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アメリカで生まれた回想法
回想法とは、長寿科学振興財団によると「自分の過去のことを話すことで精神を安定させ、認知機能の改善も期待できる心理療法のこと」と定義されています。
もともと回想法は、1960年代にアメリカの精神科医であるロバート・バトラーによって開発された手法です。
介護施設などで専門家の指導を受けながらグループ単位で行われることが多いのですが、個人で行うことも可能です。
現在は、日本でも認知症の非薬物療法のひとつとして位置づけられ、治療に利用されることが増えています。
ご家庭で個人的に実施するにあたって、特別なものは必要ありません。
本人が若い頃に使っていた物や写真などを用意して、その思い出話に耳を傾ける・・・。
それだけで、十分脳に刺激を与えることができるのです。
回想法は高齢者のうつ病の治療法として導入が進められていたのですが、後に認知症の治療に対しても実施されるようになりました。
さらに近年では、認知症の「治療」だけでなく「予防法」としても注目を集めつつあり、病院・施設だけでなく自治体の介護予防事業など「地域」の取り組みにおいても活用されています。
「昔のことはよく覚えている」という認知症の特性を活かす
回想法の特色は、思い出のものや写真・映像を見ることで昔の記憶を蘇らせることにあります。
過去の出来事を思い出すことが自分の人生を見つめ直すきっかけとなり、日々の生活への意欲を回復させることにもつながるのです。
思い出したことを人に話すという行為が脳を活性化させますし、「懐かしい話を共有できる仲間がいる」と感じることが多くの高齢者に精神的な安定をもたらしています。
また、認知症になり、最近の出来事を忘れやすくなったとしても、自分の若い頃や幼い頃の記憶はしっかりと残っていることが多いとされています。
回想法は、この「過去のことは覚えている」という認知症の特性を活用した療法であるとも言えるでしょう。
回想法の効果
心が落ち着く
寄り添って笑う老夫婦
回想法で期待される大きな効果に、「心を落ち着かせることができる」ということがあります。
過去のことを思い出すうちに懐かしさや楽しさなどが蘇り、穏やかな気持ちになるのです。
昔の記憶をたどっていくうちに、“個性”や過去に得た“自信”を取り戻すことができ、表情も自然と明るくなります。
さらに、回想法には聞き手が必ずいることも大きな効果をもたらします。
過去のことを話しながら「自分の話をちゃんと聞いてもらえている」と感じることで、満足感や自己肯定感を持つこともできるのです。
さらに回想法をグループで行った場合は、過去の出来事や昔の風習などについて参加者同士で話題を共有しましょう。
同じ話題を共有できる仲間との絆を感じることで、不安感や孤独感を和らげることもできます。
認知症の進行を穏やかにする
脳の話をしながらオッケーサインを出す若い女性看護師
回想法で重要なのは「思い出す」だけではなく、思い出したことを聞き手に「語る」ということです。
「人に話す」という行為は脳に大きな刺激を与え、認知症の症状の緩和や進行の抑制に効果があるとされています。
実際、国立長寿医療研究センターの研究チームが回想法を実践している高齢者の脳を調べたところ、昔話をすることや昔の品物を見たりすることで、脳の血流が増えることが確認できたそうです。
また、回想法を継続して行うことで、認知症における暴言や徘徊などのBPSD(中核症状)が軽減することも研究によって明らかにされています。
ある程度認知症が進行した人であっても、会話ができるようなコミュニケーション能力が残っているならば、回想法による症状改善が期待できるわけです。
コミュニケーションを深められる
回想法は、認知症の改善や予防についての効果が、科学的に立証されているわけではありません。
しかし、回想法を受けることで参加者の混乱や不安が収まるため、人間関係が改善してコミュニケーションを深める効果が期待されています。
懐かしい思い出を、心ゆくまで話すことはとても楽しいものです。
本人が歩んできた人生の思い出話に耳を傾けることは、認知症介護において何よりも重要なことです。
回想法のやり方のポイント
両手を挙げて笑う若い女性とガッツポーズを作る二人の高齢男性
過去の思い出を引き出し、認知機能の向上や気持ちの安定を図る回想法。
参加者の人数によって、実施方法は大きく分かれます。
基本的に回想法には、マンツーマンで行う「個人回想法」と、6~8人程度のグループで取り組む「グループ回想法」があります。
準備をしっかり行う
高齢女性のことを考えながらガッツポーズを作る若い女性
回想法を行う場合、まず本人の状況をきちんと確認することが大事です。
本人にある程度の聴力やコミュニケーション能力などがなければ、回想法の効果を発揮できないからです。
