父の言葉 常に頭に」 墜落直前 手帳に遺書の河口さん
◎219文字につづられた想い 追う
津慶さんは事故当時21歳で、父には反抗ばかりしていたという。それも「あの時は父がいるのが当たり前だったから」のことだ。
遺書が書かれた社員手帳は事故から数日後、津慶さんが上着のポケットから見つけた。他の遺品は水でぬれたり、腐敗臭が激しかったりした。「パパは本当に残念だ」「本当に今迄は幸せな人生だったと感謝している」。ボールペンで書きなぐられた219文字の遺書が見られる状態だったのは「不思議なことだった」。
予期しない死に直面した悲痛な思いと、家族へ思いを託すようなメッセージ。「父は死を覚悟した。けれども、人生を精いっぱい努力していたから『幸せな人生だった』と思えたのだろう」。博次さんのためにも悔いのない人生を送らねばと、自らに言い聞かせながら過ごしてきたという。
津慶さんは現在、19歳と15歳の2人の娘がいて、亡き父に思いをはせながら生活を送る。6年前に長年勤めた会社を辞め、日本の伝統工芸をインターネットを通じて世界に販売する会社を立ち上げた。このまま定年退職するのではなく、「新しいことにチャレンジしたい」との思いからだ。
御巣鷹の尾根を訪れたのは事故から34年間で2度だけ。事故当日の12日も家族だけで静かに博次さんを弔う。「事故がきちんと忘れ去られないように。新しい時代を生きる人たちが再び悲しむことがないように」との願いは変わらない。
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