金木犀の季節

2018年11月20日 03時31分24秒 | 創作欄

徹は玄関の広さに驚く。
左側の壁に大きな額があり、幼い女の子抱く母親の姿が描かれていた。
そして屋敷の奥へ続く廊下は一間ほどの幅があった。
玄関に近い廊下の右手の20畳ほどの応接間に通された。
「どうぞ、お座りください。コーヒーでもお持ちしますので」とご婦人が手で示す。
10人くらいが座れる応接セットを見て、どこに座ろうかと迷った。
「高いのだろうな」
シャンデリアを徹は見上げた。
窓から金木犀が見えた。
「そうだ、今井君の家にも大きな金木犀が咲いていたな」と胸の中でつぶやく。
徹は金木犀の季節になると、今井君と今井君のお母さんやお姉さんのことを思い浮かべた。
6年生となり、恋心が芽生えた徹は今井君の中学生のお姉さんに憧れた。
3人姉妹でいずれも母親似であった。
長女はモデルとして、高校生向けの雑誌の表紙に掲載されたことがあった。
追憶の中に居た時に、ご婦人はお盆に載せコーヒーセットを運んできた。
実は徹はコーヒーが苦手であったが、勧められて飲むことになる。
常にメランコリーになるコーヒーの味わいであった。
「ところで、ご用件は?」ご婦人は鷹揚で人を警戒していなかったようだ。
この人はいわゆる、お嬢さん育ちなのだろうか、と想われた。
「実は、小学生の学童向けの百科事典です」徹は平静心を取り戻して、大きなバックから百科事典の1冊を取り出した。
「この学習辞典は文部省の学習要領に基づき編集されています」
「そうですか。よさそうね。是非、娘に読ませましょう」ご婦人は学習辞典を手に取りながらページをめくっていく。
徹はほっとした。

部屋にご婦人の香水の香りが漂う。

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