冨田敬士の翻訳ノート

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AI翻訳ロボットの能力と課題

2018-09-24 10:40:01 | 情報
英文和訳

先日,日刊紙の全国版にAIによる自動翻訳と文章作成の記事が前後して掲載された。それによると,人工知能による自動翻訳の性能が飛躍的に向上し,一部の介護現場などで通訳ロボットの利用が試験的に始まっているという。内外の一部のメディアでは簡単な記事をロボット記者に書かせる取り組みも進んでいるらしい。
 以前のいわゆる機械翻訳は文法解析が中心で,日本語自体を間違うなど実用に耐えるような代物ではなかったが,最近これまでとは全く違う方式にすることで精度が飛躍的に向上することが分かったという。その核心となるのが人工知能(AI)で,人間が訳した大量の対訳データをお手本に言語の特徴を自ら学び,高い性能を示すと紹介している。
 AI翻訳ソフトは現在どれほどの水準にあるのだろうか。自動翻訳で評判のgoogle翻訳ソフト(ネット無料版)を使っていろいろな種類の英文を訳してみた。以下その一例を紹介する(文中,「google訳」はgoogle翻訳ソフトの訳,「試訳」は筆者)。

(無生物主語の文)
(1) His failure in business compelled him to sell his residence.
(google訳)「彼のビジネスの失敗は、彼に住居を売却するよう強制した」
(試訳)「彼は事業に失敗したため,やむなく自宅を売却した」

(関係詞混じり文)
(2) He wrote her a long letter, which she sent back to him unopened.
(google訳)「彼は彼女に長い手紙を書いた。彼女は未開封の彼に返送した」
(試訳)「彼は彼女に長い手紙を書いたが,開封しないで送り返してきた」

(3) I realized that the report described a lot of things I was quite unfamiliar with.
(google訳)「この報告書には私がよく知らないことがたくさん書かれていることが分かりました」
(試訳)「報告書を見て分かったことだが,そのなかには私の全く知らないことがたくさん書いてあった」

(小説)(カズオ・イシグロの「浮世の画家」より)
(4) If on a sunny day you climb the steep path leading up from the little wooden bridge still referred to around here as "the Bridge of Hesitation”, you will not have to walk far before the roof of my house becomes visible between the tops of two gingko trees.
(google訳)「晴れた日にはまだここでは「橋の橋」と呼ばれている小さな木製の橋から険しい道を登ると、私の家の屋根が2つの頂上の間に見えるようになるまで歩いて行く必要はありません銀杏の木」
(飛田茂雄訳,中公文庫)「このあたりでは今でも<ためらい橋>と呼ばれている小さな木橋のたもとから,丘の上までかなり急な坂道が通じている。天気のいい日にその小道を登りはじめると,それほど歩かぬうちに,二本並んでそびえ立つ銀杏の梢のあいだからわたしの家が見えてくる」

(新聞)
(5) A hundred people made a declaration appealing for the recognition of Okinawan as an independent speech community.
(google訳)「100人が沖縄を独立したスピーチコミュニティとして認知させる宣言をしました」
(試訳)「100名の人たちが沖縄を独立した言語共同体として認めてほしいと宣言した」

(6) For business, British and Japanese, bribery is a threat that needs to be actively managed, like fraud or embezzlement. Corruption adds up to 10% to the total cost of doing business globally, and up to 25% of the cost of procurement contracts in developing countries. In 2010 and 2008, roughly a fifth of surveyed executives reported that they had been asked to pay a bribe, with a similar proportion reporting that they had lost business to a competitor who paid bribes.
(google訳)「英国と日本のビジネスでは、詐欺や横領といった積極的な管理が必要な脅威です。腐敗は、世界的にビジネスを行う総コストの10%、開発途上国の調達契約のコストの最大25%を追加します。 2010年と2008年には、調査幹部の約5分の1が、賄賂を払っている競合企業にビジネスを失ったと報告したのと同様の割合で賄賂を払うよう求められたと報告した」
(試訳)「英国と日本,どちらの企業にとっても贈収賄は詐欺や横領と同じように積極的な管理を必要とする脅威である。腐敗の額は世界中の事業コスト総額の10%にのぼり,発展途上国の物資調達契約コストの25%にのぼる。2010年と2008年の調査では,経営幹部のほぼ5分の1が賄賂を要求されたと報告し,賄賂を払った競争相手に仕事を取られたという報告も同様の割合にのぼっている」

