冨田敬士の翻訳ノート

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理想的なPCキーボードとは

2009-05-19 23:04:59 | エッセイ
 キーボードはパソコンと人間の頭脳をつなぐ接点である。キーボードの使いやすさはパソコンを使いこなすために欠かすことのできない、大切な要素だ。
 現在のJISキーボードは、パソコンで文章を書くという立場からは使いづらい。「かな」を上下4段に分けて配置してあるわけだが、文字キーの位置をこれだけの数、全部覚えるのはまず不可能で、ブラインドタッチでの入力は並の訓練では困難である。みんながローマ字入力を利用するようになったのも当然の成り行きかもしれない。ローマ字入力では打鍵するキーの数がほぼ半減するため、配列を覚えやすく、その分入力ミスも少なくなる。だが、よいことばかりではない。例えば、一つのカナの入力に2つのキーを打鍵しなければならないこと。また、入力の際に一つの音素を子音と母音に分解することは音感上不自然で、日本語の感覚に影響を与えることも考えられる。
 日本語キーボードは、デスクトップでもノートでも、一つの「カナ」を一回の打鍵で入力できることが望ましい。また最近では英文を作成する機会も随分と多くなっているので、同じ日本語キーボードで英語もスムーズに入力できる必要がある。いちいち英語キーボードと取り替えるのはいかにも煩わしい。ところが現在の日本語JISキーボードは英文の入力にも適しているとは言えない。一つの問題は、英文入力の際に一番多く利用するスペースバーである。英語キーボードではスペースバーがたっぷり長くとってあるので、どんな位置からでもブラインドタッチができる。一方、JISキーボードはスペースバーが短いため、目を離したままでは親指がうまくそのうえに乗らない。ブラインドタッチができないと,文章を書くときに思考の流れが乱されやすい。
 もう一つの問題はシフトキーの位置である。シフトキーはアルファベットの大文字を打つときに小指で打鍵するので、英文を入力するときは手をホームポジションに置いた状態で左右の小指がそれぞれ容易に届く位置になければならない。ところが我がJISキーボードはどういうわけか、右側のシフトキーが右側に若干ずれ過ぎて、右手の小指が届かないという理不尽な作りになっている。英文タイプの基本が守られていない。
 筆者は20年ぐらい前のワープロ専用機の時代から「親指シフトキーボード」という日本語キーボードを使っているが、このキーボードは日本語の「かな文字」を上下3列に配列し、一つのキーに2文字が割り振ってある。上段に表示された文字を打つときには、そのキーとシフトキー(親指キー)を一緒に打鍵する。従って一つの「かな」の入力が一回の打鍵で済む。英文キーボードと同じように両手はホームポジションに置いたままの状態なので、完全なブラインドタッチが可能になる。2度打鍵する手間もいらないので打鍵が速く、音も静かである。思考の流れも妨げられにくいと言われ、作家その他、まとまった文章を書く人達の間では根強い人気がある。
 「親指シフトキーボード」は完成度の高い入力方式ではあるが、英語キーボードとしては前述のJISキーボードと同じような問題で、やはり使いづらい。そのほか、JISキーボードに比べてかなり値段が高いことも、普及を妨げる原因の一つになっているようだ。
 パソコンを快適に使いこなすためには、英語キーボードのような簡単で使いやすいキーボードが望ましい。日本語のパソコンにはどんなキーボードが適しているのか。このテーマをめぐっては専用機やパソコンの使用が本格的に始まったころ盛んに議論され、試作品まで作られたが、企業の利潤追求やコスト削減に押し切られたのか、いつのまにか影も形もなくなった。問題が解決されたわけではない。
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RANDOM HOUSEの法律用語辞典