グループで行うのか、それとも個人で行うのかといった進め方も、本人の心身の状態に合わせて決めましょう。
また、事前に抵抗なく話せるテーマを選んでおくことや、避けるべき話題を把握しておくことも大切。
聞き手の側には、語られる昔話を理解できるように、当時のライフスタイルなどを理解しておくことも求められます。
事前準備として、昔使われていた品物や古い写真などを用意しておくと、本人が過去を思い出すのに役立つでしょう。
回想法を行う前に聞き取っておくべきこと
本人のプライバシーにも配慮して、質問することを心がけましょう。
基本情報 氏名、生年月日、年齢、性別、既婚・未婚、離婚歴(原因)、現住所、出生地
家族構成 兄弟姉妹(何人兄弟・何番目)、結婚後の家族構成、現在の家族構成、家庭内の役割(過去と現在)
人間関係 本人が頼りにしている人、主介護者、施設入居者は面会に来る人、生活費または入居費の出資者
経歴 学歴(行けなかったが行きたかった学校)、職歴、育った家庭の仕事
心身状況 病歴・最近の体調・認知症の有無と程度、視力・聴力・集中度、元来の性格、他者との関わり方
生活環境 生活パターン、最近の様子、年代に沿った生活歴、本人が好きな呼ばれ方
好き嫌い 関心のあること、趣味、特技、好きなこと、嫌いなこと、口癖、好きな話題、こだわりのある話題
過去の出来事 本人が嬉しかったこと、ショックだったこと、人生の転機、今でも気になっていること
回想法に必要な道具
回想法は、聞き手が参加者の語りを受け入れる態度で過去の思い出に共感していきます。
その際、道具を使うことで視覚や聴覚などの五感を刺激することで昔のことを思い出しやすくなり、記憶がすぐに蘇ってくる効果があると言われます。
使用する道具は、例えば昔の写真や映像、昔よく聴いた音楽や歌、読んでいた本や新聞、使い込んだ生活用品などです。
また、住んでいた土地の特産品をお茶菓子に出したり、思い出の花を飾ったりするなどの用意をしておくことも効果的です。
個人で行うときはアルバムなどを用意する
個人で行う場合には形式ばった準備は必要なく、家にあるアルバムなどがあれば手軽に始めることができます。
マンツーマンで実施する際は、グループで行うよりもじっくりと話を聞くことができるというメリットがあります。
具体的な方法としては、何気ない日常的な会話から始めて本人に自由に話してもらうパターンや、あらかじめ決めておいたテーマについて1対1の面談方式で行うパターンがあります。
また自宅で行う際は、冷蔵庫やテレビなど、ほかのことに気が散りやすいため、集中して話せる環境を整えることにも気を配りましょう。
グループで行うときは参加者のバランスに配慮を
グループで回想法を実施する場合は、参加者のバランスなどをよく考え、満足度などをフィードバックしてもらうなど、毎回の評価をチェックするようにしておきましょう。
実際のグループ回想法では6人から8人程度のグループで行うのが一般的。
参加者以外に、リーダーとして1人、サブリーダーとして1人の最低2名のスタッフが付き添い、可能であればさらに2人ほどいると理想的です。
参加するメンバーが調整できたら、次は実施回数やテーマを設定します。
時系列順に自分史を語ってもらったり、おはじきやお手玉、写真などの“思い出を引きだすツール”を基にお話してもらったりしても良いでしょう。
いずれにしても、最初の会は気軽に参加できるような比較的軽く、楽しい内容にして、生い立ちや人生観などの深い話は参加者同士の気心が知れた段階に持っていくような配慮が必要です。
お菓子やお茶などを用意したり、「思い出会」などと銘打って親しみやすい雰囲気にしたりすることで、参加者がよりリラックスして取り組める時間となります。
無理強いをしない
回想法では、本人が過去に体験したことを思い出して語ってもらうことになります。
しかし、昔経験したことは必ずしも楽しいことばかりではありません。
本人にとって嫌な思い出や、話したくない体験について無理に聞き出そうとするのは厳禁です。
特に戦争や災害でつらい体験をしている方の場合、「当時のことは話したくない」と考えていることも多いので、聞き手としても配慮する必要があります。
否定や訂正をしない
回想法の目的は、過去の出来事を正確に思い出すことではありません。
本人が話す内容には、年号などが事実と違っていることもあるかもしれませんが、その場合、いちいち誤りを指摘するということは控えてください。
また、以前に聞いたときと話の内容が変わっていることもありますが、そのまま話を聞き続けるようにしましょう。
聞き手には話の内容について否定をせず、傾聴に徹する姿勢が求められます。
話の腰を折らずに、本人のペースに任せて話してもらうことが大事です。
他言しない
回想法によって得た情報は、本人のプライバシーにかかわわることなので他言は厳禁です。
