時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

君思えども見えず 4

2010-11-25 08:25:19 | やらへども鬼
 夜が明けて、家に帰りついたゆりが、朝食を取り、眠りに就いてすぐのこと。
例の奥方の実家から謝罪の使いがやって来て、叩き起こされてしまった。



 どうせ、御簾内にいるのだから、向こうから姿は見えない。侍女のまとのに適当に、応対させておけばいいものを・・。
 方違えと言っていたから、まだ、別邸かと思ってそちらへ行ってみたら、もう、自邸へ戻ったと聞いて、慌ててこちらへやって来たらしい。
水干姿の年配の家司は、疲労気味の顔だ。
昨日の姿が思い出されて気になることもあり、ゆりは仕方なく起き出して、謝罪の言葉を聞いている。
庭先にいる兼雅の奥方の使いだという家司が、大納言の姫に対し平謝りに言葉を連ねるのを聞いていた。
「どうか、このことはご内密に。」
 ゆりが御簾の向こうに座っているまとのに耳うちする。まとのが頷いて。
「姫さまは、気にはなさっていませんと、申されています。乱暴をされたと言われても、衣装の裾が少し破れただけでございます。姫さまのご夫君が傍に居られたので、少し驚かれた程度で、それほど恐ろしいことだったとも思わなかったそうでございます。ご夫君が、何より、しっかりと抱いてくださったので、却って得した気分でしたわ♡・・・と言うことですわ。そちらさまの様子の方が心配です。」
 まとのが姫君付きの女房らしく扇をちゃんと翳して、優雅な物腰で応対しているが、口調は、微妙に彼女の性格が出てる。そこまで言ってないわよ、そのマークのついた浮かれた言葉は何?と、ゆりは、眉間に皺を寄せている。
「おやさしいお言葉を、ありがとうございます。お方さまもあれから、少し落ち着かれました。お互い、見て見ぬふりとおっしゃっていただきましたが、それでも、お詫びの一言ぐらいはと、気を取り直して、まずは、一番に私に、御指示をなさったくらいでございます。」
 御本人の指示?ゆりは、目をしばたたく。兼雅の奥方は、生真面目な性格のようだ。謝りにやって来た家司も実直そうだ・・。
ゆりが、扇をぱちんと鳴らす。
御簾内には、侍女ならぬ、式神の真白が現れて、文机をゆりの前に置く。
さらさらと、筆を走らせて、墨が乾く間、ゆりが、いつもより高めの声で作り声をし、
「そのまま知らぬふりをしていても、良いものを・・きっと、誠実なお方なのね。それに、取り乱してはいらっしゃったけれど。美しい方でしたわ。普段は、可憐な感じではないかしら?そんな方を泣かせるなんて、従兄弟どのも困った方ね。」
 ゆりの声を聞いて、まとのが扇の影で、笑いをこらえている。
隣で、ぽてっと座ってる真白などは、お姫様モードのゆりに、目を見開いて、驚愕の表情を浮かべている。
 それに、彼女は苦笑しながら、使者がかしこまって、返事をするのを聞いた。

