竹内結子さん死去 40歳 ドラマ「ストロベリーナイト」、朝ドラ「あすか」 映画、舞台でも活躍

2020年09月27日 11時49分06秒 | 事件・事故

9/27(日) 8:30配信

スポニチアネックス

女優の竹内結子さんが死去したことが27日、分かった。40歳。都内の自宅で遺体で見つかった。自殺の可能性もあることから、警視庁が慎重に調べている。

【写真】19年に竹内さんと結婚した俳優の中林大樹

 所属事務所は「詳細は分からない。確認中です」としている。

 竹内さんは2005年に歌舞伎俳優の中村獅童(48)と結婚。同年に長男を出産するも08年に離婚した。その後、昨年2月に俳優の中林大樹(35)と再婚。今年1月下旬に都内の病院で第2子男児を出産した。

 1980年(昭和55年)4月1日、埼玉県生まれ。中学卒業後に東京・原宿でスカウトされ芸能界へ。96年、フジテレビ系「新・木曜の怪談Cyborg」での女子高生役でドラマデビューした。99年にはNHK連続テレビ小説「あすか」でヒロインに抜てきされ、01年のTBS系「白い影」の看護師役でも人気を博した。

 02年にフジテレビ系「ランチの女王」では「月9」に初主演。03年に映画「黄泉がえり」、05年映画「いま、会いにゆきます」などで日本アカデミー賞優秀主演女優賞を3年連続で受賞した。10年にはスペシャルドラマ「ストロベリーナイト」初の刑事役に挑戦。CMなどでも人気で、食品や医薬品、化粧品の分野で数多く出演した。

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妻も子も社員も不明のまま 捜索打ち切り、苦悩の申し出

2020年09月27日 04時31分41秒 | 事件・事故

9/26(土) 16:11配信

朝日新聞デジタル

土砂崩れ現場の下流を捜索する人たち=2020年9月、宮崎県椎葉村

 台風10号に伴う宮崎県椎葉村の土砂崩れで、建設会社「相生(あいおい)組」の行方不明者3人の捜索が25日、打ち切られた。土砂崩れに巻き込まれながらも自力で脱出した相生秀樹社長も最後の「一斉捜索」に参加。朝日新聞社の取材に応じ、苦しい胸の内を明かした。

【写真】行方不明者の発見を願い、捜索現場で手を合わせる相生組の相生秀樹社長=2020年9月、宮崎県椎葉村

 相生社長は土砂崩れで胸の骨を折るけがを負い、今も村内の病院に入院中。この日は病院から外出許可を取り、朝から夕方まで土砂崩れ現場や行方不明者の捜索場所を見て回った。「どうしても来ならん(来ないといけない)と思ってですね……」。前日の雨で、勢いと水量が増した眼下の十根川を眺めながら、つぶやいた。

 入院中の外出は24日に続いて2回目。24日は、17日に遺体で発見されたベトナム人技能実習生のグエン・ヒュー・トアンさん(22)の葬儀に参列するためだった。「火葬があったからね、なんとか立ち会って……」と声を絞り出した。

 相生社長は上の道路から川で重機を操る従業員らに捜索場所について細やかな指示を出していった。「ずっと『一刻も早く現地に行きたい』『捜索に加わりたい』という気持ちだった。どうしても見つけらんと(見つけてやらないと)」

 捜索の打ち切りは、相生社長から村に申し出た。「多くの協力には感謝の気持ちでいっぱいだが、捜索するみなさんの生活がかかっているし、どっかで区切りつけないと……」。今後は「自分たち(相生組)で捜していく」と話した。

 椎葉晃充村長は「3人が見つかっていない状態での捜索打ち切りは、断腸の思いだが、現状の活動継続は非常に厳しい」と述べた。

 土砂崩れは6日夜に発生。建設会社の事務所、社長宅、倉庫の計3棟が土砂に押し流され、4人が行方不明になった。相生社長の妻で60代の勝子さん、長男で30代の泰孝さん、ベトナム人技能実習生で20代のチャン・コン・ロンさんが今も不明のまま。ベトナム人技能実習生のグエン・ヒュー・トアンさんは現場から約3キロ下流で堆積(たいせき)した土砂の中から遺体で発見された。(浜田綾)

朝日新聞社

 

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放置車両から監禁女性 5日間連れ回し事故か

2020年09月27日 04時31分41秒 | 事件・事故

9/25(金) 18:51配信

放置された車の中から監禁されていた女性が見つかりました。

 松野栄容疑者(52)は1日、栃木県内で元交際相手の女性(41)の首に鎌を突き付けて車に無理やり乗せ、監禁した疑いが持たれています。警察によりますと、松野容疑者は5日間、栃木県内や群馬県内で女性を連れ回していました。取り調べに対して容疑を一部、否認しています。松野容疑者は5日に群馬県みどり市で女性を監禁していた車で衝突事故を起こし、車を放置して逃げた疑いなどですでに逮捕されています。

テレビ朝日

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レントゲン車で暴行 事件後逃げず「2人の時間が」

2020年09月27日 04時26分03秒 | 事件・事故

止まっていたレントゲン車の中で勝手に寝泊まりしていた男女2人

9/25(金) 18:26配信

All Nippon NewsNetwork(ANN)
 

止まっていたレントゲン車の中で勝手に寝泊まりしていた男女2人。放射線技師の男性にとがめられると、暴行を加えて重傷を負わせました。

 モスグリーンの車。大型でキャンピングカーにも見えますが、レントゲン車です。2人はここで「勝手に寝泊まり」をし、事件をひき起こしたとされます。傷害の疑いで逮捕されたのは自称・自営業で42歳の平野康徳容疑者と27歳で無職の菱田真理子容疑者。オンラインゲームで知り合ったという2人。インターネットカフェで寝泊まりをして所持金はなかったといいます。
 そんななか、目を付けたのが神奈川県逗子市にある医療施設。
 平野容疑者ら(警察での供述):「レントゲン車の車内で2日間、寝泊まりしていた」
 しかし、「寝泊まり」だけでは済みませんでした。異変に気付いたのは医療施設の職員たち。24日午後4時ごろ、レントゲン車の外側にサンダルの片側が落ちているのを発見。さらに、車内で男性が倒れているのを見つけたのです。男性は58歳の放射線技師。近くには平野容疑者らもいました。2人で男性を殴り、蹴るなどして重傷を負わせたとされます。その理由については…。
 平野容疑者ら(警察での供述):「男性に見つかり『何をしているんだ』ととがめられたので殴った」
 レントゲン車は駐車場の一番奥に止められていました。関係者によりますと、鍵が掛かっていたかは不明です。ただ…。
 関係者:「電気は使えない状態でした」
 それでも、この2日間は涼しく、過ごしやすかったのかもしれません。車は17日以降、使われておらず、男性は「きょう使うため」の「準備」で近付いたとみられます。
 そんななか起きた事件。平野容疑者らは男性を殴った後、すぐに逃げようとはしませんでした。その理由についてはこう供述。
 平野容疑者ら(警察での供述):「2人の時間がほしかった」
 警察はレントゲン車で寝泊まりしていた理由などを調べています。