(契約書)
(7) Acceptance by Licensor of an accounting statement or payment hereunder shall not preclude Licensor from challenging or questioning the accuracy thereof.
(google訳)「ライセンサによる会計声明またはこれに基づく支払いの受諾は、ライセンサがその妥当性に挑戦するか質問することを許してはならない」
(試訳)「ライセンサーが本契約に基づく会計報告または支払いを受け入れたとしても,ライセンサーは,その内容の正確さに異議を述べ又は疑義を呈することを妨げられない」

(8) Lessee shall be obligated to pay, and hereby indemnifies Lessor and its successor and assigns against, and holds each of them harmless from, all license fees, assessments, and sales, use, property, excise and other taxes and charges, other than those measured by Lessor's net income, now and hereafter imposed by any governmental body or agency upon or with respect to any of the Equipment.
(google訳)「賃借人は、測定されたもの以外のライセンス料、査定額、販売、使用、財産、消費税、その他の税金および費用をすべて賃借する義務を負い、これによりリースおよびその後継者を補償し、それぞれを免責し、 以下のいずれかの装置に関して、またはこれに関連して、政府機関または代理店によって現在およびその後に課された、Lessorの純利益による」
(試訳)「借主は,何らかの政府機関から本件機器に対して又は関連して,現在又は将来賦課されるリース料,課徴金,販売税,使用税,財産税,物品税,その他の税金及び料金(ただし,貸主の純利益を基準に査定されるものは除く)をすべて支払う義務を負い,それらのすべてについて貸主とその継承者及び譲受人をここに免責する」

(判例)
(9) Particularly because of the market’s network effects, the significant increase in Microsoft’s share of the browser market that will result in the absence of preliminary relief will tip the market in Microsoft’s favor and accelerate its dominance and competition’s demise.
(google訳)「特に,市場のネットワーク効果のために,ブラウザ市場におけるマイクロソフトのシェアが大幅に増加し,予備的な救済が行われなくなると,市場はマイクロソフトの恩恵を受け,その支配力と競争の崩壊が加速するだろう」
(試訳)「予備的救済がなければ,結果的にブラウザ市場でのマイクロソフトのシェアは大幅に高くなり,特に市場のネットワーク効果により,市場はマイクロソフトに有利な方に傾き,同社の支配的な地位は一段と強化され,競争の終焉が早まるであろう」

(解説文)
(10) Personal jurisdiction requires that the defendant reside or work in the state in which the lawsuit was filed, or have other clear-cut ties to the state.
(google訳)「個人管轄権は,被告が訴訟が提起された国に居住しているか,勤務していること,または国家に他の明確な関係を有することを要求しています」
(試訳)「対人管轄権の行使には,訴訟が提起された州に被告が居住しているか,もしくはそこで働いていること,またはその州と別の形で明瞭な結びつきのあることが必要である」

後記
google翻訳からは予想したよりずっとよい結果が得られた。ここに取り上げた英文は人がやってもてこずるような内容が含まれているため,出来が芳しくないという印象を与えるかも知れない。だが,比較的単純な文章や定型的な文章ではかなり信頼度の高い訳も少なくなかった。従来の機械翻訳で問題の多かった日本語自体の誤りなどもほぼ解消されているようだ。
 一方,うまくいかなかったのは無生物主語の文,分詞構文や挿入句,関係詞などの混じった文,そのほか日本語と著しく発想の異なる文など。こうした英文の翻訳は言語的な処理だけではおそらく困難で,翻訳者や通訳者がやっているように意味から意味に訳すような方式に転換する必要があるだろう。AI技術がどこまで人間の頭脳に迫れるかという問題になる。
 AIに完全な翻訳を期待するのは将来的にも無理としても,今の技術革新の速さを考えると下訳レベルならそう遠くない時期に十分可能になりそうだ。そうなればロボットに下訳を任せ,翻訳者は結果をチェックし完成品に仕上げるといった光景がありふれたものになるかもしれない。

