※本稿は、及川順『非科学主義信仰』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

 
非科学主義信仰 揺れるアメリカ社会の現場から (集英社新書)
 
 2024年アメリカ大統領選挙の有力候補がトランプ前大統領だ。
トランプの岩盤支持層は保守派だけでない。
自分たちにとって都合のよい“ファクト”をつまみ食いする「非科学主義信仰」を有する人々からの支持も集めている。
Qアノン、極右組織など所属は様々だが、単なるカルト集団ではなく、彼らは既得権益層への怒りと独特の正義感を持った実効力をともなう集団だ。
反ワクチン・反マスク論争、移民受け入れの是非、銃規制問題など、NHKロサンゼルス支局長として全米各地で取材を続けてきた記者の緊急レポート。
日本にも忍び寄る「非科学主義信仰」という異常現象をあぶりだす。

【主な内容】
・ワクチン接種に反対する人々
・気候変動と非科学主義
・Qアノンの素顔
・ウクライナ侵攻で生じた「ルッソフォビア」
・「トランプの幻影」におびえる民主党
・幽霊銃をめぐる政治対立
・学校・図書館向けの「禁書リスト」発出も
・トランプ前大統領の復権
・トーク・ラジオにのめり込む運転手
・信者を五倍に増やしたカリスマ牧師
・教育現場の危機感
・「真実」を求めてさまよう人々

【目次】
序 章 なぜ非科学主義信仰を知るべきか
第一章 非科学主義の狂信者たち
第二章 政治を突き動かす非科学主義
第三章 なぜ非科学主義に走るのか
第四章 非科学主義とどう向き合うか
終 章 彼らは私たちの映し鏡
あとがき

【著者プロフィール】
及川順 (おいかわ じゅん)
1971年東京都生まれ。東京大学経済学部卒業。
1994年NHKに記者として入局。
国内政治、アメリカ政治、アメリカ社会を中心に取材。
報道局政治部、アメリカ総局(ニューヨーク)などを経て、2019年からロサンゼルス支局長。
2010年、国連記者協会賞受賞。
NHKのニュース番組でのリポートやウェブでの執筆多数。

 


日本社会にも薄気味悪さを感じてしまうのは杞憂なのか


作者の及川順氏はNHKのロサンゼルス市局長。
アメリカを中心に取材をしており、トランプ現象のルポである。

昔からアメリカに極端な人は極一部いた。狂信的なキリスト教徒、オカルト信者、白人至上主義者などが代表例。
彼らは近所の「変わり者」。あくまでも少数派。放って置いてもいい存在だった。

しかしアメリカの国際競争力が相対的に落ち、国内格差も拡大。圧倒的だったアメリカはもういない。
国民は自信を失い、冷静に考えることを放棄する人が増加した。それがトランプ現象であり、非科学信仰主義だ。
選挙結果を無視し、アメリカ連邦議事堂に乱入。ペロシ下院議長宅に侵入する事件まで起きており、やりたい放題。
彼らはもう「放って置いてもよい人々」ではなくなった。

そして我が日本も、バブル崩壊以降ずっと景気が悪い。30年間経済は停滞。アジアのリーダーから日本は滑り落ちた。
状況はアメリカよりも遥かに悪い。
極端な政治家、団体も増えてはいるが、幸いアメリカのような暴力的な方法が取られることはまだ少ない。

アメリカは離れた外国と捉えるのか。日本の近い未来と考えるのかは私には分からない。
ただアメリカの薄気味悪い状況は絶対に知るべき。
コロナ禍で海外が遠い時代にこそ読んで欲しい。