テレビ朝日

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無罪判決の母親「逮捕から3年以上、時間返して」長男虐待疑われる…乳幼児ゆさぶり巡り『無罪』相次ぐ背景

2020年09月27日 04時16分43秒 | 事件・事故

9/26(土) 21:55配信
ニュースOne

 4年前、岐阜県大垣市で当時生後3カ月の長男を激しく揺さぶり、脳などに重い後遺症を負わせたとして傷害の罪に問われていた母親に対し、岐阜地裁は25日無罪を言い渡しました。

過酷な“多胎育児”の実情…三つ子育児の母親が0歳次男暴行死で“実刑”に 支援の方法は

 実はこうした乳幼児のゆさぶりを巡る裁判では、全国で無罪の判決が相次いでいます。その背景には何があるのでしょうか。

<裁判長>
「主文。被告人は無罪」


その瞬間、母親はうつむき涙ぐみながら何度も目を抑えていました。

 生後3カ月の長男への虐待を疑われた母親に無罪判決…。

<裁判長>
「これから家族との時間を大切に過ごしてください」

<浅野被告>
「ありがとうございます」

 母親と長男との間に一体、何があったのでしょうか。

 2016年5月24日。この日を境に親子の暮らしは一変しました。

 起訴状によりますと、大垣市の浅野明音被告(27)は自宅アパートで、当時生後3か月の長男の体を激しく揺さぶる暴行を加え、脳などに重い後遺症を負わせたとされていました。

 問われたのは傷害罪。

検察側は「身体を激しく揺さぶるなどの方法により、頭部に衝撃を与える暴行を加えた」と指摘し、懲役5年を求刑。

 一方、弁護側は「授乳クッションを枕に、ソファで寝ていた長男が床に落下した事故」と反論。浅野被告も起訴内容を否認しました。

双方の主張が真っ向から対立した裁判で、検察側はある根拠をもとに「揺さぶり虐待」と主張していました。それは「乳幼児揺さぶられ症候群=SBS」理論です。

硬膜とくも膜の間に出血する硬膜下血腫、網膜出血、そして脳が腫れる脳浮腫。この3徴候があった場合、揺さぶられ症候群である可能性が極めて高いと診断する考え方です。

 厚生労働省は2013年に改定した虐待対応の手引に、経緯がわからない硬膜下血腫は「SBSを第一に考えなければならない」と記載。

検察官の児童虐待捜査のマニュアルにも「診断の際はSBSの3徴候を確認する」と記してあります。

要するに明らかな原因が見当たらない場合、3つの症状あれば虐待とみなされるケースがあるのです。ただ、ここ数年その理論が揺らぎつつありSBSを巡っては無罪判決も相次いでいます。

今回の裁判でも長男に3つの症状が確認されたため、検察側は「暴力的な揺さぶりが原因」と結論付けましたが、母親の「動機は明らかでない」などと裁判でその背景についての立証はほとんどありませんでした。

 迎えた25日の判決。岐阜地裁の出口博章裁判長は…。

<裁判長>
「被告の暴行によるものではなくソファからの落下の可能性が否定できない。長男の障害がゆさぶりで生じたとするのは合理的な疑いが残る」

として、無罪を言い渡しました。そして、最後に裁判長はこう語りかけました。

<裁判長>
「今日までの4年間不安で大変な苦労があったと思います。これから家族との時間を大切に過ごしてください」

<浅野被告>
「ありがとうございます」

秋田弁護士(判決後の会見):
「3徴候があれば交通事故か3メートル以上の高位落下がない限り、SBS=揺さぶりと判断していいんだというとんでもないアルゴリズムがある訳ですけれども、これを根底から覆すものなんだときっちりと認識していただかないといけないですし、SBS仮説に重大な疑問を投げかけたという位置づけになると思います」


母親・浅野明音さんは無罪判決を受け、次のようにコメントしています。

<浅野さんのコメント>
「無罪を勝ち取れてもすぐに元の生活が戻るわけではありません。私が逮捕されてから判決までの期間は3年以上でした。本当なら警察や検察、協力した医師たちにその時間を返して欲しいです。

正しい判断を司法に携わる方にはして欲しいです。全く身に覚えのないことをでっちあげられ押し付けられ身勝手に犯罪者に仕立て上げられ世に晒されて平穏な生活を理不尽に奪われるのです。

今後はいままでよりも堂々と息子に会いに行けることがたまらなくうれしいです」

東海テレビ放送

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3歳弟を踏みつけ死なせた24歳姉 語った「劣悪」な家庭環境

2020年09月27日 04時13分50秒 | 事件・事故

9/26(土) 20:00配信

産経新聞

大阪市で昨年4月、3歳の弟を踏みつけて死なせたとして、軽度の知的障害がある24歳の女が逮捕・起訴された。法廷で、弟に対する贖罪(しょくざい)の言葉を述べた女。一方で、同居していた両親には、強い怒りをあらわにした。「自宅より拘置所のほうがいい。両親には一生会いたくない」。かわいがっていた弟に手にかけた理由は何か。裁判では、事件の背景にある複雑な家庭環境が明かされた。

【図でみる】家庭環境と事件の構図

 ■「大好きだった。ごめん」

 「3歳の息子がぐったりしている、早く来て」

 昨年4月、大阪市平野区の住宅から母親の119番があった。救急隊に搬送された息子は、約1時間後に腹部の血管断裂により失血死。3日後、大阪府警に殺人容疑で逮捕されたのは、24歳の実姉だった。

 一家は、40代の両親と6人の子供の計8人で暮らす大家族。逮捕された女は長女にあたり、下に年齢の近い20代の弟と2~5歳の幼いきょうだいがいた。

 精神鑑定を経て大阪地検は傷害致死罪で女を起訴。今年9月からは、大阪地裁で裁判員裁判が始まった。

 法廷に立った女は事件当日、自宅風呂場の脱衣場であおむけになった弟の腹を踏んだことを認めた。その上でこう述べ、言葉を詰まらせた。「まさか死ぬとは思わなかった。大好きだったのにごめん、ごめんなさい」