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PC画面で見やすいフォントと画面の体裁

2018-06-06 16:28:47 | 情報
パソコンの画面を長時間見ていると目が疲れる。紙面に比べて何十倍も疲れるという医療関係者もいる。特に画面上で文章を書くときは一点を見つめやすいため余計に疲れ,近視や体調不良の原因になると言われている。翻訳者のように毎日画面に向かって文章を書く仕事は特に眼を酷使しやすいので,なるべく疲労の少ない環境で作業をしたい。
PC画面で文章を書くときはそれ専用の見やすいフォントを使いたい。フォントはWordに入っているものだけでも何十種類もあるため選択に迷うことも考えられる。しかし,翻訳はWeb制作や数表作成とちがって文章を書くのが仕事の中心なので,フォント選択の余地は少ない。以下,日本語と英語に分けて検討してみた。

日本語文を書くときのフォント
Windowsには標準書体として以前から明朝体が採用されてきた。明朝体は昔から日本語の標準書体として広く使用されているせいか,PC画面で文字を書くときもこれを使う人が多いようだ。明朝体は雑誌や新聞で広く使用されているように,本来は紙面上の印刷用書体である。明朝体の特徴は縦線が太く,横線が細いこと。起源は中国の宋時代(10世紀)にさかのぼると言われている。明朝体は太い縦線が視線を導くということから,縦書きの文章を読んだり書いたりするのに適している。字体がすっきりとして美しいことから,パソコンでプリントアウトするときはこの字体が使用されているようだ。
PC画面で読み書きするときは印刷書体よりもディスプレイ用に開発されたフォントが見やすい。ある程度線が太く,黒の線がくっきりと見えるフォントなら眼の負担も多少和らぐ。ディスプレイ用に開発されたフォントの一つに「メイリオ」がある。メイリオはかつてWindowsの標準書体として採用されたそうだが,視認性がよいことから今でも人気が高い。最新のWordバージョンにも入っている。メイリオは横組みの可視性を重視していることから,横書き中心の実務翻訳などでは利用価値が高い。メイリオにはVerdanaを基本に開発された欧文体のフォントも組み込まれており,日本語文の中に英文を併記してもちぐはぐ感が少ない。Wordにはメイリオの部分的な改良版としてMeiryo UIも入っている。

英文を書くときのフォント
欧文体のフォントは日本語のフォントに比べるとはるかに種類が多いものの,単純に英文を書くだけなら選択の余地は少ないようだ。PC画面上ではなるべく黒が鮮明に見える,ディスプレイ用に開発されたフォントを使いたい。CenturyやTimes New Romanは本来紙面印刷用の書体で,PC画面用に開発されたフォントではない。Centuryはよく英語の教科書に使われる書体で,Times New Romanは英国のタイムズ社が新聞用に開発した書体だ。どちらもすっきりとして美しいが,PC画面上では線が細かったり黒が鮮明でなかったりで,視認性が高いとは言えない。
ディスプレイ用に開発された標準フォントとしてはArialが知られている。線がある程度太く,黒がくっきりと見えることから,視認性が高い。画面用にはGeorgiaというフォントも広く利用されているようだ。ちょっと見ただけではArialと区別がつきにくいが,よく見るとGeorgiaは活字の上下端に細いひげ飾りの付いたserif体である。そのほか,マイクロソフト社がディスプレイ用に開発したVerdanaもWeb制作などに広く利用されている。こちらはsans serif体なのでひげ飾りがない。 文章を書くと多少横長になってしまうが,用途によってはこのフォントも見やすいと思う。

