冨田敬士の翻訳ノート

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title(権原)とは何か?

2016-11-08 23:10:23 | 情報
 文化が違うと未知の概念に遭遇し,意味を理解するのに苦労することが多い。英米法のtitle(権原)もまさにその一つではないかと思う。titleは英文の法律文書や契約書の中によく出てくる用語で,簡単な使用例は次のとおり。
all rights, title and interests in and to the Software
titleの訳を用語辞典で見ると「権原」であったり「所有権」であったり,必ずしも一定しない。「所有権」ならownershipでよいと思うのだが,なぜtitleなのか。日本や英米の用語辞典は解説が簡単すぎたり難しすぎたりで,素人には手に負えないところがある。
 日本の民法にも「権原」という用語が使われてはいるが,こちらは「一定の法律行為または事実行為をすることを正当化する法律上の原因」と解釈されている。これに対し英米法のtitleは不動産法の古い用語で,その背景には歴史的,実証的な意味がありそうだ。英米のサイトや参考書を調べてみるとほぼ次のようなことがわかる。
 その昔,英国ではありとあらゆるものが国王(monarch)のものと考えられていた。そして,家臣には役務(service)の見返りとして封土(fee)が与えられた。そのことがあらゆる権利の発生する大本であり,titleと呼ばれるものらしい。日本の封建社会の「知行」と似たところがある。通常,titleは称号や資格を意味する言葉だが,ここでは国王の「お墨付き」といったところか。本来,titleの対象は不動産だが,現在では登録の必要な財産も対象となっている。一部の国や州では自動車の購入の際にcertificate of title(所有権譲渡証書)の登録が求められるという。「タイトル」は我々にとって不可解な言葉ではあっても,英語圏の人たちの間では日常的に使われているようだ。
 英米法の土地には大陸法のような絶対的所有権(absolute ownership)といったものは存在しない。かつて国王が家臣に与えたのは領地の「保有権」(hold)であって,「絶対的所有権」ではなかった。英国では今でも土地は国家(State)のものという考え方をしている。相続人がいないか,一定の保有条件が満たされるとその土地は国家に復帰する(reversion)。不動産権(real estate)には保有期間に応じて2つの種類がある。その一つは保有期間に定めのないfreehold(自由保有権)であり,もう一つは保有期間が確定しているか確定可能なleasehold(賃借権)である。
 このうち,freeholdはさらに4つに区分されており,その一つが未来永劫に保有,相続,処分の可能なfee simple(単純封土権,土地所有権)である。これが大陸法の「所有権」に一番近い。売買取引の対象となるのも原則としてfee simpleの付いた不動産だ。今日,titleと言えば通常fee simpleを指しているので,実務上は日本法の所有権と同じように考えてよいだろう。
 ではownershipとは何か。普段は「所有権」と訳されるためtitleと混同しやすいが,titleと同列に扱うことはできない。接尾語の-shipが名詞に付くと「地位」や「状態」のことで,法的権利としての厳密な定義は見当たらない。例えば,前記の自由保有権や賃借権のことをfreehold ownership,leasehold ownershipと言ったり,譲渡証書を使って譲渡される所有権のことをtitled ownershipと言ったりで,titleとownershipが互換的に使えるわけではない。.
 参考までに,米国のあるサイトではtitleを次のように定義している。
a comprehensive term referring to the legal basis of the ownership of property encompassing real and personal property and intangible and tangible interests therein
(一般に財産の所有権を正当化する法的根拠のことで,その範囲は不動産及び動産,そしてそれぞれに存する有形無形の権利に及ぶ)
英米の用語辞典には普通こうした大まかな解説が多い。
 titleは理解しにくい言葉ではあるが,はるか昔,国王の「お墨付き」がそもそもの始まりであったことを考えると,何となくこの語のイメージが湧いてくる。「権原」という訳語は適切なのか。いっそカタカナ表記の方が原語のイメージは伝えやすいと思うのだが。
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trust(信託)の仕組みと用語

2016-11-03 21:04:22 | 情報
 信託関連の文書を訳すときは,「信託」の基本的な仕組みと用語の意味を理解しておきたい。
 英米法の信託は,個人(individual)が他人を受益者(beneficiary)として,受託者(trustee)との間で設定(create)する契約上の制度である。この制度が成立するためには4つの要素(elements),すなわち,settlor(委託者),trustee(受託者),beneficiary(受益者),そしてsubject matter(目的物)が必要である。例えば次のような信託が考えられる。
 親が何らかの理由で自己保有の株式を子供のために他人に管理してもらうことにする。そこで,銀行と契約し,株式を銀行に譲渡して管理を委託する。信託契約の中で,子供が21歳になるまで株式の配当金を毎年子供に渡すよう指示し,子供が21歳になった時に株式の所有権が子供に移転するように定めておく。この場合は親がsettlor,銀行がtrustee,子供がbeneficiary,株式が目的物ということになる。
 信託はこうした三者関係が原則だが,中には変則的なものもある。例えば,米国の一般委任状(general power of attorney)には通常,次のような条文が盛り込まれている。
To transfer any interest I may have in property, whether real or personal, tangible or intangible, to the trustee of any trust that I have created for my benefit.
 この条項は「委託者」である「私」が「代理人」に与える権利の一つを規定したもので,その趣旨は「私の財産権を,私が自分を受益者として設定した信託の受託者に移転する」というもの。委託者と受益者が同一人物というところに不可解な点がある。
 調べてみると,信託の本家である英米法国の個人信託(private trust)にはさまざまな形態が見られる。受益者となるのは,信託を設定する本人でもよい。そのほか,残される配偶者(surviving spouse),未成年の子(minor children),慈善団体など誰でもよい。信託財産の譲渡は,遺言の中で書き残しておくこともできる。
 目的物の法律関係はどうなっているか。委託者が目的物を受託者に譲渡すると,受託者には目的物のコモンロー上の権原が移転し,受益者にはエクイティ上の権原が移転する。委託者には目的物に対する権利は一切残らない。
 英米法国の信託には「自己信託」という制度もある。これは委託者が自らを受託者として信託を設定するというもので,委託者が受託者と同一人物となるため,信託財産の権原を受託者に移転する必要がない。通常の信託のように信託宣言(declaration of trust)によって設定が可能であり,欧米では以前から広く行われているという。日本では欧米とのバランスをとるために,ようやく法律が制定され運用が可能になった。自己信託では,委託者が受託者の立場で受益者のために目的物を自由に管理運用できるという利点がある。


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