冨田敬士の翻訳ノート

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"LAW IN AMERICA"

2011-05-25 23:40:59 | 書評
"LAW IN AMERICA"
A Short History
(Lawrence M. Friedman, Modern Library)

普段着で論じた米国の法文化

 17世紀初頭の植民地時代から21世紀始めまでのアメリカを法制度の面から論じた解説書。内容は法史学や法社会学の範ちゅうに入るが,法律論文の堅苦しさはなく,気取らない,軽妙な文体で読者の関心を刺激しながら米国法の歴史とそのときどきの法律の役割について語っている。New York Timesの”A persuasive account of how culture produces law…. The book is appealingly informal”という書評がこの本の特徴を端的に示している。著者のMr. Lawrence M. Friedmanは米国スタンフォード大学の法学教授で,この本が出版された時点では4年生学部の学生を対象に「米国法概論」を担当していた。外国人の読者を念頭に書いたものではなく,それだけに米国人の本音が垣間見えて,なるほどそういうことだったのかと納得させられることが少なくない。
 アメリカ法を理解するには米国の法文化を理解することが不可欠であるという。米国の法文化は司法審査(judicial review)と連邦主義(federalism)が特徴的である。米国はコモンロー(判例法)の国なので,法律は裁判官が作る。裁判官は強力な司法審査権を持っており,自分たちが作った法律に照らして政府や議会の法令を無効にすることもできる。特定の機関がこうした絶対的な権力を持つと「暴走」が気になるところだが,米国ではこの制度は理解されている。移民社会の特徴として市民は権利意識や個人主義が強く,権限の集中を極度に恐れる。中央集権に対する不信感は並大抵ではない。裁判官には政府や議会に対する抑止力としての役割が期待されているのだ。
 連邦主義の国は米国以外にもある。オーストラリアやカナダはもちろんのこと,大陸法の国であるドイツやスイスも連邦制をとっている。ところが米国には50州もあって,それぞれが独自の法制度を持っているからややこしい。まさに"a beast with fifty separate heads, bodies, and tails"。そのうえ連邦自体が独自の法制度を擁した51番目の州ともいえる複雑極まりない構造になっている。事件が起きるとまず,連邦裁判所に持ち込むか,州裁判所に持ち込むかでときに争いになる。規則はあるが,明瞭に線引きされているわけではない。弁護士のライセンスも州ごとに与えるので,別の州に行くと全く活動ができない。それでも市民がそれをよしとしているのは,建国以来の政治や文化的な状況と深い関わりがある。
 著者は卑近な例を引用したり,ときには欧州や日本の状況にも触れながら17世紀の植民地時代にさかのぼって話を始める。全体は7つの章に分かれている。一読して感じるのは,米国という国の特異性である。他の国との途方もない違いに唖然とすることがある。著者は人種問題にしばしば触れ,マイノリティ民族が法的にどんな扱いを受けてきたかを詳しく紹介している。黒人奴隷は法的にも現実的にも長い間,牛馬同然の地位に置かれていた。米国人は欧州での迫害を逃れて自由を求めて米国にやってきたのに,黒人やアジア人に対する自由は認めなかった。著者はこうした人種的偏見をAmerica’s original sin”(アメリカの原罪)と呼んで,米国社会に深く根ざしてきたことを法制度の面から明らかにしている。
 この本の中で特に興味を感じたことの一つは米国の弁護士の話である。米国では日刊紙の一面に法律に関する記事の載らない日はほとんどないという。米国社会にとって法律はそれほど重要な存在なのだが,それを支えているのは弁護士である。裁判官も経験を積んだ弁護士の中から選任される。全米で弁護士のライセンスを持った人たちが100万人もいて,社会の方々で活動している。何故それほど人数が多いのか。米国は最初から中産階級の国として成立した,世界でも珍しい国である。白人移住者たちは17世紀の昔から誰でも地主になれた。土地を持っていると争いごとが起きやすい。19世紀に入って産業が発達すると,ビジネスの拡大に伴って争いごとはさらに頻繁になった。弁護士は需要に応じて増えてきたわけだ。特にここ数十年はコンピュータのプログラマーの数と同じぐらいの速さでどんどん増えているという。
 日本で弁護士といえばインテリでモラルや人権意識の高い人というイメージがあるが,米国ではそうではなく,俊敏で柔軟な「問題解決士」(problem-solvers)というのが弁護士の立場である。法律の知識を武器に社会のどんな隙間にも入り込んでいく,押しの強い人たちでもある。争いの多い社会には弁護士のニーズはいくらでもある。狭いコミュニティの中でお互いに争いを極力避けながら暮らしている日本の事情からは想像もつかないことが多い。
 これから米国で暮らす人や米国社会と関わりを持つ人に有益な示唆を与えてくれる一冊。
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