Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

他界した母の言葉にみる時代

2007-04-22 10:19:39 | ひとから学ぶ
 世の中いろいろである。こんなテーマの記事欄があるものなんだ、そう思った。中日新聞の火曜日の特集欄なのだろうか。「人生これから」というページに「ラストワード」というものがあった。記事は4/10朝刊のものである。平井さんという80歳で亡くなられた方の娘さんが投稿したものであるが、母の言葉を紹介している。遺品整理をしていたら娘3人の結婚式や孫の写真を母自身の手で整理され、何冊ものアルバムに仕分けられていたという。ダンボールに納められ、その一番上に天国への旅支度をしていたかのごとく、真っ白な和紙に「楽しませてくれてありがとう」という言葉が書いてあったという。

 わたしがこの投稿記事に目がいったのは、まず①「アルバムを整理しながら、本当に母は楽しんだのだろう」と共感したこと、そして②顔写真付きのこの記事に「うーん、企画はなんとなく解るが写真まで載せるの」とちょっとした違和感を覚えたことだ。

 男もそんな干渉に浸ることはあるかもしれないが、とくに女親ともなれば、口にはしなくても子どもたちの歴史を蓄積することは楽しみでもあるはずだ。そして写真がごく普通に庶民のものとなったのは、そう昔のことではない。わたしにしても自分の子どものころの儀礼ごとの写真があるかといえば、ほとんどない。せいぜい小学校入学の際に、自宅で親戚の方に撮ってもらった写真くらいが残っているだけである。もちろん学校で撮影された入学式とか卒業式、あるいは遠足とかキャンプという写真はあるが、親が撮影した写真はない。当たり前である。親はカメラを持ったことはないのだ。おそらく、わたしの世代の親あたりから、カメラというものがしだいに普及し始めていったと思う。ことわっておくが、それは「田舎」という環境(ほとんどの親の職業が「農業」であった時代のこと)であって、サラリーマン化していた地域では該当しないだろう。今では当たり前のように写真が残り、その写真は、子どもたちの成長を振り返るには充分なほどに歴史を語っている。わたしが親になったころには、「第一子の時はたくさん写真を撮ったが、第二子以降はしだいに写真を撮らなくなった」という言葉をよく聞いたが、カメラがデジタル化した現在、そんな言葉も消えそうなくらいに簡単に写真は撮れ、残せるようになっている。アルバムなど保存の仕方は様々なのだろうが、これからの時代、写真というものがどう家族の歴史を綴っていくか注目である。

 さてそれはともかく、この記事を投稿された方は、40代後半ということで、わたしとそう変わりない世代である。アルバムを整理する楽しみを、わたしの母は持ち合わせていない。前述したようにカメラを持っていなかったから写真を撮る楽しみを知らないし、わたしたち息子が小さいころの写真を自ら保存することはなかったはずだ。投稿された方が名古屋市ということから考えれば、わたしの環境とは異なる。だから、この「楽しませてくれてありがとう」というメッセージを残して他界する親は、数少ないと思う。共感したと思ういっぽうで、考えてみれば「わたしの母にはわからない感覚なのだろう」と気づく。加えて、投稿された方は姉妹だった。息子の場合は、孫の写真をきちんと母親に渡すほど気は回らない。娘たちだからこそ、母に写真をことあるたびに渡すのだ。嫁に行った娘たちが実家へ帰ることが容易にできる時代を反映しているわけだ。
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