――これは非常に微妙な問題を含む問いで、ここでは保留にします。

 こういったスティーヴンソンの地道な研究と説得の効果もあって、生まれ変わりを受け入れる人は増加しているようです。近年のアメリカの世論調査では、半数を超える人が「生まれ変わりを認める」と答えているものがあります。また、SICOPという懐疑論者集団の会員だった宇宙科学者カール・セーガンは、遺作となった著書で、「小さな子供たちが、生まれ変わり以外には知り得なかったはずの前世の詳細を物語る」という主張は「真剣に検討する価値がある」と述べていますし、行動療法の大家ハンス・アイゼンクも、スティーヴンソンの研究について「真にきわめて重要なことがわれわれの前に明らかにされつつあるという見解からむりやり目を逸らせることは、誠実であろうとする限りできない」と告白しています。

◆超ESP仮説

 ある人が、何らかの契機(幼児期の証言や催眠など)で、「前世」の記憶を語ったとします。そしてそれが、歴史資料などの記録によって、事実と一致することが証明されたとします。当人はもちろん、同席していた人も、それらの事実を知っていた可能性がないとしたら(これを証明することはきわめて大変なことですが)、それは真正な前世記憶だと言えるでしょうか。
 ここに、「強力な透視能力」を登場させると、証明は困難になります。人間の透視能力が、かなり離れた場所や時間の事実を、認知できることがある(非常に稀ですが)ことは、テレビの「超能力捜査官」などをご覧になって、ご存じの方も多いでしょう。
 これを敷衍していって、当人は、突然(普通は当人には透視能力がないのに)、無意識に(当人はやっていないと証言しているのに)、「強力な透視能力」を発揮し、しかるべきところにある「記録」や、人々の心の中にある「記憶」を読み取って、それらを瞬時に総合して、その「前世記憶」を捏造したのだ、という主張が、少なくとも論理的には、可能になるのです。
 この仮説が「超ESP仮説」と呼ばれるものです。
 百数十年に及ぶ「死後存続の証明努力」の前に、最後に立ちはだかったのが、この仮説でした。多くの心霊研究者や超心理学者は、「超ESP仮説がなければ、死後存続はとっくに証明済みとされていたはずだ」と考えています。というより、この「超ESP仮説」は、死後存続を何としても否定しようとして、ひねり出された仮説だと言えるでしょう。

◆真性異言

 この超ESP仮説に果敢に挑戦したのが、スティーヴンソンの真性異言と先天性刻印の研究です。
 スティーヴンソンが注目したのは、ESPによっては伝達不可能なものの伝達、ということです。テレパシー、読心術、透視などによって、取得可能なのは、あくまで「情報」です。どこでいつ何が起こったか、どんなことを誰が感じ、あるいは思ったか、そういったことは、言葉になっているものであれ、イメージに過ぎないものであれ、いずれにせよ「情報」です。
 しかし、前世証言者の中には、ESPによる「情報取得」では説明できない現象を示すケースがあります。その最大のものが「言語能力」です。前世を語り、その前世で語っていた言葉を口にするケースは、きわめて稀ですが、いくつか報告されています。これを「真性異言」と呼びます。
 「真性異言」(xenoglossy ゼノグロッシー)とは、フランスの生理学者で心霊研究協会の会長も務めたシャルル・リシェの造語で、本人が習ったことのない外国語を話す現象のことを言います。『新約聖書』(使徒行伝19-6、コリントⅠ12-14)などにも「異言」(glossa、glossolaria、speaking in tongues)という現象が記述されていますが、「真性異言」は、その言語が特定の言語であることが確認されたものを言います。このうち、特定の文章ないし語句だけを繰り返すものを「朗唱型真性異言」、その言語の話者と意味のある会話ができるものを「応答型真性異言」と呼びます。
 さて、真性異言のうち、「朗唱型真性異言」は、情報による伝達の範囲内と言えます。記録の透視や読心術などによって、断片的な文章およびその発音は、取得可能だからです(発音はかなり微妙だとは思いますが)。しかし、きちんとした会話ができる「応答性真性異言」は、そうではありません。言語を自由に操れるというのは、「技能」であり、いくら情報を集めても、実際にかなりの訓練をしない限り、可能にはなりません。自転車の乗り方をいくら本や映像で知っても、自転車に乗ることはできないように、言語も情報による伝達では「会話」できないのです。つまり、「超ESP」によって、「外国語の会話能力」は獲得することができないわけです。
 ですから、ある人物が、前世の記憶を、その前世での言語で語り、かつ現世の当人がその言語を学んだことがないと証明された場合には、超ESP仮説は適用できず、生まれ変わりが最も有力な説明仮説となります。
 応答性真性異言の事例は、きわめて珍しいもので、スティーヴンソンが収集した2000に及ぶ生まれ変わり事例の中で、わずか3例にすぎません。イェンセンの事例(Xenoglossy: A review and report of a case. Charlottesville: University Press of Virginia)と、グレートヒェンの事例、およびシャラーダの事例(いずれも『前世の言葉を話す人々』笠原敏雄訳、春秋社)です。イェンセンとグレートヒェンの事例は、催眠中に前世人格が出現したもので、前者はスウェーデン語、後者はドイツ語で、短い文章によるやりとりが記録されています。シャラーダの事例は、それらに比べて、前世人格が主人格に入れ替わったと思われるほど明確に出現し、きわめて長い文章で流ちょうに受け答えし、歌まで歌っています。シャラーダの事例のごく大まかな概略を紹介します。

