今度、どこ登ろうかな?

山と山登りについての独り言

武尊山

2005年12月03日 | 山登りの記録 2005
平成17年6月26日(日)

 大分久しぶりに子供たちと山登り。4月30日に碧岩・大岩に登って以来だ。ちゃるは土日部活が多くてほとんど行ける日は無い、ちっちだけでもと思うが、そんな日は天気が悪くて結局行けなかったから、実に2ヶ月ぶりだ。今年になって二人を連れて山に行ったのはこれでやっと2回、おととし辺りは月に3回は山に行っていた。ゴールデンウィークの時に買った登山靴も、今回やっと履けると言う訳だ。別にそれに併せたのではないが、今回大分前に買ったダナムの革製の軽登山靴を初めて履いての登山となった。行き先は少し考えたけれど、このところの暑さを考えて2,000㍍級で子供たちが登っていない、比較的近場は…ということで武尊山にした。上州武尊山は20年以上前に藤原側から登って以来だ。あの時は沖武尊だけで、ガスに包まれて展望は全く無かった。だから、初めて登るのと印象的には大差ない感じだ。

 梅雨入りはしたものの、晴れはしないがちっとも雨も降らなくて毎日暑い日が続いている。土曜日も、真夏でもこんなに暑い日はそうはないだろうというような天気だった。とにかく蒸し暑くてだるくなる。近場とはいえ、明日も朝から暑そうで、今回は結構健脚コースというわけだから前夜発とした。子供達は久しぶりの山登りにはしゃいでいた。
 夜10時少し前に出発。コンビニで食料を調達し、一路武尊山へ。120号に出て、片品村に入って間もなくオグナ武尊スキー場という看板に従って花咲に向かう。最近のスキー場はおかしな名前のものが多くなった。どういう意味なのか意味不明なネーミングがふえた。「ガーラ湯沢」あたりから各地でこんな何だか分からない名前のスキー場ばかりになってしまった。「オグナ」って何ですか?ここは昔武尊国際スキー場という名前だった所だ。とにかく今回の武尊山登山口は、このオグナ武尊スキー場からなのだった。昔武尊に登ったとはいえ、登ったピークは沖武尊のみで、武尊の数あるピークを踏まなくては、と今回はいくつかのピークを縦走するコースとした、だから当然結構きついコースというわけなのだ。
 
 花咲の温泉民宿がたくさんあるから、右に武尊スキー場・武尊牧場方面に入り、オグナ武尊スキー場の看板に従ってペンションが建ち並ぶ集落を上り、スキー場の駐車場に着いた。しかし、ここが登山口ということだが、肝心の踏み込んでいく登山道が良くわからなかった。ガイドブックに依ると、ゲレンデを登っていくとあるから、そのゲレンデを車で行けるところまで行ってみようと、ゲレンデの中のがたがた道を上った。これ以上は車では無理というくらいスキー場の上部まで上って、そこに車を停め仮眠することにした。子供達は出発後間もなくシュラフにもぐって眠ってしまい、着いても起きなかった。薄雲って、ぼんやり月が見えていた。外に出ても生暖かい様な感じだった。明るくならなくては何も見えなくて分からない。携帯のアラームを5時にセットして眠った。
 
 眠りが浅くて何度も眼を覚ました。いつのまにか明るくなっているので、時間を確かめたが、まだ4時だった。もう少し眠ろうとシュラフにもぐったが、空は曇っているし登山口がどこなのかが気になって、もうその後は目をつぶっているだけで眠れなかった。5時に近くなったので、シュラフから出て、車の外の様子を伺って少し先まで行ってみたりしたが、このままこのゲレンデを登っていくのがコースなのか、今ひとつ自信が持てない。子供たちを起こして「朝食食べられるか?」と聞いたら食べるという。ちっちが朝から食欲があるのは珍しい。食事をして、支度をし、今ひとつはっきりしないまま、とにかく上を目指す。登った上に登山道があればいいけど…。ところが、きついのぼりを20分程行った先はリフトの終点で、そこには登山道の入り口はなかった。子供たちは当然ブーイング…だってしょうがないじゃん。パパを責めるなよ。