「・・・私も、軽々しいことをしたのですもの。てっきり、従兄弟どのの所有だと思っていたから、あの場所をお借りするのに、断りもしなかったもの。ねえ、あのお屋敷が噂になっているの、知っている?」
「は・・はい。お方さまはご存知ありませんが・・。」
 水干姿の家司は、少し驚いている。
「私、そのお話を聞いて、本当なのか見てみたいって、宮に我がままを言ったの。従兄弟どののお宅でもあるし、宮と親しくなさっている中将さまは、兼雅さまとも親しいから、無理を聞いて頂いたの。」
 家司は、一生懸命眉をよせないように、顔をつくってる。変わった姫だと思っているのだろう・・。
「・・常識はずれなことをしたのは、私も同じですわ。ね。どうか、もう気になさらないで・・と、お方さまに、伝えてくださいね。」
 文を御簾の下から差し出し、まとのがそれを家司に渡す。
「あ、そうだわ。怪のものは結局見られなかったけれど、もし、それでお困りなら、お隣の陰陽師を頼るといいですわ。昨日も実は、ついて来てもらって、あの屋敷にはいたのよ。女の方ですし、私も気易く頼めるので、つい頼りにしていますの。・・そちらさまも、懇意にされている方ぐらいはおありでしょうけれど・・・。」
「左様でございますか。私の一存で、決められるようなことではございませんが、何かありました時は・・と。御好意はお伝えしておきます。・・このあと、宮さまへも、御挨拶に伺いたいのですが、突然伺ってもよろしいものでしょうか?」
「・・・お気持ちは、私から伝えておきますわ。それではいけませんか?」
「しかし・・・。」
「あちらは、どなたも出入りはなさっておりません。中将さまは、院に度々様子伺いを御下命されていらっしゃるので、その縁で親しくなさっておりますけれど、色々なことがありましたもの。宮も、権門の方々とのお付き合いは、できるだけ控えていらっしゃるのです。その・・微妙な立場のお方ですので、どうか、その辺はご配慮下さい・・と、お方さまに伝えてくださいね。」
 うむを言わさない断りの文句を聞くと、家司も頷いた。
「・・・では、姫さまのお優しさに甘えることにいたします。朝早くから、庭先を騒がせて申し訳ありません。」
 家司が帰って行った。



 帰っていった後、まとのが御簾を上げながら、にやにやしている。

「ゆりさま。もう、横にならないんですか?」
「目が冴えちゃったわよ。それより、まとの、その顔、何とかならないの?」
「だって~!何だか、嗜みある姫君モードでとっても楽しかったですぅ。高貴なお姫様・・もとい、お方さまか・・と、それに仕える女房。ああ、夢みたい。大納言さまが、居合わせたら、きっと泣いて喜ばれますよ~。」
 扇の影の笑いの原因は、そっちか・・。相変わらずね。
「泣いて・・はないわよ、きっと。どっちかっていうと、真白みたいに、驚くとはおもうけれど。でも、いたら、直に口は聞けなかったでしょうね。」
「それも、そうですね・・。それにしても、浮気者の夫君って、大変ですね。雨水さまは、大丈夫ですよね?」
「・・・・・まとの。」
 ゆりは、ため息をつきつつ。
「まあ、うちの父上だって、母上一筋と口では言ってるけれど、叩けば埃でてきそうだし・・兄上なんて、付き合ってる人たくさんいそうだものね。雨水だって、まじめそうに見えても、安心できないかも。」
「ゆりさま。意外と冷静ですね。」
「今は、想像だから、でしょ。私だって、とりみだして、平手をお見舞いしたりするかもよ?」
「・・・さぞかし、派手にやりそうですね~。そうならないことを祈るばかりです。」
 どんな修羅場を想像したのか、まとのが、ぞっとしない顔で、額に手をあてている。ゆりと顔を見合わせて、くすくす笑う。
それから後は、いつものように時間が流れ、午後も、まとのと他愛ないおしゃべりをしていた時だ。ふいに、その辺の床に座っていた真白が、耳をぴくぴく動かす。
「主。客人だ。」

 ちょうど、そこへ、紫野が入って来た。彼女が口を開く前に、真白は姿を消す。
 ゆりが。
「紫野。戻っていたの?」
 普段、この屋敷の女房をまとめている、彼女は、昨日休みを貰って、実家に戻っていた。
「はい。用が思いの外早くすみまして、急ぎ戻りました。」
「たまには、のんびりしてきてもよかったのよ?この屋敷には、女房たちも少ないから、紫野には、いつも負担を掛けているのだもの。」
「いいえ。何だか、ぽっかり時間が空いて、どう過ごしていいのか、困ってしまって・・。それで、早く戻って来てしまいましたわ。」
「そう。私は、助かるからいいけど・・。ところで、慌ててどうしたの?」
「そうでした。ゆりさま、念の為、寝殿から、西の対にお移りください。今、お客様がいらして、東の対にて、応対しております。大納言さまは、今日はこちらへは来られませんからと丁重におもてなしして、帰っていただきますが、ひょっと、悪戯心を出して、こちらへ足を向けられるかもしれませんので・・・。」
「何で、父上を訪ねて、別邸の方へ?」
「ええ、ですから・・・・。」
 まとのが、大きく頷く。
「紫野さん。もしかして、ゆりさまが、目当てとかですか?」
「大納言さまも、最近は、こちらで過ごされることが多いので、そうとも言い切れませんが、可能性は、あるかと・・。」
 ゆりが、首を捻る。
「誰?」
「大納言様には、甥御のひとり、ゆりさまには従兄弟にあたられる兼雅さまでございます。」
「・・・・・・・。」
 ゆりと、まとのは顔を見合わせる。まとのが、はっと気がつき、あわてて廊下にでて戻って来ると、部屋の御簾をおろし、外からの視線を遮って行く。