◆シャラーダの事例

 1941年、インド、マハーラーシュトラ州ナーグプルに生まれたウッタラ・フッダルという女性は、1970年からいつくかの身体的疾患により、ホメオパシー医の診察を受けるようになり、73年には入院生活に入った。その際、ヨガ行者が講演にやってきて、瞑想の講義をした。少々の瞑想経験を持っていたウッタラは、瞑想の練習に参加した。その後、本人の行動は顕著な変化を見せ、ウッタラの母語であるマラーティ語とはまったく異なる、ベンガル語を話し始め、ベンガル州プルドワンで1800年代前半に生きたシャラーダという女性に、ほぼ完璧に人格変換する。
 シャラーダは、生まれて2ヶ月ほどして母を亡くし、叔母に育てられた。7歳の頃に、叔母の紹介でアーユルヴェーダ医と結婚した。2回の流産を経験した後、3回目の妊娠をしたが、妊娠5ヶ月の時、夫を家に残し、かつて住んだことのあるサプタグラムという村に旅行した。そこで2ヶ月経たないうちに、庭で花を摘んでいる時、右の爪先をヘビにかまれ、意識を失った。それ以降の記憶はなく、自分が死亡したという意識が彼女にはなかった。
 シャラーダに「人格変換」している間、ウッタラには全く記憶がない。この人格変換は、不定期に起こったが、月に2度ほどある「アシュタミーの日」に起こることが多く、その「アシュタミーの日」は、シャラーダの生まれた日であり、また死亡した日である。またシャラーダが崇拝していたドゥルガー女神への礼拝にふさわしい日ともされている。シャラーダの「出現」は、大半は1~3日続くものであったが、1~2週間続く時もまれにあり、中には40日以上にわたることもあった。
 シャラーダは、ほぼ完璧なベンガル語(ウッタラがこれを習った可能性は否定されている)で流ちょうに受け答えをし、マラーティ語、ヒンディー語、英語などはまったく理解できなかった。
 シャラーダは、結婚時暮らしていた土地のことを、事実と一致する形で語った。また、生活習慣、身振り、ものの好みなどにおいて、ウッタラとは全く異なる、19世紀初頭のベンガル女性の特徴を見せた。彼女は文明の利器を知らず、テープレコーダーを再生すると仰天してその中に「悪霊がいる」と言った。また、電話という概念を知らず、「あなたは見たことがないからわからないでしょう」と言われると、天井の扇風機を指さして「あれみたいなものですか」と笑いながら言った。
 シャラーダは、時に自分の死の直前の状況を発作のように再現した。舌と口内、唇がどす黒くなり、「キング・コブラが私を噛んだ」と述べ、爪先も黒くなった。その最中、シャラーダの息は、強い悪臭を放った。
 奇妙なことに、シャラーダは自らが死んだことを知らず、夫や叔母夫妻の死も知らなかった。自分がもといた所に戻り、家族たちに再会したいと頻繁に主張した。

 スティーヴンソンは、持ち前の熱意と忍耐力を発揮して、驚異的と思えるほどの周到な調査を行ない、主人格のウッタラがベンガル語を習得したことがないこと、シャラーダの記憶とその言語が、証言する前世に符合することをを立証しています。
 報告されたシャラーダの言葉、記憶、仕草や身振りなどを読む限り、その前世「記憶」の信憑性は疑いありません。そして、超ESP仮説では、この言語能力を説明することができません。
(つづく)
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 「アンビリバボー」放映のラ... | トップ | イアン・スティーヴンソンの... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

高森光季>スピリチュアリズム霊学」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事