 車に戻り、スキー場の駐車場まで引き返すことにする。駐車場入り口にある武尊山登山コースの絵看板と隣にもう一つ「武尊山・前武尊山登山口」の看板があった。それによれば、一番奥の駐車場の隅に入り口があると書いてある。ということで、そこに行ってみるが、藪に埋もれて登山道らしいものは見当たらない。車から降りてよくよくそこを念入りに見てみると、土留めの上にうっすらと踏み跡らしいものが上に向かっていた。こうしてうろうろしていても、日曜日だというのに一向に登山者らしい人もやってこないし、どうやらこれかと見つけた登山口も、廃道に近いものだったから、よっぽどこの登山コースは人の利用が少ないものと思われる。最新のヤマケイ分県ガイドに紹介されている登山コースだが、もう少し詳しく紹介してくれないと登山口を見つけることさえ難しいと思われた。気を取り直して再び出発、大分時間をロスしてしまった。
 
 いきなり雑木の急登で汗を搾られる、少し傾斜が緩くなるとブナやダケカンバが出てきて、足元にギンリョウソウとベニバナイチヤクソウがたくさん見られた。林道に飛び出して、そこからはスキー場のゲレンデの真ん中につけられたコンクリートの舗装路を延々と登ることになる。これは知っていれば当然車で来られる道で、既に早朝なのに夏のように暑い、ものすごい急傾斜のコンクリート路をふーふー言いながら登った。結局、これを知っていれば行き帰り併せて2時間半をはしょることができて、おそらくそうすれば数ある武尊山の登山コースの中で、ここがもっとも楽なコースになるのではないか?と思うのだった。登り2時間半・下り2時間で往復も可能ではないか。前武尊までの上りの大半は、第4第5ゲレンデを登ることに費やすわけで、ゲレンデを抜けて、前武尊まで純粋に登山道といったら標高差200㍍、時間にして30分程だった。スキー場の登りで汗をかき、ゲレンデから丸太の階段をまた100㍍程で、やっと登山道らしい道に出る。ここからも急な登りだが、直ぐに旭小屋分岐を過ぎジグザグに少し登ると見晴らしが良くなり、無粋な鉄製の屋根を被った日本武尊像がある前武尊山の山頂に着いた。

 ここまでですっかり汗びっしょり、ひと山登ったような疲労感だ。まあ、実際ひと山登ったわけだが…。前武尊山頂は樹林を切り開いた小平地で、真夏の午後ようなけだるい蒸し暑さが支配している今のここは、出来の悪い(失礼)日本武尊像が南を向いて中央を陣取っている隅に三角点がぽつんとあり、どこかの神社の片隅のようで、2,000㍍峰の山頂の雰囲気は余り感じられなかった。薄雲って霞んだ景色は南側だけ展望があった。霞んではいたが、日光白根から皇海山に続く山並みや微かに赤城山が見えていた。直ぐ下には片品や川場の村や畑が見えているが、イメージとして持っていたものより赤城山とこの武尊山の間が広く平坦であるのが意外だった。赤城と武尊はこんなに離れているのか、その間には低い一群の山並みがあって(浅松山など)、その回りには開けた広い空間があった。日光白根から袈裟丸に至る県境稜線の手前は利根村に当たるわけだが、そこも人の手が入り尽くされているのか、パッチワークのようにこうしてみても明らかであった。

 今日の景色はどうもイマイチのようだ。この先も、晴れても余り見通しが良くない雰囲気だから、それでちゃるはいつものように機嫌が悪くて仏頂面をしているのだ。行く手の方に少し踏み込むと家の屋根そのままの形をした剣が峰が直ぐそこに見えていた。そして、これから縦走していく家の串や中ノ岳に並んで左手高くに沖武尊が見えていた。これら頂稜の山々は点々と残雪を見せている。さしもの今冬の大雪も、大分少なくなった。子供達は、一応一つ目の山の頂上に立ったので、少しずつ機嫌が戻って元気になってきた。ちっちにしても今日は珍しく朝からおむすびを食べたが、ここでもまたおむすびを一つ食べて、おかしも食べ絶好調か?ちゃるは小食ぎみだが、山ではいつもよく食べている。休憩して、かいた汗の分水分を補給し、口にものを入れると、二人ともまた登る意欲が湧いてきたようだった。ここまでの途中にあったはずの水場は、気づかずに通り過ぎてしまった。今日は少し余分に大きめのペットボトルを用意して家から水を持ってきていたが、このまま無補給ではやや不安な状況だった。何しろ暑くて汗をかくので、もう水はだいぶ飲んでしまったからだ。予定よりやや遅れての前武尊到着だったが、それも朝のロスのせいだ。