 
アメリカ社会分断の一方の極『非科学主義信仰』。当事者直接取材に基づく本。


トランプ退陣前の2019年から、トランプ退陣後の2022年までのアメリカ社会分断についての取材の成果をまとめた本。著者はNHKロサンゼルス支局長。1994年入社というベテラン記者で、ニュース番組レポートやウェブ執筆はたくさんあるようだが、著書は初めてのようである。
本書の「社会分断」解析のキーワードは「科学」である。
分断対立の一方の側には、科学、それに基づく合理的な判断を信じる人たちがいる(バイデン含む)。もう一方の側に、科学に対する不信感、科学を錦の御旗として掲げる人々に不信感を抱く人がいる。
その不信感は岩のように強固で、信仰の域に達している。それは「非科学的信仰」といえる。それはトランプ支持者とも重なっている。
目次と内容
目次も内容も宣伝に載っているが、バラバラにされていてちょっとわかりにくい。
第一章は「非科学主義信仰」にはまった人たちがアメリカ各地で行っている活動を取材したルポ。
狂信的という表現がふさわしい実態にせまる。
ワクチン接種に反対する人々、マスク着用義務化反対運動、気候変動で頻発する山火事を左派の放火として自警団を結成、Qアノン陰謀論、ヘイトクライム。
第二章 非科学主義と政治の結合
銃規制反対、人種差別教育(禁書リスト)、バイデン政権移民政策反対、トランプの復権
第三章 なぜ非科学主義に走るのか
格差拡大、トーク・ラジオの威力、影響力を増す教会、ネット洗脳。
第四章 非科学主義とどう向き合うか
ソーシャルメディアの規制、AIによるフェイクニュース対策、教育の重要性(メディア・リテラシー)。
終章 彼らは私たちの映し鏡
「非科学主義信仰」は社会の映し鏡。
私的感想
○いわゆる現代「陰謀論」批判の新書が、8月9月今月と3冊出版された。8月の岩波『アメリカとは何か』10月の本書と中公『陰謀論』である。岩波はアメリカにおける保守派とリベラルの対立がテーマで、本書とは対象がかなり共通する。中公は日本における陰謀論の分析で、3冊ともそれぞれに面白い。
○本書の特色は、当事者への直接取材である。
つまり、『非科学主義信仰』に基づいて活動する人々や、その活動に反対する人々の肉声を捉えようと努力している。この点は岩波の本にも中公の本にもない、本書の優れた特色である。ワクチン接種会場の前でワクチン接種反対を訴えるコメディアン、学校でのマスク着用義務化反対デモの主催者、山火事取材中に自警団に銃を向けられたフリーランス記者、Qアノンのデモ参加者、トランプ派の知事候補の集会でトランプグッズを売る男、ガン・ショップ経営者などなど・・。
○『非科学主義信仰』は著者の造語のようだが、よくできでいると思う。ヒトを「科学主義者」と「非科学主義」の両極端に分けてレッテルを貼るのが適切かどうかの問題はあり、多くのヒトとは科学主義非科学主義ののスペクトラム上に存在すると思うが、著者はおそらくそんなことはよくおわかりで、非科学主義の信念と活動が強固な人々について「非科学主義信仰」のレッテルをはっているのかと思う。その意味では、この言葉はわかりやすい。


アメリカの分断は世界の不安定要素


アメリカに陰謀論、創造論ほかに支持者が多いのに時に驚く。それらに関するNHK記者による渾身のルポ。ただし難しい。
 

 


なぜ銃規制が一向に進まないのか…アメリカに蔓延する「乱射事件の原因は銃ではない」というフシギな理屈
2023年2月17日 13時15分 

プレジデントオンライン

アメリカで銃規制が一向に進まないのはなぜなのか。NHK記者の及川順さんは「アメリカには非科学主義信仰が蔓延している。銃乱射事件を起こした犯人について、現地の州知事が『悪が宿った』と宗教的に表現してしまうほどだ」という――。

※本稿は、及川順『非科学主義信仰』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

■小学校での銃乱射事件

およそ9カ月後、筆者は再び銃をめぐる問題に向き合うことになった。

2022年5月24日、筆者はテキサス州のフリーウェイを州都オースティンからダラスに向け車で北上していた。CRT(批判的人種理論)をめぐる動きを取材するためだ。オースティンからダラスまでは車で3時間ほどだ。

ダラスまであと1時間ほどという地点で、ニューヨークの同僚からショートメールが来た。
「州南部サンアントニオ近郊の小学校で乱射事件。詳細は不明。とにかく現場に」という内容だ。
ただ、ここからサンアントニオまでは車で3時間以上かかる。
また、せっかくつかんだダラスでのCRT反対議員取材のチャンスも失いたくない。

少し状況を見ようと思ったところで、次の連絡が来た。

「子ども10人以上死亡との情報あり」という信じられない内容だった。

10日前にはニューヨーク州バッファローのスーパーマーケットでヘイトクライムと見られる10人が犠牲になる乱射事件が起き、その翌日にはカリフォルニア州の教会でも乱射事件が発生した。

こうした中での新たな事件の発生。犠牲者は小学生。

「負の連鎖反応」が起きていると感じた。2019年のエルパソの悪夢がよみがえってきた。これは行くしかないと判断した。

■児童19人が犠牲になり、容疑者は現場で射殺された

そのままダラスまで車を1時間走らせて飛行機でサンアントニオまで飛ぶことも考えたが、しばらくはフライトがない。小学校のあるユバルディという町は、サンアントニオから車で1時間半の距離。