2009-05-10 15:49:53 | 書籍
英語力を強化するには英英辞典の使用が欠かせないと昔からよく言われてきた。英英辞典を使用することで英語の感覚が身につき、読解力や聴解力が格段に向上する。これは一般英語の分野に限ったことではない。専門分野でも英英の用語辞典を活用することで英文の理解力が大幅に向上するはずである。高度な英語力が要求さる翻訳者は専門分野の英英辞典もぜひ活用したい。
 法律分野の英英辞典といえば、以前からThomson社のBlack’s Law Dictionaryが有名で、ネイティブの法律家も大抵はこれを勧めている。しかし、この辞典は以外に使いづらい。ネイティブが当然知っているようなことは省略してあるし、その一方で、なかの解説は微に入り細に入り徹底している。例えばactionという語を引くと、5ページにわたって細かい文字の解説が続く。英米法や法律英語の全般的な知識がないと、何が要点なのか、知りたいことがどこに書いてあるかはっきりしない。それに2000頁近いボリュームの重量感は、ひんぱんに引くには物理的に適していない。ちょうどオックスフォードの大辞典のようなもので、いくら優れているといわれても、英語の学習段階では十分に使いこなせない。
 この点”RANDOM HOUSE WEBSTER’S DICTIONARY OF THE LAW”は使いやすい辞典だと思う。携帯版とはいえない大きさだが,500ページぐらいの中型辞書なので、手に持って気軽に引くことができる。文字も比較的大きく見やすいので、細かい文字が見づらい人にはうってつけである。しかし、何といってもこの辞典の長所は英文の解説が口語的でわかりやすいこと。例えば売買取引でよく使われるclosingという用語を引くと、次のように定義されている。
"the completion of a transaction, especially a real estate transaction or major corporate transaction, usually at a meeting attended by counsel for all parties. A detailed written summary of the financial aspects of the transaction being closed is called a closing statement."
 これに対して別の用語辞典の定義は次のようになっている。
"the consummation of a transaction involving the sale of real estate or of an interest in real estate, usually by payment of the purchase price (or some agreed portion), delivery of the deed or other instrument of title, and finalizing of collateral matters."
 以上のように、「ランダムハウス」の定義は口語的で具体的であるが、後者の定義は表現が古めかしく、legal jargonを多用し、わかりやすいとは言えない。
 そのほか「ランダムハウス」にはUsageやNoteの欄を多数設け、言葉の用法や法律面の解説をするなど斬新な工夫も見られる。見出し語数は約8000語。そのほかネット検索の一助として政府機関や国際機関のホームページ・アドレスを掲載したのも親切である。因みに価格であるが、インターネットで買えば1800円ぐらいで入手できる。
 筆者はかなり以前からこの辞典のお世話になっているが、用語の解釈や英文の書き方など相変わらず貴重な情報源になっている。2000年に出版されたままなので、そろそろ改訂の時期かもしれない。

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Creditと複式簿記

2009-05-01 15:46:02 | エッセイ
 最近,ある団体の翻訳検定試験で次のような問題が出題された。
ABC shall not receive any credit toward any payments owing to XYZ subsequent to ABC's material breach or termination of this Agreement for monies paid to XYZ under Section 5 hereof.
 この英文は,ABC社をライセンシー(実施権者),XYZ社をライセンサー(実施権許諾者)とする特許ライセンス契約の課題の一部を抜粋したもので,特にこの部分の訳に誤りが多かったという。原因はcreditの解釈にあった。契約書でなくても,実務の文書ではお金の支払いに関して"credit"を使った表現がよく出てくるが,内容をよく理解したうえで訳さないと意味不明な訳文になりやすい。
 creditを理解するには複式簿記の仕組みを理解するのが手っとり早い。複式簿記はどうなっているか。帳簿の左側に「借方」,右側に「貸方」と表示してあって,一つの取引を2つに分解して左右に分けて記入する。これが「複式」と呼ばれる所以である。複式簿記が発明されたのは中世のイタリア。ある銀行家が帳簿の右側にお金を貸してくれた人(預金者)の名前と金額を記入し,左側にお金を借りてくれた人(借手)の名前と金額を記入したことがそもそもの始まりと言われている。日本語簿記の借方や貸方の「方」は「人」の意味である。「方」は本来は方角を指す語であるが,昔は「~の方」と呼んで敬語表現をした。貸方と借方は訳語として正しいと思う。英文の簿記ではこれをそれぞれdebit,credit と表記する。
 次に複式簿記の記入の仕方は,例えば借金であるが,借金には負債の増加と資産の増加という二つの面がある。そして複式簿記では負債の増加を貸方(credit)に記入する。creditは債権の意味もあるのになぜcredit側に負債を記入するのか。英文簿記の表記を見ていると頭が混乱する。この点日本語の「貸方」はよほどわかりやすい。つまりお金を貸してくれた人に感謝してその人の債権を右側に記入すると考えれば納得できる。
 最初の英文の意味もこれでほぼ明らかになった。簡単に言えば「ABC社が本契約に対して重大な違反を犯したり,あるいは本契約が解除されりした後に発生するXYZ社への支払い債務に対し,第5条に基づくXYZ社への支払い金を債権として埋め合わせることはできない」という意味になる。creditは「貸方に記入(計上)する」とも訳されるが,その意味は複式簿記の記入の仕方に由来している。

追記(2019/4/27)
本文中に他の条文の紹介を省略したため,最後の部分の説明が理解しづらかったかもしれない。これは英国ロイター社をライセンサーとする特許ライセンス契約の一部で,「第5条に基づくXYZ社への支払い金」というのは,本契約を締結することでロイター社に納付義務が生じるかもしれない租税公課。第5条ではこうした租税公課の支払いをライセンシーであるABC社に求め,これをライセンサーもしくは税務当局に支払うよう要求している。

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