ひつじ飼いのキノコ岩との日常

家庭の事情から、トルコ国内のすったもんだまでw

じ~ちゃんの、トルコ77日間日記 5

2013年11月03日 07時53分29秒 | トルコ文化
その当時滞在した
クシャダスの貸し別荘に
ザクロがあって

「もう少しで食べごろかな!?」
なんて話していたら、

10月中旬になって
ザクロの季節の
到来のようである。

日本のリンゴほどもある
ザクロが

ドッサリ届いて
大感激。

しかし、まるで
「種の塊」のようなザクロだから、

「これを食べるのには結構、根気がいるなぁ」と
思っていたところ、

トルコの人は
全部呑み込んじゃうという。

そういえば、
ブドウも西瓜も全部

種ごと食べちゃうのには
驚いた。

特に「ブドウは種を噛み砕いて食べると心臓に良い」とかで、
わざわざ「ブドウの種」だけを
売っていると聞き、

もう一回
ビックリである。

「りんごの皮はそのまま食べましょう」と
学校で教えていると言う。

そう言えば、
我々も小さい頃は

柿でもりんごでも
皮ごとバリバリ食べていたなぁと
思い出す。

あれ?いつごろから
皮を剥き始めたんだろう?

そういえば、
あの別荘の庭には、

レモンもブドウも
なっていたなぁと思い出す。

バナナの木もあったけれど、
もう少し南のアンタルヤ付近まで行かないと

バナナは実らないと
教えてもらったっけ。


          (ドッサリ届いたざくろの実)

ちなみに、ザクロは
娘がフレッシュジュースにしてくれた。

「ちょっと酸っぱいのかな?」と
思っていたが、

これは想像以上に
美味しかった。

10月24日(木)
今回のトルコ滞在最後の訪問である。

行き先はウフララ渓谷と
岩窟教会。

文句なしの快晴。
そう言えば今週に入ってからは

穏やかな
晩秋の天気が続き、

私の帰国の為の
買物や最後の見学を

応援してくれて
いるような気がする。

途中、小さな火口丘や
浸食された溶岩が

ゴロゴロ転がる
地域を過ぎる。

湯治用のホテルが
点在している。

その一画に
火口湖があった。

火口湖には
特有の静けさがある。


         (火山湖 ナルル・ギョル)

湖面には漣もない。
私たちのほかには誰もいない。

思わず我々も口を閉ざし、
しばし呆然と見とれるのみ。

次に「アナリプシス教会」
を訪れる。

小高い岩山の上にあって、
教会というより
修道院の趣きである


軍事的な意味も
あったのではないかと思える
造りであった。

かなり修復されていて
木の扉もあったが
管理人らしき人はいない。

中には
礼拝堂、台所、宿坊らがある。

直ぐ近くに見える
冠雪したハサン山と

メレンデス山の
雄姿に見ほれる。

それを例える言葉がみつからない。
ほとほと詩人にはなれない自分を思う。

その山々から吹き降ろす風なのだろうか、
風はかなり強くて冷たく、

吹きっさらしの屋上には
長く居れないほど寒い。 

早々に、ギュルゼルユルトゥに向かう。
そして目的地ウフララ渓谷である。

カッパドキアでは
どの写真をみても思うのであるが、

写真で見るのと、
実際のスケールや立体感が

その場に立つて感じるのと
違いすぎる。
その場に立つと圧倒される。


(神々しいハサン山(右)-3300m―とメレンディス山)


(ウフララ渓谷の入口。ここから400段の階段を降りる。ポプラの黄葉が美しい)