英文の体裁
英文を書くときはフォントのほかに両端の揃え方にも配慮したい。 翻訳レッスンのときに提出してもらう答案を見ると,大半は両端揃えで書いてある。英文を両端揃えにするのは書籍や新聞などの印刷物だ。両端揃えは全体としての見栄えはよいが,1行の語数に応じて単語と単語の間のスペースにばらつきが出るため,間延びした感じで読みにくい。画面上でも印刷でも,英文は左揃えにするほうがずっと読みやすい。会社間のメールや書簡は左揃えがもっぱらで,政府間の公式文書も左揃えで書くようだ。先日,米国大統領から北朝鮮の最高指導者に宛てた書簡が新聞で公開されていたが,やはり左揃えで書いてあった。
筆者はフォントの専門家ではない。もっと見やすいフォントが開発されているかもしれないのであれこれ試して,自分にいちばん適したものを使うに越したことはない。

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“no/not later than 10 days”, “within 10 days of”

2017-12-04 22:42:07 | 情報

英文の法律文書には期限の表現がひんぱんに登場する。権利や義務の発生,消滅に関わることなので意味や用法を正確に理解しておきたい。表題のidiomは最近扱った英文に出ていたものだが,英語圏のサイト上でも質疑応答の対象になっているぐらいなので,実際の運用面でははっきりしない部分もある。

1.“no/not later than 10 days”

“no later than”と“not later than”の違い
一般英語ではnoとnotの品詞の違いから意味は同じではないという意見もあるが,実用文ではどちらも同じような意味で使用されている。

“no later than”
(1) I’ll be back no later than 6 o’clock.(遅くとも6時までに)
(2) We'll need to know your decision no later than next week. (遅くとも来週中に)
(3) Republicans say they are going to vote no later than January 6th or 7th.(遅くとも1月6日または7日までに)

“not later than”
(1) Not later than December 31, 2013, a health plan shall file a statement with the Secretary’s office, certifying that the data and information systems for such plan comply with all standards. (遅くとも2013年12月31日までに)
(2) Not later than four months after entry of this Final Judgment, Microsoft shall submit to the Court and the Plaintiffs a proposed plan of divestiture.(この最終判決の登録後遅くとも4か月以内に)
(3) Not later than the 15th day of every month, Distributor shall provide Company with a three (3) month rolling forecast of orders showing Products requested.(毎月遅くとも15日までに)

以上の例でも明らかなように,“no later than”は日常な文書に使われる表現で,これに対して“not later than”はもっぱらフォーマルな文書で使用される。法律,規則,契約書,論文などでは“not later than”が好まれるようだ。形式張った文章には強調的なnotのほうが相応しいということかもしれない。
ただ,法律文でも“no later than”を使用した例はかなりある。例えば,
Payment of royalties shall be made to Licensor no later than the thirtieth (30th) day after the end of the period to which the payment relates.
このように,使用分野によって明瞭な線引きがあるわけではないので,正式文書でも“no later than”を使って問題はないようだ。
なお,以上のことは”no/not more than”でも同じことが言える。


2.“within 10 days of”(“within x number of days of a certain date”)

このidiomは次のように使用される。
(1) The other Party shall, within thirty (30) days of the service on it of a Conciliation Notice, give a written response to........(送達を受けてから30日以内に)
(2) within one business day of the time of notice thereof.(通知があったときから1営業日以内に)
(3) within ninety (90) days of the establishment the Subsidiary.(子会社の設立から90日以内に)

“within 10 days of (a certain date)”は2つの意味に解釈できる。一つは「特定日の前の10日以内,つまりwithin 10 days before」,もう一つは「特定日の後の10日以内,つまりwithin 10 days after」。その理由はofにある。ofはもともとoffと同じ「離れる」が原義なので,beforeでもafterでもどちらにも解釈できる。どちらの意味で使われているかは前後の意味を調べ,常識的に判断することになる。米国政府機関では通常,”of the date”を”after the date”の意味で使用するという。
実務の英文を書くときは曖昧にならないよう注意したい。基本的には“within 10 days of”が英語の発想とされているが,もし誤解が生じるようであればofに代えてbefore,after, prior to, followingといった前置詞を使用するのが間違いない。内容によっては“no (not) later than”を使って書き替えることもできるが,文体としては“within 10 days......”が好まれるようだ。

