冨田敬士の翻訳ノート

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"incorporated by reference"? "person or entity"?

2012-03-27 14:20:51 | 情報
"incorporated by reference"の意味と訳し方

The terms of all such Promissory Notes are by this reference incorporated in this Agreement.

 最近,ある翻訳試験で契約書の日本語訳の答案を見せてもらった。文章はよく書けている答案もあったが,全体的に誤訳が目立った。特に上記の部分を受験生のほとんどが間違った訳(あるいは意味不明な訳)をしていたのは意外だった。単語レベルでは何の変哲もない英文だが,by this referenceが入ったため,文全体の意味が理解できなかったようだ。この語句は「言及により編入する」,を意味する慣用的な表現で,次のように使用される。
 例えば,Aという文書をBという文書の一部にしてBと同じ効力を持たせたいというときは,どうすればよいか。そんなときに決まって利用されるのが冒頭に記載した英文。これを利用すると,原文をそっくり転記しなくとも,編入したい文書に言及するだけで編入したのと同じ効力を持たせることができる。便利なので契約書はもちろんのこと,訴訟書類,特許文書,国際条約などさまざまな法律文書で利用されている。
 冒頭の英文のby this referenceだが,通常はby referenceだけで十分で,ネット検索でもthisが付いた例は数が少ない。このthisは明らかに直前のPromissory Notesを指示する代名詞なので,単数形のthisでは文法規則に合わない。これはじつは,課題文の別の箇所でPromissory Notesが単数形で定義されているためで,それだけの話しである。述語動詞が現在形のareになっているのは,terms(条件)がすでに編入された状態にあることを示している。shall beで置き換えても契約文書として問題はないだろう。冒頭の英文は「すべての約束手形の条件を,(約束手形に)言及したことで本契約に編入した」という意味になる。これについては,websiteで見つけた下記の解説がわかりやすい。
INCORPORATE BY REFERENCE
The method of including the contents of a document called incorporating by reference. This is done by attaching the document to the back of the court papers or contract and referring to it with convoluted language such as, 'the letter is attached to this document as Exhibit A and incorporated by reference as if fully set out within this document.' Incorporating by reference is also used in complaints, answers and other filings to avoid repeating facts and allegations previously stated.



"person or entity"の意味と訳し方

Recipient shall not disclose or permit access to nor shall it authorize any other person or entity (collectively, "person") to disclose or permit access to any person of any of the Confidential Information without the prior written consent of ABC,.........

 "person or entity"は上記のような形で契約書などの法律文書によく使用される。「個人または団体」といった訳が多いが,だからといってpersonが「個人」,entityが「団体」を指しているというわけではない。personは個人のほか「法人」の意味でも使用されることはよく知られているが,entityも基本的には同じことである。法律英語特有の同義語の重複使用と考えてよいだろう。これらの用語を理解するには「個人」と「法人」の法的な意味を理解しておく必要があると思うので,日本法と英米法を比較しながらそれぞれの意味を考えてみた。
 「個人」は言うまでもなく人間(humans)を意味する。日本の民法では「個人」のことを「自然人」といい,「法人」とひとまとめにして「人」という。英米法の概念もほぼ同じで,personには「個人」も「法人」も含まれ,特に対比が必要なときだけ「個人」をindividualとかnatural personという。「個人」とは生身の人間のことである。これに対して「法人」とは何か。日本法の概念では,「法人」は法律により権利能力を与えられた,個人以外の組織を広く指している。独立性(法人格)の程度は様々で,「株式会社」のように構成員から完全に分離独立した存在だけが法人ではない。
 一方,英米法の国では「法人」のことをlegal personとかartificial personというが,便宜的にはentityがよく使われる。英米法の「法人」は,法律に基づいて設立されたさまざまな組織体(organization)を指している。その種類は,完全な法人格が認められた株式会社(corporation)のような組織体から,法人格はないが便宜的に一定範囲で法人と同じような権利能力が認められたpartnershipなどまで,様々である。英米の法律用語辞典では一般的にentityを収録していない。法律用語としては認識されていないようだ。むしろ,ビジネス分野の一般語として使用される例が多い。このように,entityは使われる分野によって意味合いが異なる。では本来の意味は何か。
 Oxford Dictionary of Englishでは,entityを"a thing with distinct and independent existence"と定義し,主として哲学用語で語源は15世紀後半にさかのぼる,と解説している。英和辞典にも「客観的・観念的な存在物,自主独立的なもの」(リーダーズ英和辞典)といった解説がある
。これらを合わせると,entityの本来の意味は哲学概念の「主体」に落ち着くようだ。では「主体」とは何か。国語辞典によると「自覚や意志に基づいて行動したり作用を他に及ぼしたりするもの」というので,個人も組織体もみなentityに含まれることになる。
このブログでも紹介した英国のCAMBRIDGEのInternational Legal Englishではlegal entityを取り上げ,individual or organization that can enter into contracts, is responsible for its actions and can be sued for damages(個人または組織体であって,契約当事者となることができ,責任能力があり,かつ損害賠償の訴訟当事者となりうるもの)と定義している。
 以上のことから,entityには個人と組織体のどちらも含まれることは明らかだ。そこで最初の"person or entity"に戻ると,この用語は結局,最初に述べたように「同義語の重複使用」に落ち着く。訳し方はいくつか可能だが,一語にまとめて訳すとすれば「独立主体」あたりが妥当ではないか。
 なお,米国では一般に「事業体」や「法人」の意味にentityが理解されているようだ。このブログでも紹介した"Working with Contracts" の著者Charles M. Foxはentityを次のように定義している。
An organization that is recognized as a legal person, including a corporation, a general partnership, a limited partnership, a limited liability company, limited liability partnership and a trust.
(法人として認められた組織体のことで,例えば株式会社,ゼネラル・パートナーシップ,リミテッド・パートナーシップ,有限責任会社,有限責任パートナーシップ,信託などがある)

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