Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

地下水を育む

2008-08-10 16:55:42 | 自然から学ぶ
 〝「マンボ」とは言うけれど〟で触れたが、上伊那における水の求め方に縦井戸を空気坑として一定間隔に設けて不透水層まで掘り下げ、そこから横へ縦井戸を結んで横井戸を掘るというものがあった。イランでの70kmという長い井戸はないにしても、天竜川の礫層が東西に幅広く展開している舞台ではそこそこ長い横井戸が掘られたともいう。扇状地の上は透水層が覆っていて、水が地下へと浸透してしまうため用水を得るために苦労が絶えなかったわけである。

 こうした透水性の高い土地の段丘崖には湧水が豊富となる。伊那谷の場合、段丘崖を中心に古い集落が線状に展開している。南箕輪一帯の段丘崖にも湧水が豊富に現れ、段丘崖やそこから西へ向かう沢沿いにわさび畑が発達した。かつてはそうしたわさびが安曇野に送られたともいう。湧水とはいうものの、段丘上の浸透水があるからこそ豊富になるものて、段丘上に不透水層を設ければ、自ずと湧水も減少することになる。たとえば用水路の水が漏水したりしなければ有効に水利用できるが、いっぽうで漏水することで耕作をかろうじて行っていた人々もいただろう。農業用水路が未発達な時代にはそうしたことは当たり前のことであった。用水なくして不毛の地は豊かにはならない。だからこそ古い時代に延々と長い水路を山腹に這わせて引き込んでいた事例も少なくない。長野県のような山間地帯では、こうした山腹に這わせられた水路が大変多い。それらも段丘上同様に漏水との戦いであった。山腹においては漏水したからといってその下に耕作地がなければ漏水しないような水路に改修されても困る人はいないだろうが、ある程度傾斜があって、起伏のある土地では、後から耕作を始める人たちには用水はかなりの難問となる。沢伝いであれば、山腹からの湧水を頼りに耕作をするわけだが、それでも不足すればため池が造られた。妻の実家でも家のすぐ近くに二つのため池が同じ沢に連続しているが、それぞれのため池から潤される水田は、沢沿いの水田ではなく、ため池から等高線沿いに引かれていった尾根越えの水田が対象である。ため池のすぐ下に広がる1町歩ほどの水田は、ため池からのおこぼれと用水路からのオトシ水で耕作をしている。一滴もため池から流れ出さなければ、そして一滴も水路から漏水しなければ、さらには一滴も水田から排水されなければ、それらの水田は雨だけに用水を頼ることになるわけだ。

 このように人為的ではあっても、用水の権利を持つ人々とそうでない人々は無関係のようで自然の成り行きのなかで関係していたわけである。ところがこうした連鎖している関係は数字的にはなかなか表せないため、具体的な行動や評価という面では説明責任を果たせなくなる。したがって雰囲気では解っていても、それを口実にして権利を主張することもできないわけだ。現代の農業用用水路は、漏水を防ぐために舗装化されてきた。そして漏水しないことが効用を発するということで数値化され、また説明されてきた。いっぽうでは権利のない人々には厳しい情況がやってくるのである。

 生家のある周辺は湧水が豊富であった。天竜川支流の与田切川の河川内でも湧出している箇所があちこちにあって、それも多量であった。そんな湧出していた場所はいまやまったく乾ききった状態である。また家の周囲も礫層だったこともあるが、水田の下に湧水の通り道のようなものがあって、ときおり水田が抜け落ちで水が抜けてしまうなどということもあった。漏れた水はけして無駄になるのではないが、利用した者にとっては漏れないことが大事であって、自然の成り行きは人為的であっても、どこかに自然との調和の中に存在していた。

 大菊土地改良区は熊本市を流れる白川流域に展開する農地へ用水を供給し、管理している団体である。ここでは「豊かな地下水を育むネットークを設立している。 白川中流域の水田がもつ透水性の高い地質を生かし、湛水農法の普及を通して、①安全かつ高品質な農作物を生産・供給すること、②湛水農法により、熊本都市圏の地下水保全に貢献すること、③湛水農法により生産された農産物のPR推進活動、④都市と農村の共生をはかることを目的としているという。②にも示されているように農地を湛水させることで地下水保全に貢献したいと、作付していない期間に湛水をおこない、地下水のかん養を目指している。簡単にいえば地表面を潤わせ、その水を浸透させようとしているのだから農家にとっては非生産的なことであるが、無関係な隣の人たちと共存しよう、自然の成り行きにまかせようとも捉えられる。数値化できないといってこうした取り組みは今までには評価されなかったものだろうが、漏ることにも意味があるという捉え方も楽しい話ではないだろうか。
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