ここでは、嬉しい発見をした。
「パウロ」の名前を見つけたのである。

カッパドキアでは、
フレスコ画や壁画に

「イエス、マリア、12使徒ならびにカッパドキアの聖人」
の絵はあるのだが、

どうした訳か、
「聖パウロ」が登場しないのである。

エーゲ海沿岸の諸都市の遺跡でも
「パウロ」の名は、

エフェソで記録があっただけで
遂に見なかった。

これは、使徒言行録でも、
パウロがアジア州で伝道した記録がないことを考えれば

致し方ないかとも
思えるのだが、

カッパドキアでは
これだけの岩窟教会に

様々なフレスコ画、
壁画があり、

その制作年代も
多くが8世紀以降であり、

パウロの評価も
高まっていたと思えるので、

もっと取り上げられていると
考えていた。

しかし、
私の回った範囲では皆無であった。

ところが、
先日訪ねたソーアンル渓谷の

「ドームの教会(クッペリ教会)」に
ペテロとパウロの受難の絵があったという。

時間の都合で
見損なったのであるが、

実際に見たとしても
「損傷が激しい」とあるから

私が見たとしても
判別できなかっただろう。

そして、今日、遂に
ウフララ渓谷の

「蛇の教会」の
フレスコ画の説明の中に

ペトロたち使徒に混じって
パウロの名を見つけたのである。

その写真は
次のものであるが、


     (入口の説明板。下線の部分に「パウロ」の文字が読める。)

残念ながら
フレスコ画では

どれがパウロなのかは
分からない。

しかし、私にとっては、
最後の最後にパウロの名を発見したことは、

今回のトルコの旅が
パウロを探す旅でもあったことを思えば

「主のプレゼント」であると
思えるほど嬉しくて、

随分長い時間
岩窟教会内に留まっていた。

娘も協力してくれて、
入口の解説記事を読んでは

中のフレスコ画と
付き合わせたのであるが
結局分からなかった。


      (「蛇の教会」この部分にパウロが描かれていると思える。)


その帰り、
ウフララ渓谷の

反対側の入口にあたる
セリメ村にまわる。

そこで
「セリメ カテドラル」を見る。


「地下都市の岩窟版」と
娘が紹介してくれたが、

将にその通りで、
教会から

隊商のらくだや馬も
格納できる施設まで
岩をくりぬいた中にある。

今は石の崩落で
外側からも存在が確認できるが、

かっては一見
「ただの岩山」にしか見えなかっただろうという。

山の内側がそのまま
都市になっていると言えばよいのだろうか。



           (セリメ カテドラル内の教会)


時間がなかったため、
食事は、

ひつじ君が
買ってくれた

サンドイッチとコーラを
車中で食べた。

いつも思うのだが、
サンドイッチにしろピザにしろ
トルコのものは大きい。

トルコのパンは
実に美味しい。

フランスパンの
パリジャンの外側を

もう少し
柔らかくしたようなパンが

一個1リラ(50円)弱である。
長さ30cmほどもある。

それを真っ二つに切って、
側面を切り開き、

そこに肉だの野菜だのが
入っている。
とても食べきれるものではない。


      (ウフララ渓谷にて。休憩中のじ~ちゃん)







しつこく、続く~♪




本日もお付き合いいただいて
ありがとうございます!

左の「トルコ情報」から
ぽちっと応援、よろしくお願いしまっす♪



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2 コメント

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Unknown (あいママ)
2013-11-04 03:29:37
じーちゃんさん、充分詩人ですよ!!

羊飼いさんも、また違った詩人で、さすが親子、文才がありますな~~ マニアックが、こう表現されるとは・・笑わせてもらいました。
たくさんの果物が届くとは、処理するのは大変だけど、田舎の穏やかな暮らしの証拠ですよ。都会では滅多にないですから・・!(^^)!
返信する
あいママさん。 (トルコのひつじ飼い)
2013-11-04 17:00:47
ありがとうございます~。そんなに褒めていただいて、じ~ちゃんも、こそばゆい事でしょう(笑)そのうち調子に乗って、自分のブログを開設するかも、しれませんな(笑)
果物届くのは、そう、田舎の証拠ですw田舎、にかけては、自信があります!!(何の役にも、たちまへんがw)
いえ、逆に、静穏な毎日が送れる事に、感謝しなきゃいけないんですけどねw
返信する

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