 ■浮上した「もう一つの問題」

 ただ、家庭環境に話が及ぶと女は表情を一変させた。「母親は子供の世話を何もしないのに、(弟や妹を)『怒れ』とか『しばけ』とか言ってきた」「父親にはバットやヘルメットで殴られた」「働こうとしたけど『お前には無理や』と証明写真を撮るお金もくれなかった。障害年金もほとんど取られた」。せきを切ったように不満を吐き出した。

 弁護側は、女が数年前から両親に幼いきょうだいの世話や家事を押し付けられ、ストレスや怒りを募らせていたと主張。その結果、衝動的に弟の腹を踏むという行動に出てしまったのだと訴えた。

 実は女の逮捕後、この家ではもう一つの問題が発覚していた。

 女の事件で自宅の捜索に入った府警の捜査員が、内側からドアを開けられない部屋に、女と年が近く、知的障害のある20代の弟がいるのを発見。府警は昨年6月、弟を自宅の一室に閉じ込めたとする監禁容疑で両親を逮捕した。両親は当時、「(弟が)悪さをするので閉じ込めていた」と容疑を認める供述。地検はその後、両親を不起訴処分(起訴猶予)としている。

 発覚当時、弟は食事は与えられていたものの、室内には照明器具がなく、バケツで用を足していたとみられる。女は法廷でこう語った。「バケツは私がかえていた。(弟が)悪さをしたら、両親から『お前がちゃんと見ていないから』と怒られた」

 ■出口失い、行き詰まり…

 公判には、女の精神鑑定を実施した医師が証人として出廷。女については9~10歳くらいの発達年齢とした上で、行動を制御する能力や情緒的・社会的な面が未成熟だと説明し、「過酷で劣悪な家庭環境が影響した」とも述べた。

 また、知能や発達状態の成熟には、周囲にモデルとなる人・ものの存在が不可欠だが、女の場合は両親に命じられるまま幼いきょうだいの世話や家事に追われ、社会性や情緒面を学ぶ機会がなかった、と分析した。

 鬱積する両親への思い。家から出たいが、何をすればいいのか分からない現状。医師は出口を失い、行き詰まった女が八つ当たりのように事件を起こしたのだと指摘した。

 女は勾留された大阪拘置所について「他の人と話せて、誰にも縛られず自分のご飯も3食食べられる。ここの生活は100点」と声を弾ませた。生活を受け入れてくれるグループホームや、障害年金の管理を任せられる成年後見人も見つかった。裁判が終わった後も「両親には一生会いたくない」と言い放った。

 9月18日の判決公判。長瀬敬昭裁判長は、落ち度のない3歳の命が奪われた結果は重大と指弾する一方、父親の暴力や母親からの育児・家事の押し付けなど、被告を取り巻く状況は「劣悪」と述べた。障害の影響に加え、「家庭環境が過度の負担になっていた」とも認定。両親から離れ、福祉の支援が受けられる環境が整ったことも踏まえ、懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を選択した。

 「これまで通り、亡くなった弟に手を合わせることを忘れないでください」。裁判長の呼びかけに対し、女は小さな声で「はい」と答えた。

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「黒人さんが暴れてる」日大講師が人種差別、学生ら抗議

2020年09月27日 03時59分56秒 | 社会・文化・政治・経済

9/26(土) 18:00配信

朝日新聞デジタル

差別のないキャンパスを求めるボードを掲げて抗議の意思を示す学生たち=2020年9月23日午後、東京都世田谷区、鎌田悠撮影

 日本大学の男性非常勤講師がオンライン授業で人種差別発言を繰り返していたことが、同大の調査でわかった。日大は26日、声明で発言が不適切だったと認めて謝罪した。受講した学生らが解雇を求めていたが、男性講師が反省の弁を述べているなどとして、今後も授業を担当させるという。

【動画】ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動とは? 90秒で解説します

 声明などによると、男性講師は6月にあった文理学部の法学のオンライン講義で、ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動について、「黒人さんが暴れている」などと発言。特定の人種を指して「あちこちで暴動を起こしたり、略奪をどんどん繰り返している」「何かあれば略奪をしようとする」と述べた。

 BLMは、米国での白人警察官による制圧死事件をきっかけに、黒人の命が軽視されている現状と黒人へのあらゆる差別に抗議する運動。日大は声明で、秩序ある抗議をしている多数の人たちの存在を無視している点で誤りであり、人種対立を助長する差別発言だった、としている。

 このほか、5月の講義では新型コロナウイルス感染症を「武漢肺炎」と呼ぶなどして持論を展開。世界保健機関は特定の地域や人と結びつけるべきではないとしており、日大も一連の発言を「明らかに差別であり、先入観による偏った発言」と認定した。精神障害者や女性を差別する表現も使ったことも確認した。

 受講した学生の相談を受けた反差別学生団体が、ネット上で講義の音声を公開。9月初旬に始めた講師の解雇を求める署名活動には2800人超が賛同した。23日には学生側が紅野謙介学部長と面会し、学内での差別をなくすためのルールづくりなどを求めていた。

 日大は26日、朝日新聞の取材に「履修学生が多数いることにも配慮し、学部が授業内容を確認し、指導していくことで対応する」とメールで回答した。(鎌田悠)

朝日新聞社

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座間9人殺害事件 ある女性の捜査協力とその後  自殺する

2020年09月27日 03時59分56秒 | 医科・歯科・介護

9/26(土) 10:02配信

日本テレビ系(NNN)
「事件後、娘は亡くなっているんです。死にたいと・・・」

2017年、神奈川県座間市のアパートから切断された若い男女の遺体が次々と見つかった座間9人殺害事件。

実は事件解決の陰には男の逮捕に協力した1人の女性、A子さんの存在があった。しかし事件後、A子さんが自ら命を絶っていたことが日本テレビの取材でわかった。

女性は生前、何を語り、なぜこの世を去ったのか――

今月30日からの初公判を前に、A子さんの母親が初めて取材に応じた。

被害者の兄のSNSでの呼びかけ

白石隆浩被告

SNS上で自殺願望を打ち明けていた若者たちが、次々と行方不明になり、その後、変わり果てた姿で発見されたこの事件では、現場アパートの住人だった白石隆浩被告(当時27歳)が逮捕された。

白石被告は2017年8月からの約2か月間に、女子高校生3人を含む当時15歳から26歳までの男女9人を殺害し、遺体を解体。強盗・強制性交殺人や強盗殺人の罪などに問われている。