特にグループで回想法を行う場合、その場で話された個人情報が噂話などで広まらないように、参加者全員に注意を促しておく必要があります。
語り手の尊厳を守ることに最大限の配慮をせねばなりません。
今後のケアに役立てるために、回想法を通して得た情報を介護スタッフや家族と共有するという場合は、事前に本人から了承を得ておきましょう。
終え方を心地良く
心理療法では、その終わり方、通称「クロージング」が重要だとされています。
苦しかったことを思い出しながら話すと、そのつらい気持ちを日常生活まで引きずってしまうもの。
最後は楽しい気持ちで終われる話や、希望の持てる話題で締め、気持ちを切り替える工夫が必要です。
自宅で行う場合の注意点
自宅で回想法を行うときは、目の前のものに意識が向き、話があちこちへ飛んでしまう可能性があります。
また、話が同席しているご家族に及ぶ場合も少なくはないようです。
近い間柄だと、思いがけず過去の出来事を指摘されることも考えられますが、そのときは否定せずに、ただ耳を傾ける覚悟をもって立ち会いましょう。
自宅であれば、ご本人の好きなものへ話題を持っていきやすく、良い雰囲気でクロージングしやすいことも覚えておいてくださいね。
介護施設で行う場合の注意点
介護施設で回想法を行う場合、グループで行うことが主になります。
そのときは、秘密保持に十分気を付けましょう。
特に、プライベートに関する重要な話題は情報を職員で共有し、配慮し続けることが大切です。
また、価値観の違いから参加者同士でけんかになる可能性についても、細心の注意を払いましょう。
同じ時代の話題であっても、とらえ方・解釈の仕方・興味のあるなしも人それぞれ。
意見が異なるのは仕方がないことなので、グループ対象であったとしても、あくまで一人ひとりの歴史や思いに耳を傾けることが大切です。
回想法を勉強したい方への研修と資格
心療回想士(レミニシャン)
回想療法は、2000年から普及しはじめたコミュニケーション療法です。
心療回想法ではインタビューする人を心療回想士(レミニシャン)、インタビューされる人をレミニンと呼び、心の交流を大切にするコミュニケーションを行います。
心療回想士は、回想法の技法を習得する講座を修了することで取得できる民間資格。
通信教育を修了すると心療回想士5級の資格が授与され、そこから40時間かけてインタビュー技術を身につけます。
パーミングセラピスト
パーミングとは、会話機能がうまくいかない方へのコミュニケーション技術です。
見ためは手浴マッサージですが、じっくりと時間をかけておしゃべりしながら手の温もりを共有していきます。
パーミングを行うことにより、ご本人は精神的な安定を得ることができます。
マッサージとは違い、パーミングは回想療法の一部で、認知症だけでなく、麻痺症状や精神疾患などにも対応できます。
パーミングセラピストの資格は、通信教育でレポート提出し、課題を修了することで取得できます。
認知症ライフパートナー
認知症ライフパートナーとは、認知症の方が希望通りの暮らしをしていけるように、これまでの生き方や価値観を尊重して寄り添う人のことです。
認知症の方は言葉によるコミュニケーションがうまくとれないこともありますが、そのときに傾聴技術や回想法を使って本人の意思を汲み取ります。
身体的なケアだけでなく、精神的なケアまで網羅できるので、認知症ライフパートナーはこれから非常に役に立つ資格と言われています。
なお、認知症ライフパートナーの2級検定と3級検定は誰でも受験をすることが可能なので、気になった方はぜひ挑戦してみてくださいね。
各自治体でも回想法講座を開催している
回想法は、関東地方を中心に入門講座やリーダー育成講座が行われています。
また、地域コミュニティの形成や高齢者地域サロンの運営ツールとしても注目されているので、全国の市町村でも講座が開講されているところもあります。
興味がある方は、お住まいの自治体のHPをチェックして、講座の有無を問い合わせてみてください。
監修
アルツクリニック東京院長
新井 平伊
1978年、順天堂大学医学部卒業、同大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所勤務、順天堂大学医学部精神医学講座講師を経て1997年より順天堂大学医学部精神医学講座教授(同大学院医学研究科教授併任)。1999年に若年性アルツハイマー病専門外来を開設。2010年(~2016年3月末)順天堂越谷病院院長代行、2012年より順天堂医院認知症疾患医療センター長を兼任。2019年3月に順天堂大学の教授職を退職し、アルツクリニック東京院長を務める。(公財)日本老年精神医学会評議員。(一社)日本認知症学会理事。
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