つまり、筆者たちがいた地点からは車で約5時間だ。飛行機に乗るよりも早く着けそうだ。

取材班は、筆者、カメラマン、フリーランスのプロデューサーの3人。3人が交代でハンドルを握れば1人あたりの運転時間は2時間以内。安全管理上も問題ない。これまで北上してきたフリーウェイを下りて、南行きのフリーウェイに乗り、来た道を戻ることになった。

5時間のドライブの間に事件の状況もつかめてきた。死亡したのは小学校の児童19人を含む21人。

容疑者の男は、祖母を銃で撃ったあと、小学校に車で押しかけ2年生から4年生までの児童を標的に銃を乱射した。男は学校に突入した警察官にその場で射殺された。

容疑者は地元の高校に通っていた18歳の男だった。男は、テキサス州で銃の購入が可能な18歳の誕生日を迎えてすぐにライフルを購入したという報道も出始めていた。

■テレビカメラの数が物語る事件の衝撃の大きさ

現場となったユバルディのロブ小学校に着いたのは午後9時前。小学校の前には規制線が張られ、大型トラックのような大きさの警察車両が何台もとまっていた。付近の道路は一般車両の通行が規制され、小学校の前の幅5メートルほどの道路には、到着したばかりの報道陣のカメラが並んでいた。

夏時間のテキサス州と日本の時差は14時間、つまり現地の午後9時は日本では翌日の午前11時だ。正午のニュースまで1時間ある。最低限の映像を撮影して東京に伝送し、その上で、現場から中継を行う方針を東京にいるニュースデスクに伝えた。

ユバルディはメキシコとの国境に近い人口およそ1万5000人の小さな町だ。通信インフラは脆弱(ぜいじゃく)なようだ。さらに大勢のメディア関係者が集結して、同じタイミングで通信を始めたためだろうか、通信速度は落ちていくばかりだ。スマートフォンで撮影した20秒の映像を送るのに5分かかった。

通信用の機材は何種類か持っていたので、より速く使えるものがないかを試した。その間に東京からは、現場の状況、中継で話す内容、中継の持ち時間など、確認の電話がひっきりなしにかかってきた。

電波の状況は大きくは改善しなかったが、何とか正午のニュースの中継を出し、仮眠のためホテルに戻った。次に現場に戻ったのは翌日の午前6時頃。この8時間の間に現場のメディアの数は大きく膨れ上がっていた。

アメリカのネットワーク各社は、3メートル四方ほどの大きなテントを道路上に組み、その中にテレビカメラやモニターなどを入れていた。天井にアンテナを備えたトラックサイズの中継車を持ち込んでいた社もあった。前日の夜には10台あまりだったテレビカメラの数は、事件から一夜が明けると50台ほどに達していた。この台数が、今回の乱射事件がアメリカ社会に与えた衝撃の大きさを象徴していた。

■海外メディアによる報道も

アメリカのメディアは、10年前の2012年に26人が犠牲になった東部コネチカット州のサンディフック小学校の乱射事件以来の深刻な事態だと伝え、昼夜を問わず現地から放送し続けた。

いや、衝撃はアメリカに留まらなかった。筆者の隣では小さなカメラを使いながら、記者がドイツ語でリポートしていたし、フランス語でリポートしている記者もいた。

事件から一夜が明けたこの日は、日本の夜のニュースへの中継出演を終えたあと、犠牲となった小学生の家族に接触することを試みた。しかし、ユバルディの市当局は公共施設にカウンセラーを配置し、犠牲者の家族や地域住民の心のケアに当たる態勢を整えており、メディアは敷地内には入らないように指示された。

そのため、遠目で家族と思われる人々の出入りの様子を見ただけで、結局接触はできなかった。

■銃規制反対派の州知事は何を語るか

ただ、警備担当者が有益な情報をくれた。午後零時半からテキサス州のグレッグ・アボット知事、トランプ前大統領と共和党の大統領候補の座を争ったこともある州選出のテッド・クルーズ上院議員らの記者会見が地元の高校で行われるという。場所取りは早い者勝ちだから早めに行った方がよいとのことだった。

アボット知事、クルーズ上院議員は共和党の中でも右派色が強く、銃規制反対の旗振り役の一人だ。彼らは、2日後の27日からテキサス州ヒューストンで始まるNRA(全米ライフル協会)の年次総会にトランプ前大統領とともに出席する予定であることが明らかになっていた。今回の深刻な事態を受けて、共和党の大物たちが方針転換を表明するのか、それとも従来の立場を堅持するのか、全米注目の会見になることは必至だ。

高校に到着するとさすがに一番乗りではなかったが、警備担当者の助言通り、早めに到着したおかげで、1列目の記者席が確保できた。記者会見場は高校の講堂だ。日本の学校の体育館のように1メートル30センチほどの高さの舞台があり、そこに机と椅子が5脚ほど並べられている。椅子の前に置かれた大きな机には、正面にテキサス州知事と書かれた黒い色の布がかけられている。