世間を震撼させた事件が発覚したきっかけは、9人目の被害者となった女性(23)の兄がSNS上で行ったある情報を求める呼びかけだった。

「とあるユーザーに妹がダイレクトメッセージで連絡しました」
「トントン拍子で話しは進みその4時間後には駅で合流してしまったみたいです」

この書き込みに返信したのが、当時30歳の女性A子さんだった。

「妹さんがやりとりしていた相手は、私が会った男と同じかもしれない」

白石被告とSNSでのやりとりのほか、実際に会って食事をしたこともあったA子さん。

当時は、白石被告の本名は知らず、わかっていたのはSNS上のアカウント名だけだったが、女性の兄と連絡をとりあい、警視庁にも情報提供をしたという。

「おびき出し作戦」で現場アパートを特定

「おびき出し作戦」が行われたJR町田駅

A子さんからの連絡を受け、警視庁はある作戦に動いた。白石被告をおびき出すため、A子さんにお願いして白石被告とJR町田駅での架空の待ち合わせの約束をしてもらったのだ。

「行けなくなりました」

約束通り町田駅にやって来たものの、A子さんから「ドタキャン」のメッセージを受け取った白石被告。

張り込んでいた捜査員はその後、改札方向に移動を始めた白石被告の尾行を開始。ついに前代未聞の凶行の舞台となった自宅アパートの特定に至ったのだ。

捜査員が室内に踏み込んだ際、行方不明になっていた女性の居場所を尋ねられた白石被告は、クーラーボックスを指さし、こう語ったという。

「この中です」

そこからは2人の切断された頭部が発見され、さらに他のクーラーボックスなどからも次々と別の被害者の頭部がーー

事件が発覚した瞬間だった。

「カレーライス」を食べる姿に違和感

白石被告はファミレスでカレーライスを食べて・・・

A子さんと白石被告との最初の接点も、事件の被害者と同様、SNSだった。

事件発覚の6日前、「死にたい」などと書き込んだA子さんに対し、白石被告が接触し、町田駅近くのファミレスで初めて会った。白石被告は、自らも自殺志願者だと語り、2時間ほど会話をした上で、A子さんを自宅に誘ったという。

しかし、A子さんはほかの被害者とは違い、自宅についていくことはなかった。

「A子さんはファミレスで白石被告にカレーライスをおごらされ、それを元気な様子で食べる姿に「何か違う」と違和感を覚えたようだ。本当に自分と同じ自殺志願者なのか?と」
(捜査関係者)

実際、A子さんの「違和感」は的中した。

白石被告は、逮捕後の取り調べで、被害者らに接触した際のSNSについて、「自殺願望があるかのように書き込んだが、自殺をする気はなく全部ウソだった」と供述。
動機については「現金を奪い、乱暴する目的で襲った」と話したという。

取材依頼への「返答」
今回、日本テレビは初公判を前に、事件を振り返り、今の思いを聞くためA子さんに手紙で取材を申し込んだ。後日、記者のもとに1本の電話がかかってきた。それはA子さんではなくA子さんの母親からだった。

「事件後、娘は亡くなっているんです。死にたいと・・・」

A子さんは事件後、程なくして自ら命を絶っていた。病気を患い苦しんでいたという。

A子さんは、白石被告に会った時の印象を母親に語っていた。

「娘は彼(白石被告)について『普通の人とは違って、ちょっと異質なものを感じた。とにかく暗い』と言っていました」
(A子さんの母親)

また、警視庁の「おびき出し作戦」に協力し白石被告が逮捕された時には、喜んだ様子だったという。

「『ここで止めなきゃいけない』『捕まって欲しい』と思って協力したみたいです。逮捕については、被害者の方はもちろん、彼(白石被告)本人にとっても良かったと、当時、2人で話しました」
(A子さんの母親)

しかし、A子さんは逮捕に協力した後、ほどなくして、自ら命を絶ったという。

「本人にしか死にたいと思う事情はわからないです。重さも感じ方も人による。最後は親でもわからないです。解決策はなかなか見つからないですね」
(A子さんの母親)

SNS「自殺願望」投稿 どう向き合うか
今回の事件の被害者の中にも、周囲には一切、自殺への思いを
打ち明けることなく、SNS上だけに、その願望を吐露していた人もいた。

生きづらさを抱える若い女性の支援を続ける「BONDプロジェクト」は、以前は電話相談が中心だったが、今は、SNS上での自殺志願の書き込みにアプローチし、相談に乗る取り組みに力を入れている。

代表の橘ジュンさんは「自殺願望の投稿をする人は、危険な目にあうかもしれないと思いながらも話を聞いてくれる人、共感してくれる人を探しているケースが多い。投稿をやめさせようとするのではなく、安心して相談できる場所を用意することが必要」と話す。

30日から東京地裁立川支部で始まる裁判員裁判。白石被告は自らの口で何を語るのだろうか。

当時、この捜査に携わった捜査関係者はこう振り返る。

「A子さんの協力がなかったら白石被告のおびき出し作戦は成立せず、事件発覚にも時間がかかっていただろう。そうなれば、さらに被害者が増えていたかもしれない。A子さんは事件解決の最大の功労者だ」

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午前10時~午後10時まで


■特定非営利活動法人
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・電話
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月・土曜日 18時~21時

・LINE相談
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新型コロナ・京都市の病院でクラスター発生

2020年09月27日 03時59分56秒 | 医科・歯科・介護

9/26(土) 21:14配信 関西テレビ

京都市の病院で新型コロナウイルスのクラスターが発生し、入院患者やスタッフなど9人の感染が確認されました。

京都府では26日、新たに11人の新型コロナウイルスへの感染が確認され、このうち8人は京都市下京区にある明石病院の入院患者およびこの病院で働く看護師と理学療法士だということです。

この病院ではすでに25日に入院患者1人の感染が確認されていて、関連する感染者は9人となりました。

入院患者はいずれも同じフロアに入院していて、京都市は病院内でクラスターが発生したとみています。

明石病院では当面の間、新しい入院患者の受け入れを停止するということです。

このほか、兵庫県で阪神タイガースの選手やスタッフを含む22人など、近畿と徳島県では105人の感染が確認されました。

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閉ざされた村で5人の女性を殺害…内臓をえぐり取った男の「本当の狙い」