 シャクナゲはほぼ終わりに近く、枯れて茶色くなった花がらが目立った。それでも、日陰の本来シャクナゲにふさわしそうな樹下には、まだ少し咲き残りのアズマシャクナゲがあった。一度前武尊の北面を急降下して、剣が峰の基部まで辿り、肝心の剣が峰は東側を巻いてトサカ岩との鞍部まで緩く登る。トラヴァース道はネマガリダケが横になって歩きづらかった。それにしても、そんなことよりハエを初め飛ぶ虫がそれこそゴマのように降りかかってきて目といわず、口といわず、耳といわず飛び込んで来てうるさい事この上ない。当然虫が凄いことは予想していたが、そんな予想を遥かに上回る半端じゃない虫の数だった。暑いことと虫が多いこととで、子供たちもそれが今ひとつだったようだ。

 前もって知らせておいたのだが、今回も子供たちはトサカ岩の鎖場を期待している。剣が峰は完全に巻いてしまい、あれ、トサカ岩には登らないのか?で、岩場が現れたが、そこは通れないように封鎖してあった。剣が峰の北面は岩稜がむきだしになって傾斜もきつく、かなり高度感のありそうなシビアな鎖場で、赤錆びた細い鎖が上からだらんとぶら下がっていた。一瞬子供たちはがっかりしかかったが、そのギャップに上りつくと直ぐ目の前に段になった鎖場が現れた。これがトサカ岩の鎖場らしかった。高さは5メートルほどだが、上に行くにしたがって周囲の展望が広がり、両側が切れているので高度感があった。
 岩場の難易度は高くないが、高度感があると、岩を登ったような気になるものだ。上にでるとそこはナイフリッヂになって一番高い岩の上に祠があった。向かいの剣が峰北面は上の方からぶらんと下まで鎖が垂れている、あれを登るにしろ下るにしろかなりの高度感だろう、崩壊が著しいことでこの山は登山禁止になったのだろうか、少し残念なことだ。

 家に電話をした。二人とも虫と暑さはあるものの結構満足しているようだ、特に今岩場を登ったばかりで、心配した天気もむしろ良くなってきたし、展望もそこそこあるからなのだろう。トサカ岩からは目指す家の串・中ノ岳・沖武尊が形良く見え、獅子が鼻山と玉原のスキー場が見えるようになった。うっすらと谷川岳方面の山並みも見えている。少し岩稜を歩いて、またギャップを下りややトラヴァース気味の道になる。足元にはコイワカガミが白っぽいかわいらしい花を咲かせていた。ピンクのものもあるが、同じ種類なのだろうか?去年は御神楽岳や篭ノ登山でイワカガミの素晴らしい群落を見たが、今年は初めてだった。今年は何といってもアカヤシオとシャクナゲだろう、随分あちこちで見たなあ。

 家の串はだらだら登って到着。大した登りではないが、暑いので疲れる。子供たちも、初めこそ快調だったが、さすがに暑さと虫には閉口で、大分疲れたと言っている。今回は武尊山の主稜を縦走するわけだが、実際山頂を踏めるのは前武尊とこの家の串、そして沖武尊の3峰だった。剣が峰と中ノ岳は巻いてしまう。行く手の中ノ岳辺りには人の姿が点々と見えている、頂上の沖武尊にも人が沢山いるようだ。今辿っているこのコースには人影は無かった、今のところ前武尊の頂上で会った単独行の若者だけ、やはりメインコースは武尊牧場スキー場から夏山リフトに乗っかってくる楽な方に移っているようだ。その武尊牧場コースの雪田の上を蟻のように人が行きかっている様子が見えた。

 中ノ岳分岐に着くと人が一杯だった。登ってくる人、もう降りてくる人等、賑やかな事だ。中ノ岳はトラヴァースする、途中に「群馬修験 菩薩界の水」というちょろちょろとかろうじて湧き出している水場があった。水の消費が激しかったので、御嶽の一口水よりちょっとマシ程度の水量だったが、助かった。子供たちはけんか面で水を汲んでいた。冷たくて旨い水だった。後から来た人たちも水を汲もうと立ち止まったが、このちょろちょろを見ると苦笑いだった。そこからは、すぐそこに見える沖武尊の頂上に向けて斜上するが、頂上直下は二重山稜になっていて、その窪みが雪渓になって残っていた。子供たちは雪渓の上を歩くのは初めてだからはしゃいでいた。「帰りは下りだから怖そうだな」とは、ちっち君の弁。
 