記者会見は定刻に始まり、登壇者が入場してきた。アボット知事は真正面に着席し、その右後ろにクルーズ上院議員が立った。記者席から見て、アボット知事の左側は、知事の腹心のダン・パトリック副知事だ。

■開始1分で「悪」「神」といった言葉を連発

会見はアボット知事の冒頭発言から始まったが、最初の1分だけでも、evil(悪)、god(神)、blessing(神からの賜りもの)と、キリスト教にまつわる言葉の連発だった。

「悪がユバルディの町を襲った。祖母を撃った人物の心には悪が宿り、子どもたちを銃撃した人物にはさらなる悪が宿っていた。学校を襲撃し、子どもたちを殺した人間がこの州にいることは耐えがたく、受け入れがたい。子どもたちは神からの賜りものだ。子どもたちには笑い、潔白、喜びが満ちていると神は我々に教えて下さっている」

冒頭発言には、追悼の言葉、容疑者が銃を入手した経緯、容疑者が学校に向かう直前にソーシャル・メディアで犯行予告を行っていたことなどが含まれていたが、銃規制についての言及は一切なかった。予想通りではあったが、愕然とした。

■「あなたは何もしていない」

そんなことを考えていた冒頭発言の終了時、記者会見場が騒然となった。水色のワイシャツ姿の男性が記者席と知事らがいる舞台の間に突然現れ、アボット知事に向かって叫び始めたのだ。

「私はアボット知事に言いたいことがある。次の事件が起きないようにすべき時はまさに今だ。しかし、あなたは何もしていない」

突然の出来事に筆者はスマートフォンでひとまず動画撮影を始めた。ほかの記者たちも一斉に立ち上がって撮影を始めたので、筆者もその群れの中に入った。舞台の上にいた知事の側近たちからは「早く出て行け」という怒号が飛び交った。男性はすぐに講堂の出口に向かい、建物の外で記者団の取材に応じた。

男性の名前はベト・オルーク。1972年生まれの民主党若手のホープで、爽やかな弁舌から「オバマの再来」とも呼ばれる全国的に知名度の高い政治家だ。壇上のクルーズ氏とは、共和党地盤のテキサス州で上院議員の座をめぐって接戦を演じたこともある。そして2022年11月のテキサス州知事選挙ではアボット知事と争うことになる。メキシコとの国境の町エルパソが地元だ。エルパソでは2019年、先述の23人が亡くなる乱射事件が起きた。そのこともあり、オルーク氏の銃規制強化に対する思いは強いようだ。

■会見の締めくくりも「神発言」ばかり

オルーク氏が高校の講堂を後にする時には、講堂の後方にいたオルーク氏の支持者と思われる男性が壇上に向かって、「ベトに発言をさせないのは憲法修正第1条違反だ。アメリカの恥だ」と叫んでいた。アメリカ合衆国憲法の修正第1条は、言論の自由などを定めたものだ。銃規制強化という反対意見に耳を貸さないアボット知事を批判した発言だった。

オルーク氏が記者会見場に入ってきてから退出するまで、わずか3分程度の出来事だったが、2022年11月の中間選挙では、テキサス州知事の座をめぐる銃規制論争が全米の注目を集めることを確信した。

■「銃規制よりもメンタルヘルス」

記者会見は再開され、アボット知事側近のパトリック副知事が冒頭発言を行った。彼も遺族へのお悔やみ、州民への団結の呼びかけに続いて、「地域社会を一つにするのは神です。地域社会を癒やして下さるのは神です。ずたずたになった心を癒やして下さるのは神です。私たちに知恵を与えて下さい」と、宗教的な言葉で発言をしめくくった。

一連の登壇者の冒頭発言が終わった。アボット知事が「ここからは質問を受けます」と発言し、記者との質疑応答が始まった。最初の質問は当然、銃規制強化の必要性について見解を問うものだった。これに対してアボット知事はこう答えた。

「テキサス州では、18歳から銃を購入できるようになってから60年以上が経ったが、60年間、今回のような出来事は起きなかった」

銃が容易に購入できるテキサス州の制度に問題はないという認識を示したのだ。さらにアボット知事の説明は続く。

「今後、州として強化すべきなのはメンタルヘルスへの対応だ。銃で人を撃つ人間はメンタルヘルスの問題を抱えているからだ」

■州知事ですら医科学と宗教的思想を混同している

再発防止に必要なのは、事件を起こす可能性がある人物のメンタルヘルス対策であり、銃規制強化は必要ないというのが知事の考えなのだ。