2020年09月27日 03時55分00秒 | 事件・事故

9/26(土) 18:01配信

現代ビジネス

1968年に出版され、累計250万部以上を売り上げた『あゝ野麦峠―ある製糸工女哀史』(著:山本茂実)という作品がある。同作は、明治から大正時代にかけて、岐阜県の若い女性たちが野麦峠を超えて長野県の製糸工場へ働きに出る模様を忠実に描いたノンフィクションで、1979年には大竹しのぶ主演で映画化、後にはドラマ化もされている。

【写真】閲覧注意…『進撃の巨人』の元ネタになったとも言われる衝撃事件

 さて書籍版『あゝ野麦峠』の中盤に「天竜川の哀歌」というサブタイトルで、ある連続殺人鬼の名前が出てくる。それが本稿で紹介する「肝取り勝太郎」である。『あゝ野麦峠』ではあくまでサブエピソードとして、4ページほどの分量で「肝取り勝太郎」の話を取り上げているのみだが、もう少し深く掘り下げてみたい。

秋祭りの最中に消えた16歳の少女

〔PHOTO〕iStock

 今から100年以上前の1905(明治38)年。本事件の舞台は長野県上伊那郡辰野町の集落である。現在では、東京駅から特急で3時間ほど、「ほたるの里」「日本のど真ん中」のキャッチコピーで観光地としても注目されている辰野町だが、この当時は鉄道も通っていない非常に長閑な場所であった。

 その年の9月1日、辰野(当時の名称では朝日村)の神社で盛大な秋祭りが行われた。当時の村祭りといえば、地元の人にとっては大いに羽目を外せる年に1回か2回の一大イベントである。

 そのお祭りの最中、村の酒屋で働いている16歳の女性が行方不明になってしまった。

 お祭りの最中に消えたという事もあり、周囲では「男と駆け落ちしたのでは?」と囁かれたが、待てど暮らせど帰ってこない。そして行方をくらませてから9日後の9月10日、女性は朝日村と隣村の間にある田んぼの中で死体となって発見された。

 死体は鋭利な刃物で下腹部を切られ、腹からは内臓がドロリと飛び出ており、見るも無残な状態であった。

 当時、辰野では翌年の11月に開業を目指す国鉄(現:JR)中央本線辰野駅の施工工事が行われており、宿場には鉄道工員をはじめ多くの人間が出入りしていた。警察は村の住民、鉄道工事に勤しむ工員を中心に女性殺しの犯人を探したが、何の手がかりも掴めないまま2か月が経過した。そして第二の事件は11月3日に発生した。

開通日に消えた女性
 1905(明治38)年11月3日、この日は天長節(明治天皇の誕生日)および施工中である辰野駅の開通日が重なった記念すべき日であり、辰野駅前は多くの老若男女問わず人が詰めかけ大きな祭りとなった。特に当時は日露戦争の勝利で日本国民全員の士気が高まっており、「こんなにめでたい日はない」と朝から真夜中まで飲めや歌えのドンチャン騒ぎとなった。

 この祭りの最中、今度は30歳になる女性が行方をくらました。この女性は製糸工場で働いていた女性で、色白で肉付きのいい「村きっての美人」としても有名であった。30歳女性の死体は数km離れた天竜川近くの細道に遺棄されており、2か月前の事件と同様、腹から内臓が飛び出た状態で発見された。

 村の住民はお祭り騒ぎから一転。「若い女性を狙った連続殺人事件」が発生していることに気が付き、村人たちは思わず顔を青くしたという。

「悪魔の所業」
 最初の殺人から1年近くが経過した。

 開通工事を終えた辰野駅は1906年(昭和39年)6月に無事に開業。工員として働いていた男たちは辰野から去り、村人の間でも女性を狙った連続事件があったことは徐々に記憶から薄れつつあった。だが殺人鬼という悪魔は、再び辰野の村を恐怖に陥れた。

 1906(明治39)年8月、天竜川のほとりにある小屋で惨殺体が発見された。

 殺されたのは、この小屋の主人の妻(27歳)と、生後間もない長男(0歳)、家事を手伝っていた女性(17歳)の3人で、27歳の妻と17歳の女性の腹はまたも切り開かれた状態であった。

 この現場は前2件の殺人よりも陰惨さを増しており、長男の首は刃物で切断された挙句、母親である27歳の女性の腹の中に押し込めてあったのだという。「これが本当に血の通った人間のすることなのか……」まさに想像を絶する猟奇的な現場であった。

 この一家惨殺事件は瞬く間に辰野中に広まりパニック状態になった。

 「神の祟りだ」「今度はうちの家内や娘が狙われる」と恐れおののく住民もいれば、男衆の間では「夜道に女の生首が浮びニヤリとほほ笑んでいるのを見た」なる怪談話が囁かれるなど、村人たちの精神状態は日に日に疲弊していった。

 だが、痛ましい犠牲のなか、一連の事件を調査していた刑事たちは2つの結論にたどり着いた。

 第1の結論は既に辰野駅の工事が完了したころから「外部ではなく村人の仕業である可能性が高い」そして、第2の結論は「殺された女性は全員、腹を切られ内臓が抜き取られている」という事実であった。

 しばらくして刑事たちは、「人間の肝(肝臓)」が肺炎や結核などの難病の特効薬、または漢方薬の材料として熊の胃やヤモリの黒焼きなどと同じように高値で売買されていることを知り、犯人は快楽目的の殺人ではなく内臓を売買するために殺害しているのではないか、とする仮説を打ち立てた。

 しかし、手口や動機がわかったところで犯人逮捕に至る手がかりは得られず、辰野の町のパニックは収まらなかった。そして、恐ろしい「肝取り」が再び辰野の住民に牙を剥いたのは、5か月後の1907(明治40)年の1月のことであった。

「肝取り勝太郎」

〔PHOTO〕iStock

 1907年(明治39年)1月下旬、48歳の中年女性が行方不明になったことがわかった。

 彼女は正月を使い実家へ帰ろうとしたところ消息を絶ち、以来1か月近く見つかっていないのだという。長野山間部である辰野の冬は厳しい。雪山での人探しは一歩間違えたら探すほうも遭難してしまう可能性が高い。

 結果、48歳の女性が発見されたのは行方不明から2か月近くが経過した2月下旬のことであった。彼女は町から数km離れた採石場でミイラ化しており、彼女もまた肝が奇麗に抜き取られてたのは言うまでもない。これで一連の肝取り事件の犠牲者は16歳~48歳の5人の女性と乳飲み子の1人を合わせた6人となった。

 地元の住民は警察の捜査の遅れを非難し、その結果、上伊那郡の警察署長が更迭される事態にも発展そた。ついには「年齢問わず夜間での女性の外出を禁止する」という布令も出されることになった。

