冨田敬士の翻訳ノート

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日本語文章の書き方-短文という表現形式

2012-11-16 22:23:37 | エッセイ
 先日,日本語文章の書き方をテーマにセミナーで話しをする機会を得たので,その準備のために実用文の書き方の本をあれこれと通読し,参考になった。この種の本は芸術文の指南書と同様,かなりの数が出版されていることがわかった。著者はジャーナリストや学者,実務家,作家などいろいろな分野に及んでいるが,共通しているのは「短文の薦め」であった。誤解がないよう最初に定義すると,文とは主語と修飾語と述語で構成された,句点(。)で終わる一つの文という意味で,文が集まってできる文章ではない。文は確かに短い方がよく通じる。情報伝達を主目的とする実用文書,例えばレター,論文,契約書,報告書,法令などには原則として短い文が適していると筆者も考える。

正確な情報伝達

 日本語は普段,何気なく読んで理解したつもりでも,細かく意味をとろうとすると正確に理解できないことがよくある。英語に訳すときは,原文の真意を理解するのに相当な時間とエネルギーを取られてしまう。わかりにくさの原因は,主語が不明瞭,省略が多い,語句のかかり受けがはっきりしないなどいろいろあるが,こうした問題を改善するには一文の長さを短くするのが効果的だ。実用的な短文なら特別な文章修行をしなくとも,比較的書きやすい。要は,一つの文に情報をあれこれ詰め込まないことである。
 日本語の大きな特徴は,語順が自由なことと,述語中心の構造になっていることである。語順が自由だと自分の好きなように書ける。だが,語句のかかり受けが曖昧になりやすい。日本語は述語が最後に来るので,文の意味は文末にならないと完結しない。一方,修飾語は必ず述語の前に置かれるので,一文中の情報が多くなるに連れて述語はどんどん遠ざかる。その結果,主語と述語の関係や語句の修飾関係が怪しくなり,意味が不明瞭になりやすい。長文の日本語で意味を明瞭に伝えるためには相当な訓練が必要だ。これに対して,英語は冠詞や代名詞,関係詞,分詞句など言葉の関係性を明確にするツールがいろいろと用意されており,文をどんなに長くしても,意味が不明瞭になることはあまりない。

字数について

 短文にする場合,一文の字数はどのくらいが適当かという問題がある。筆者が調べた限りでは40字から60字くらいに抑えるのがよいという専門家の意見が多かった。文芸の世界では,短文で知られた志賀直哉の小説が平均30字を少し超えるくらい,朝日新聞の天声人語は30字前後で書かれているという。短文を書くときに注意したいのは,単調な文章にならないようにすること。そのためには,一文の長さを長くしたり短くしたりして変化をつけるのがよいと思う。
 日本語の翻訳文では字数を制限することにはあまり意味がない。訳者が原文の形式を勝手に変えるわけにはいかないし,字数の多い専門用語やカタカナ語を使う必要も日常的に発生する。といっても,長文に訳すとどうしても前述のような問題が起きやすいので,なるべく短くするに越したことはない。最近,実務翻訳を勉強する人たちの中に比較的短めの文を書く人が増えているようだ。達意な訳文の書き方を工夫するのはよいことだ思う。

短文で発信力を強化する

 短文は以上のような技術面のほかに,思考の整理という効果もある。日本語の発想は英語の発想と極端に異なる。前述のように,日本語は述語で初めて文が完結するという構造になっているので,最後まで読まないと,聞かないと,言いたいことがよくわからない。肯定も否定も文の最後で決まる。この点,英語の文は最初に主語,動詞,目的語が来て,これに新しい情報が加わりながら展開する構造になっており部,文の途中で切っても意味が成立する。思考がまとまりながら論理的に展開する仕組みになっている。日本人が英語を書いたり話したりすることを苦手とするのは,こうした思考プロセスの違いとも大いに関係があるように思われる。では英語の論理思考に伍していくにはどうすればよいか。答えの一つは「短文」である。思考を短めの文でまとめながらつなげてゆく。多少訓練は必要かもしれないが,英語での発信にもきっとよい効果があると思う。
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