主な参考文献
Merriam Webster(サイト)
A Dictionary of Modern Legal Usage (Second Edition)

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“For Beautiful Human Life”は問題ありません

2017-06-02 22:41:32 | エッセイ
「モットー」としての英語

 ネット上で調べ物をしていたら”For Beautiful Human Life”という英語が目に入った。検索してみたら,まだ多くのサイトでこの言い回しを話題にしているのに驚いた。しかも,ほとんどがこの英語の間違いを指摘するサイトばかりで,これも驚きだった。
 この英語は昔,日本の大手化粧品会社がTVコマーシャルの中で使い始めたキャッチフレーズで,当時話題になった。ところが,日本在住のネイティブスピーカーの間から英語が間違っているという指摘が出始め,それが理由かどうかはよくわからないが,いつの間にか使用されなくなった。当時,この英語のどこに間違いがあるのか興味があったので雑誌記事などをいくつか調べてみたが,ネイティブによって意見が必ずしも一様ではなかった。lifeにbeautifulを付けるのはおかしいとか,human lifeは「人命」だからナンセンスだとか,はっきりした理由がわからないままに,ほとんど忘れかけていた。
 その後,今から15年ほど前,日本で英語を教えている米国人の先生方と交流する機会があったときに,”For Beautiful Human Life”を思い出し,どこが間違っているかを聞いてみた。一人だけ,30年も日本に住んでいるという人は「特におかしいとは思わないけれども」という返事だったが,ほかの人はおかしいと言う。しかし,どこが間違いなのかそのときも納得のいく答えは得られなかった。ネイティブの間では元々こういう言い方はしないのだろうという程度の認識に終わり,疑問の解消には至らなかった。
 ちょうどそのころ,都内の会社から商談の通訳を頼まれたことがあった。相手が米国東部のインテリ社長と聞いて,これはよい機会と考え,個人的にこの問題を聞いてみることにした。答えはすぐに返ってきた。「この英語はまったく問題ありません」という。「これはスローガンやモットーなので,どんな言葉を並べてもよい。何の問題もない」。同行のもう一人の幹部も全く同じ意見だった。眼からうろこのような思いがけない答えにただただ驚き,霧は晴れた。

造語としての日本語

 しかし,これですべてが解決したわけではない。英語として間違っているという指摘をどう考えるかだが,そもそも英語を基準に判断していたところに問題があったのではないだろうか。このコピーは英語ではなくむしろ日本語として理解すべきだろう。英語をベースに造られた日本人向けの造語なのだ。こうした造語は,もう一つの外国語である漢語の世界ではいくらでもある。日本では近代に入ってから西洋文化を移入するときに言葉の翻訳の必要から,漢語を使って造語することが盛んに行われた。中国はまだ近代化していなかったため,中国の漢語を拝借することができず,漢字を組み合わせて言葉を造った。現在,日本や中国で使われている学術用語や実務用語の多くは日本で造られたものだ。英語は漢語に比べると日本に持ち込まれてからはるかに日が浅いので,まだ消化されるにはほど遠い状態だが,遠い将来,もしかしたら"beautiful human life" が英語圏に移入されて日常的に使用されるようになるかもしれない。
 ”For Beautiful Human Life”は日本語であればこそ日本語の語調と合い,どことなく品のよい音調効果もあって女性の心を捉えたのではないだろうか。


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翻訳は英語力

2017-05-31 23:17:03 | エッセイ
 実務翻訳の検定試験で採点を依頼された。英文和訳の答案が30件ぐらいあったが,誤訳が多かった。誤訳を見つけるのは比較的やさしい。文章がうまく書けているようでも話の辻褄が合わない部分はたいてい誤訳と考えてよい。翻訳の勉強を始めて当分の間は,自分の訳文がうまく書けているかどうか気になるものだ。しかし,情報伝達という実務翻訳の目的を考えると,文章の善し悪しよりもまず原文の内容が正確に理解できているかどうかに注意を向けたい。
 原文が正確に読み取れない主な原因は内容に対する知識不足と英語力の不足にあると思われる。このうち,知識不足はそれほど大きな問題とは思えない。多少時間はかかるかもしれないが,市販の参考書やネット情報などを利用すれば相当な知識が得られる。それに,本当に専門知識が必要になるのは限られており,かなりの部分は一般知識と想像力で理解できることが多い。たとえ文章が複雑であっても論理の展開を丹念にたどっていけば,原作者の意図はおよその見当がつく。これに対し,英語力が不足すると,いくら知識があっても論理の道筋が正確にたどれず,結果的に不正確な訳をしてしまう。