 ところが、本事件はあっけない最後を迎えることになる。

 同年8月13日夜11時ごろ、村の32歳の女性が夜道で後ろからやってきた謎の男に手拭いで首を絞められた。「このままでは殺される」と身の危険を感じた女性は隙を見て力いっぱい相手の睾丸を握り絞めた。男は「ギャ!」とのけぞり手拭いを放した。女性は一瞬、月明かりに照らされた男の顔を見逃さなかった。

 「あっ!  お前は水車小屋の勝太郎!」

 名前を叫ばれると、男はその場から逃げ出すように立ち去った。

 翌日、連続肝取り事件の犯人として、水車小屋を営む馬場勝太郎が警察に逮捕された。

 「肝取り勝太郎」こと「馬場勝太郎」は、明治11(1887)年生まれの30歳。元々この土地の生まれではなく10年ほど前に辰野へやってきて酒屋に勤めた後、独立して水車小屋の管理人へ転身。正直で働き者、妻も子供もいるという誰もが認める好青年であったのだ。

 そのため、「勝太郎が肝取りの犯人だった」というニュースは勝太郎をよく知る人ほど信じられなかったようだ。

 勝太郎が「肝取り」という恐ろしい商売に手を染めた理由は、ずばり金目的であり、彼は「大阪の商人」を名乗る50歳位の男性から「病気を治すため女の生肝が欲しい。どんな高値で買うので調達して欲しい」と依頼されたためだという。

 先述の通り、一部地域では人間の生き肝は結核や肺の病気を治すための薬として信じられていた。勝太郎は水車小屋の管理をしつつ長野を中心に薬の材料として女性の生き肝を集め、商人たちへ高値で売りさばいていたようだ。

 だが、勝太郎の証言には一貫性がなく「自分が殺したのは最後の48歳女性のみだ」「失敗した32歳は暴行目的であって殺害しようとしたわけではない」と証言したかと思えば、今度は「残った肝は水車小屋で天日干しにしていたらカラスに食べられてしまった」という辻褄の合わないことを口走っていた。

 結果、勝太郎の言う「大阪商人」は実在したかどうか最後まで怪しく「例え他人に強要されたとしても決して許すことのできない残虐な所業」とし、逮捕から約2年後の1908(明治41)年6月に東京監獄にて勝太郎の死刑が執行されることになる。以来、辰野の地では世にも恐ろしい「肝取り」の事件は発生していない。

 事件から115年余り。罪のない女性5人と乳飲み子1人の計6人を殺し生き胆を奪った明治時代の殺人鬼「肝取り勝太郎」。日本における臓器ビジネスが過去の歴史となった今、本事件を知る者は地元民でも限られているようだ。

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【参考文献】
・『長野県警察史 : 犯罪編』 (長野県警察本部)
・『あゝ野麦峠―ある製糸工女哀史』(朝日新聞社刊)
・『実録肝取り勝っつぁ』(鳥影社)
・『信濃毎日新聞』
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穂積 昭雪(ライター)

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孤独死の現場も異変…コロナで遅れる発見 特殊清掃業の女性、感じたぬくもり

2020年09月27日 03時42分12秒 | 社会・文化・政治・経済

9/26(土) 9:50配信

西日本新聞

特殊清掃業社長 江田梢さん(32)

依頼を受けた事業所で消毒作業する江田梢さん。現場では自分や従業員にも感染の危険があり一瞬たりとも気を抜けない(江田さん提供=写真の一部を加工しています)

 だだっ広い無人のオフィス。清掃用の布きれに消毒液を染み込ませ、丹念に拭く。机、パソコン、コピー機、ドアノブ。コの字拭きせず一方向に拭き、一拭きごとに清潔な面に変える。全身を包む防護服や防毒マスクの重装備はもう慣れたが、やはり息苦しく暑い。汗が絶えず噴き出し、水をかぶったように防護服の中をだらだらと流れ落ちる。

【写真】特殊清掃業「NICObit」の社長・江田梢さん

 大分市の特殊清掃業「NICObit」は女性ばかり10人の会社だ。2016年の設立以来、主に孤独死や火災などの現場の清掃、消毒、遺品整理を請け負う。新型コロナウイルス感染拡大後、患者が確認された事業所から消毒の依頼が舞い込むようになった。これまでに約40件。現場は大分県内はもちろん、福岡市など北部九州一帯に及ぶ。

 3月21日には同業仲間の要請を受けて神奈川県の横浜港へ飛び、集団感染が起きたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に従業員2人とともに乗り込んだ。全長290メートルの船内は防護服姿の作業員であふれていた。未知のウイルスに対しさまざまな情報が錯綜(さくそう)していた時期。正直、怖かったが、巨大な現場に奮い立った。元請けの米国企業に最新の消毒技術を学び、5日間、夢中で働いた。歩数計は連日2万歩を超えた。

呼ばれる現場の職種はさまざま
 呼ばれる現場の職種はさまざまだ。飲食店、工場、保育園、高齢者施設。「店にたくさんの客が出入りするから」と予防的な消毒の依頼も少なくない。

 一方で、多くの依頼者は「周囲に知られたくない」と配慮を求めてくる。消毒作業中、他のテナントの従業員たちに気づかれないよう人が通るたび壁際やトイレに隠れて何度もやり過ごした。ウイルスも恐ろしいが、差別も恐ろしい。

 現場を踏めば踏むほど、誰がいつ感染してもおかしくないと思う。感染者が身内から出た場合の影響の大きさも痛感する。自分たちも例外ではない。休憩のたびに防護服を新しく替え、靴裏まで消毒を欠かさない。従業員の感染者は今のところゼロ。今後も出すつもりはない。

孤独死の現場にも異変
 コロナ禍は孤独死の現場にも異変をもたらした。通常、死後1~2週間で遺体が見つかることが多いが、今年は1カ月以上経過した事例が増えた。

 7月、緊急事態宣言中の5月に亡くなったとみられる高齢男性の部屋の清掃を請け負った。男性は家族と音信不通だったわけではない。しばしば連絡を取り、通院も付き添っていた。だがコロナ禍がその関係を断った。「感染が怖いから1人で病院に行く」。それが最後の会話だったという。互いに家族を守りたい。その思いが裏目に出た。

    □   □

 男性中心の業界で、女性ばかりの異色の会社を立ち上げたきっかけは24歳の時、この業界に入って最初に臨んだ遺品整理の現場だ。

 40代で亡くなった男性の部屋。ちびた赤鉛筆を見つけ、依頼主の父親に渡した。途端、憔悴(しょうすい)しきった表情がパッと明るくなった。「競馬が好きでね」。とつとつと思い出を語り始めた。