 頂上手前のコブの上に日本武尊の青銅像があった。前武尊のものよりは出来がいい…というか、こっちの方が小さいけれど怖い顔をしていた。沖武尊山頂には10人ほどの人がいたが、さっきの雪渓で20人程の団体と入れ替わったから、これでも少し空いた方だ。天気は微妙なところだ、朝よりは曇っているが、一応晴れていて薄雲が覆っている状態。気温は高めで、2,000㍍の山頂とは思えない真夏の暑さだ。雨が少ないのでここも少し乾燥してほこりっぽかった。20数年前にここにたどり着いたときは、周囲を濃いガスに巻かれて全く展望は無かったから、今こうしている武尊の山頂も初めてと変わりなかった。大きな山名板は昔と変わっていたけれど、展望盤とその隣に立っている御嶽山大神の石碑と当然ながら三角点(一等だったんだ!)はそのままだった。獅子ガ鼻山が見下ろせる西側に場所を取って、食事をした。二人とも水は飲みたいけど、おにぎりやパンはいらねえなんて言っていたが、食べ始めるとおかしまで食べていた。ポテコはいつものように取り合いになっていた。ばかみたい…なんて卑しいガキどもなんだろう(はずかしい)。しばらくいると少しずつ人が増えてきた、やはり百名山だなあ、楽なコースからは人がたくさん登ってくるのだった。帰りもまた、いくつものピークを越えて戻らなくてはならないから、1時間程休んで引き返すことにした。

 雪渓のところでまた団体さんに出会った。全員が通り過ぎるまで待っていたら、5分もかかってしまった。雪渓の下りは二人ともかなり楽しんでいた。虫と暑さは相変わらずだったが、元来た道を忠実に引き返した。でも、トサカ岩は今度は西側を巻き、剣が峰は東側を巻いた。あまりの暑さと、かなり疲れてバテ気味になり前武尊の上りの手前で小休止した。シャクナゲが咲いているところは、不思議に天然のクーラーの様にひんやりして休むのに丁度良かった。帰りは何人かの人たちとすれ違ったが、やはり武尊牧場コースに比べれば格段に人が少ないだろう。ふーふーいって登り着いた前武尊でまた小休止。それにしてもこの前武尊の頂上は、日本武尊像に被さっている鉄製の屋根のせいだろうが、余り頂上らしさが無くて今ひとつの場所だった。

 前武尊まで登れば、後は下るだけだからどうって事もないと思っていたが、それは間違いだった。スキー場の上部が見下ろせるところに、山伏姿のおかしな石像があった。丸太の階段とスキー場のコンクリート道路はこんなに長かったか、と思う程で蒸し暑さも加わって最後の試練だった。ちっちはさすがに少しへばってきて、先にすっ飛んで下っていったちゃるを見ても、少し歩いてはへたりこむ繰り返しでひーひーいっていた。ちゃるがすっ飛んでいったのには訳があった…。最後の最後、林道分岐から樹林を下る道も、こんなに急だったかあ、なんて言いながらかなりへこたれて降りた。車にやっと戻ってきたが、駐車場にも人影はなく、このコースは廃道とは言わないまでも、登る人のかなり少ない篤志家向けのコースであったようだ。さすがに長丁場で、行きばかりか帰りも上り下りのある健脚向けコースに二人ともかなり疲れたそうだ。朝イチの間違いや、スキー場を車で上がっていれば、ずっと楽だったろう。

 「花咲の湯」という片品村営の日帰り温泉で入浴し、帰路についた。花咲の湯は余り広くなく、印象に残らない温泉だった。途中道ばたでだいこんを買って帰った。長丁場だったが、近場ということもあって、余裕で夕飯前に家に帰れた。虫と暑さにはほとほと閉口したが、二人とも岩場もあったし、雪渓も歩けて楽しかったということでした。心配したヌカカには二人とも刺されず、でもパパだけしっかり三カ所も刺されて、その後一週間以上も痒みに悩まされたのでした。トホホ…。この手の山は、この時期「虫対策は万全に」ですね。

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