冨田敬士の翻訳ノート

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複雑な文の読解と訳し方

2019-10-26 16:26:00 | 情報
ここに取り上げた英文は,法律文としては必ずしも長文というわけではないが,挿入句や分詞句,関係詞節などが複雑に絡み合い,取りつきにくい構成になっている。
複雑な実務文を訳すときの手順はだいたい次のようになるかと思う。
1.全体を一読して大まかな意味を把握する。
2.英文の構造を微細に分析し,語句のかかり受けなどを正確に把握する。
3.原文の意味が明瞭に伝わるような訳出の仕方,訳文の書き方を工夫する。

この部分は英文契約のhold-harmless条項 (補償条項,免責条項) と呼ばれるもので,表現の形式はいろいろだが,内容としては比較的単純なもの。多少とも経験のある人なら原文の趣旨はすぐに見当がつくのではないだろうか。
Each Party agrees to indemnify and hold harmless the other against any and all liability, loss and costs, expenses or damages, including but not limited to, any and all expenses whatsoever reasonably incurred in investigating, preparing or defending against any litigation, commenced or threatened, or any claim whatsoever or howsoever caused by reason of any injury (whether to body, property, personal or business character or reputation) sustained by any person or to any person or property, arising out of any act, failure to act, neglect, any untrue or alleged untrue statement of a material fact or failure to state a material fact which thereby makes a statement false or misleading, or any breach of any material representation, warranty or covenant by either Party or any of its agents, employees, or other representatives.

長文は通常いくつかの意味の単位で構成されている。意味の途切れるところや方向転換するところに注目し,なるべく語順に沿って単位ごとに訳出していこう。この文はまずincluding but not limited to以下が挿入句として補償の対象を例示しており,その直前で意味が途切れている。しかし,だからといって「各当事者は,すべての責任,損失とコスト,費用,又は損害について相手当事者に補償する。」と言い切ってしまうとほとんど誤訳に近い。補償は無制限ではなく,必ず範囲を限定するための修飾語句が後に続いているはずで,それを無視して単純に「すべて補償する」と完結した文にすることはできない。
補償の範囲を限定するときは通常,分詞句や関係詞節が使われる。そこで,英文をincluding but not limited to以下どんどん辿っていくと,それらしい言葉としてarising out ofにぶつかり,それ以降は最後までそれに当たるような修飾語は見あたらない。つまり,arising out of以下で補償の範囲を明示するという構成になっている。arising out ofはwhich may arise out ofと言い換えることもできる。
以上により,全体として意味の単位が3つに分かれる。まず補償責任を明示し,次に補償の対象を例示し,最後に補償の範囲を限定するという構成である。訳出するときは通常,語順に沿って3つに区切って訳し下ろすという段取りになるが,困ったことにincluding but not limited to以下の挿入句が5行も続いているため,語順どおり訳したのではまともに意味が通じないだろう。
挿入句を無難に訳出するには括弧でくくるという手もあるが,5行も続く語句を括弧でくくるのはいかにも不自然であり,不明瞭でもある。英文が括弧書きになっていないときは訳文でもなるべく括弧は使わないほうが自然だ。
一般的に挿入句は文の要となるような要素ではなく,無視しても文全体の基本的な意味は変わらない。したがって,この文ではincluding以下の挿入句を文の最後に訳出しても問題はない。ただ,文の構成を変えるというやり方は原文の思考の流れを乱すことになるため,やむを得ないときだけにとどめたい。

以上を念頭に以下,問題文を訳してみた。
「各当事者は、以下の事項から発生するすべての責任、損失とコスト、費用又は損害について相手当事者に補償し,責任を免除することに同意する。すなわち、いずれかの当事者又はその代理人、従業員若しくはその他の代表者による何らかの作為、不作為、不注意、重要事実の不実表示若しくは不実表示とされる行為、又は重要事実の不表示 (ただし、その不表示により何らかの表示が虚偽若しくは歪曲的なものとなる場合)、又は重要な表明、保証若しくは誓約に対する違反。以上の補償対象には、何らかの訴訟 (すでに提起されたか、提起される恐れがあるか問わない。) の調査、準備又は抗弁において通常発生するあらゆる費用が含まれ、また、何らかの者が被るか又は何らかの者若しくは財産に発生する損害 (身体あるいは財産に対するものか、個人若しくは企業の品格に対するものか,社会的信用に対するものか問わない。)を理由とした請求 (それがいかなるものか、いかにして発生したか問わない。) も含まれる」

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