 遺品には故人と残された人とをつなぎ、心の傷をいやす力がある。単なる後片付けではなく、依頼主の心の整理を手伝う。この仕事にこそ女性の視点や細やかさが求められている。そう確信した。

 「1人で好きなことばかりしてきた人だけど、四十九日に納骨するまで一緒ににぎやかに暮らしましょ」。死後1カ月余りして見つかった男性の遺族が、祭壇の遺骨に語りかけた。コロナ禍は人と社会とをつなぐ細い糸までも断ち切ってしまう。遺体の発見が遅れた現場を訪れるたび、そう思う。それでもなお、ぬくもりはある。これからも災厄の現場を見届ける。 (新西ましほ)

感染者が出たら、事業者はどうする?
 事業所で新型コロナウイルスの感染者が確認されたら、事業者はどうすべきか。各省庁がホームページなどで示している説明によると、まず保健所に報告し、従業員にも周知する。保健所は感染者の発症2日前から隔離開始までの行動に基づいて濃厚接触者を特定。該当者は14日間出勤停止して健康観察を行う。

 感染者は感染症法に基づき原則入院の措置が取られるため、事業者が休業手当を払う必要はなく、加入する健康保険から疾病手当金が支給される。濃厚接触者は発熱など症状がなければ休業手当の対象になる可能性がある。

 感染者の勤務区域や共用区域は手指がよく触れるところを中心に消毒が必要だ。ウイルスの飛散を防ぐため、消毒液は直接スプレーを吹きかけずにペーパータオルなどに浸して拭く。

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中国ワクチン接種者「翌日37.5度に筋肉痛…AIDS注意も」(2)

2020年09月27日 03時34分10秒 | 医科・歯科・介護

9/25(金) 10:39配信

中央日報日本語版

前職軍人出身である武漢所在大学の大学院生、朱傲冰さん(23)は3月19日、カンシノ社の第1相試験に志願した。[写真 本人提供]

19日、カンシノ社は中国内地人を対象に第3相試験志願者の募集公告を出した。志願資格は満18歳以上、武漢市に居住する元気な者で、エイズ(AIDS)陰性、体温37度以下、新型肺炎の陰性などの要件も含まれている。

実名でインタビューに応じた男性、朱傲冰さんは第1相試験の対象者108人のうち1人だ。武漢にある湖北工業大学院1年生で、前職職業軍人出身である彼はいかなる副作用もなかったと明らかにした。

--最初のワクチン臨床試験だったが、どのように志願したのか。

「3月武漢の新型肺炎ウイルス状況は依然として深刻だった。ウイルスを防ぐ最も速い方法はワクチンを開発することだ。ウィーチャットグループで志願者を募集するということを知り、私が一番先に申請した。当時、武漢の一線で奮闘している医療スタッフと科学研究陣が思い浮かんだ。除隊した軍人として私も寄与したいと思った」

--接種後副作用はなかったか。

「ワクチンを打った後、今まで体調はとても良い。熱や体調不良、風邪は全くなかった。免疫抗体が体にできたと聞いた」

現在、カンシノ社はロシアとパキスタンなど7カ国で4万人余りを対象に第3相試験を進行中だ。シノバック社はこの日、自主的に開発しているワクチンを外信に公開して広報に出た。まだ第3相試験が終わっていないシノファーム社は「35万人が開発ワクチンを打ったが、副作用を見せた人は一人もいない」とした。

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山口達也 支えてくれた松岡、兄夫婦、2人の息子への裏切り

2020年09月27日 03時34分10秒 | 事件・事故

9/25(金) 7:05配信

NEWS ポストセブン

酒気帯び運転の疑いで現行犯逮捕された山口達也(写真は2019年8月)

 TOKIOの元メンバー・山口達也容疑者(48才)が9月22日、酒気帯び運転の疑いで現行犯逮捕された。

【写真18枚】愛車ハーレーを運転する姿や夜道を歩く姿など山口達也の隠遁生活をキャッチ!

 9月22日──奇しくもその前日は、26年前にTOKIOのメンバーとしてCDデビューを果たした日だった。そんなタイミングで彼は再び過ちを犯してしまった。4連休最終日のことだった。9月22日午前9時半頃、山口が運転していたバイクが、東京・練馬区の交差点で信号待ちをしていた乗用車に追突した──。

 *
 山口は2018年4月、自身が司会を務めていたNHKの番組で知り合った女子高生を自宅に呼び出し、酒に酔った状態で強引にキスを迫るなどして強制わいせつ容疑で書類送検されている。この後、所属事務所が契約を解除し、TOKIOからも脱退した。

「彼はその5年ほど前から精神的に不安定な状態にあり、不安を打ち消そうとしてアルコールを頼り、トラブルを起こすこともあった。事件後は専門的な医療機関に入院し、本格的な治療を受け、退院後も定期的に通院していました」(芸能関係者)

  しかし、酒との縁は切れていなかった。山口は、酒気帯び運転で現行犯逮捕されてしまったのだ。

父親として精一杯のことをやっていた
 アルコール依存症は全国に100万人以上いるといわれている。

「アルコール依存症は、寛解に4~5年かかるといわれています。また、ひとりでの治療は困難です。周囲に支えてくれる人がいなければ、すぐに後戻りをしてしまいます」(医療関係者)

 山口には応援してくれる人たちがいた。人目を避けての日常生活を支えてくれていたのは近所に住む兄夫婦だ。山口本人も感謝の言葉を口にしていた。

「兄夫婦には生活のサポートをしてもらっています。兄がいなければ、いまこうしてお話ができるまで回復していたかどうか……本当に感謝しています」

 TOKIOのメンバーも、常に山口を気にかけていた。今年7月、TOKIOは長瀬智也(41才)が来年3月末で所属事務所を退所すること、残った3人でTOKIOを会社化することを表明している。そのとき、本誌・女性セブンの取材を受けた国分太一(46才)と城島茂(49才)は、「山口とはずっとつながっている。5人の絆は変わらない」と明かしていたが、誰よりも早く真っ先に「山口」と口にしたのは松岡昌宏(43才)だった。

「ぼくは昨日、山口に(会社設立を)報告しました。30分も話しています。彼も応援したいと言ってくれたし、彼も彼なりに一生懸命頑張っていると言っていました」

 2018年の事件後、「(山口の)甘えの根源がぼくらTOKIOだとしたら、そんなTOKIOなら一日も早くなくした方がいいと思います」などと、メンバーの中で最も厳しい言葉を口にしていた松岡の本心は、山口にも届いていた。