英語力の強化法

 翻訳に必要な英語力は英文の構造が正確に把握できること。内容がわかるかどうかは二の次である。私たちが日本語を読むとき,内容がわからなくても文の構造は即座に把握できるのではないだろうか。英語でもそれと同じようなことができれば英語力は十分ということになる。
 英語力を強化するには基本的に英文をたくさん読むことが必要だ。仕事で扱う英文や興味のある英文なら大して苦にはならない。ただし,英語の検定試験に出るようなコミュニケーション英語ばかりでは全く不十分である。翻訳では論理的な読解が中心になるため,多少むずかしい英文にあたり,内容や文の構造を隅々まで理解するような気骨の折れる努力が欠かせない。
 英語力の強化には読むことのほかに,英作文や英訳の練習が有効なことも強調しておきたい。英語を書くことよって英語の仕組みがよく見えてくるので,英語力は確実に向上する。実務翻訳には和文英訳という仕事もある。英語が書けると仕事の範囲も格段に広くなる。

 参考までに,採点した試験問題の中で特に誤訳の多かった部分を一つだけ紹介し,問題点を指摘しておきたい。
This Agreement does not establish or constitute Spansion as AMD's representative or agent for any purpose other than the marketing, sales and customer support of Products in furtherance of AMD's rights and responsibilities under the Distribution Agreement.
 これは米国の代理店契約の一節で,名詞中心の典型的な法律文である。簡潔でわかりやすい日本語に訳すのはそう簡単ではないが,英語自体はむずかしいところはほとんどない。契約書の前文に記述された契約締結の経緯は,大まかに次のようになっていた。
 「これまでAMD社とスパンション社は販売代理店契約を締結し,AMD社がスパンション社の製品を代理店として販売してきたが,こんど代理店契約を解消することにした。そこで,AMD社が行っていた代理店業務を担当従業員も含めてすべてスパンション社に移行し,スパンション社が引き継ぐ。ただし,AMD社は,移行期間中まだ従来の顧客に対して製品納入など一定の義務があるので,移行期間中,今度はスパンション社がAMD社の代理人としてそれらの義務の一部を継続して実施することにした。そのためには,両社の権利と義務をどのように分担するかを取り決める必要があるのでこの契約を締結する」
 以上のような前提を理解した上で上記の英文を見ると,ほぼ次のように訳せる。
 「本契約は,いかなる目的においてもスパンション社をAMD社の代表者又は代理人に指定又は指名するものではない。ただし,販売代理店契約に基づくAMD社の権利と義務を実行するために本製品のマーケティング,販売及びカスタマー・サポートを行うときは,この限りでない」。
 受験者がつまずいたのはin furtherance of AMD's rights and responsibilities以下のかかり受け。この部分を述語動詞のestablish or constituteに引っかけて訳してしまったことである。
 英文がよく理解できないときは,一般に意味と文法の2面からアプローチする。in furtherance of以下を述語動詞に引っかけて解釈しても意味をなさないので,述語動詞を修飾していないことは明らかである。では文法的にはどうか。述語動詞を修飾していると解釈するのは文法的にはおかしくないが,前置詞句は形容詞としての働きもする。直前のmarketing, sales and customer support of Productsを修飾していると解釈すると,全体の意味がすっきりと通じる。この部分を理解するには,in furtherance ofの前に例えばmadeを補い,分詞句として考えるとわかりやすい。
 文の構造にも注目したい。法律文では誤解の余地をなくすため,修飾語と被修飾語を極端に離れた位置に置くことはめったにない。文の構造がどうなっているかも文意を理解するときの重要な手がかりとなる。
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