 実兄にTOKIO。そして、もう1つの支えとなっていたのが2人の息子だ。山口は2008年に5才年下の元モデルと結婚し、2人の男児をもうけていた。しかし2016年に離婚。子供は前妻と共に海外で暮らすようになった。それでも、事件後も頻繁に連絡を取り合っていた。

昨年8月、本誌・女性セブンの記者が山口を直撃した際、「息子たちとは電話で他愛ない話をしています。定期的に連絡は取っています」と言う山口に「会いたいですか?」と記者が尋ねると、一瞬、言葉に詰まった。

「会える時間があればうれしいですけど、いますぐとは考えていません。彼らの母親が私のやったことをちゃんと説明してくれていて、子供たちも自分の父親が何をやったかをよく理解しています。私と違って頭がいいんです。2人とも自慢の息子なんです」

 その息子たちに山口は連絡を取るだけでなく、洋服などのプレゼントを贈っていた。「贅沢な暮らしをしないから大丈夫ですけど、お金はありませんよ」と苦笑いしていた彼は、苦しい生活の中でやりくりし、父親として精一杯のことをやっていたのだ。彼にとって息子たちの存在が生活の支えでもあった。

 山口は、こんな願いも語っていた。

「いつの日か、もう一度人前に出たいんです。やっぱり人に何かを訴えかける仕事がしたいんです」

 多くの人に支えられ、その日までの道のりを確かに歩んでいるように見えていた山口。支援の手を自ら離すようなこの躓きから、どのように立ち直るのだろうか。

※女性セブン2020年10月8日号

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山口達也の急転否認は〝別人格〟の仕業か 周囲も驚く豹変ぶりとは…

2020年09月27日 03時29分44秒 | 事件・事故

9/26(土) 5:15配信

東スポWeb

山口(顔写真)の自宅にはこの日も大勢の報道陣が集まった

 酒気帯び運転で逮捕され、24日に釈放されたTOKIOの山口達也元メンバー(48)に、衝撃証言が飛び出した。釈放後、警視庁が家宅捜索する異例の展開。山口が供述内容を翻したためと言われているが、そのウラには〝別人格〟の存在があった――。

【写真】山口達也がへたりこんでいた事故現場

 24日未明に行われた家宅捜索では1・8リットルの麦焼酎の紙パックやコップを押収。警視庁は山口が大量の焼酎を飲み、運転したとみて裏付け捜査を続けている。

 もっとも警察がここまで強硬に捜査するのにはワケがある。当初、山口は調べに「酒が残っているという自覚があった」と容疑を認めていたが、24日の検察の取り調べで「酒が残っているとは思わなかった」と翻意。呼気から基準値(呼気1リットルあたり0・15ミリグラム)を大幅に超える約0・75ミリグラムのアルコールが検出されているだけに、ネット上では「往生際が悪い」「しっかり反省して」と批判も飛んだ。

 なぜ山口は一転して否認に転じたのか? 単純に記憶があいまいだった可能性や、自分を少しでも良く見せて芸能界復帰への道を残したかったのではないかとする説は本紙昨報通り。
 
 加えて、山口には〝別人格〟が存在するという。山口と仕事で交流のあった音楽関係者が証言する。

「番組など仕事の打ち合わせでも、スタッフの提案に手を震わせてうなずくだけだったのに、次に会った時は『こうしたらいいんじゃない!』などと、ドンドン意見してきたことがあった。その際、前回のことを全然覚えていないんですよ。別人格じゃないかと思うくらい。彼のそういった側面をよく知らない人は『同じ人?』と気持ち悪がっていた」

 つまり逮捕された時の人格と、検察の取り調べの時の人格が別モノだった可能性があるのだ。

「山口は精神的な持病を抱えていると言います。日によって感情の浮き沈みが激しく、思考回路も違う。そして覚えていない。どちらにせよ、専門の病院でじっくりと治療した方がいいですね」とはワイドショー関係者。

 山口は2018年4月に女子高生への強制わいせつ容疑で書類送検され、ジャニーズ事務所を〝クビ〟になった。しばらくは失意のドン底で、まともに起き上がることもできなかったという。

 前出の音楽関係者は「急に手が震えだして、バイクの運転ができなくなり、周囲から注意されたこともあったそうだ。今回の事故原因も本人は酒ではなく、メンタル面の問題による運転ミスと思い込んでいる可能性もある」と話す。

 現在、無職で孤独な山口は、自宅で焼酎2~3杯を飲んで寝る生活を繰り返していたことを明かしており、酒が唯一の楽しみだったという。
 
 更生のためには山口を孤独から解放し、サポートする人が絶対に必要。犯した過ちは取り返しがつかないが、まずは心身のケアに努めるのが先決だ。

東京スポーツ

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半沢最終回 まずは黒崎から激おこ説教「ダメダメのダメ沢直樹ねっ!」箕部捕り逃がし

2020年09月27日 03時27分35秒 | 社会・文化・政治・経済

9/26(土) 21:13配信

デイリースポーツ

27日にTBSドラマ「半沢直樹」が最終回を迎えるのを前に、26日の同局「王様のブランチ」で、半沢最終回の本編シーンの一部が公開された。

【写真】また半沢を助太刀!黒崎が指さす先は…?

 その中で、おネエキャラのエリート官僚・黒崎駿一(片岡愛之助)は半沢直樹(堺雅人)を国税庁の部屋でお説教。半沢を立たせて「あれだけ協力してあげたのに、箕部にしてやられたわけ!?」とお怒りで、「はんっ!ダメダメのダメ沢直樹ねっ!」と叱りつけている。

 前回第9話で黒崎は半沢の依頼を受けて助太刀に現れ、箕部幹事長(柄本明)の不正な錬金術につながる隠し口座を突き止めるなど大活躍。半沢に後を託したが、半沢は決定的な証拠書類を手にすることができず、先回りした中野渡頭取(北大路欣也)と大和田取締役(香川照之)が箕部に返してしまった。

 最終回は、半沢の「1000倍返し」に注目が集まるが、まずは黒崎に説教を浴びるところからはじまるもようだ。

 箕部の秘書・笠松を演じている児嶋一哉は「王様のブランチ」に出演し、最後はどうなるのかと聞かれ「言えるか!」。「楽屋にTBSの大人がいっぱい来て、絶対言うなよ、余計なこと言うなよって言われてるんだ」と羽交い締め状態だと苦笑していた。

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