「紫野さん。もう、移動は、間に合いません。」
 応対していた新米女房が、泣きそうな顔で、兼雅とおぼしき公達のあとをついて、渡り廊下をこちらへ向かってくるのを確認したまとのは、
「萩野さん、人には、気が弱いからな~。押し切られちゃったみたい~。」
「まあ、たいへん。まとのさんは、御簾のうちで、ゆりさまの傍で控えていてくださいね。さすがに、御簾のうちにふみこむことはないでしょうが、外で、兼雅さまには、私が、応対しますわ。」
「はい。」
 まとのは、几帳をどんと、ゆりのそばに置く。
「ゆりさま。念の為、几帳をそばに置いておきますね。ずっと陰にとは申しませんが、風で御簾が揺れたりすることもあるので、その時は、大人しく中へ入ってください。中将さまみたいに、物わかりの良い方ばっかりではありませんから、お仕事のためにも、姿を見られないでくださいね。」
「わかってるわ。」
 ゆりが、近くに放り出しておいた扇までも拾って、まとのは手渡す。ゆりは、半分開いた状態の扇を手に、外のようすをのぞき見る。
 紫野が、外縁を示しながら。
「ご夫君も、父君も、留守の時でございますから、失礼ですが、兼雅さまには、こちらの外縁にて。ご親戚ではございますが、姫君さまの、対面のこともございます。どうか、御遠慮くださいまし。」
 これ以上は、立ち入ることまかりならない。・・そんな感じで、紫野は、うむを言わせず、兼雅を押しとどめた。紫野が言ったことは、常識として当たり前の言わずもがなのことだ。わざわざ言ったところから、この兼雅という男の人となりが想像できて、ゆりは、注意深く、御簾のむこうを観察してみる。
少しばかりその態度が不満だったのか、頷きもせず兼雅は、外縁に陣取り、薄い笑みを浮かべた。すぐに、気を取り直すと、御簾のうちに話しかける。
「はじめまして・・というべきか・・。どうも、型どおりのあいさつを述べるのも、間が
抜けているな・・。叔父上が、こちらにおられると思い、謝罪にやって来たのだが、今日は戻られぬというから、直に、姫君に昨夜のことをひとこと謝っておこうと思って・・。」

 不思議そうにしている紫野に、まとのが御簾内から事の顛末を囁いている。
 紫野が、頷き。
「姫さまから・・でございます。今朝、そちらさまから、家司が参って、とても申し訳なさそうに謝っていかれました。ですから、もう、そんなに、お気になさらずとも結構でございます。」
 これにて、おひきとりを・・と言わんばかりの紫野を、あっさりと無視し、兼雅は。
「いや。家の者が、謝罪に来ていたとは知らなかったが、まあ。ひとこと、私からも詫びておくのも筋だと思う。妻の悋気にも困ったものだが、姫も、身内を差し置いて、中将と悪ふざけに参加するなど、どうかと思うぞ?言って下されば、私が、迎えをやって見せて差し上げたのに。・・しかし、わざわざ、恐ろしい思いをなさりたいなど、変った方だ。」
 紫野が。
「お言葉ではございますが、兼雅さまのご友人の方々は、皆、女の方を連れていらしたのではないですか?その方たちも、同行を望まれたのでございましょう?」
「まあ、そうだな。退屈しのぎだよ。」
 薄い唇。形の良いそれが、笑みを造る。穏やかに、笑っているのだが、なぜか酷薄な印象だ。兼雅は、くるりと首を巡らせて、庭を望み、目に映る景色を楽しんでいる。
きちんと冠をかぶった頭の、こめ髪が少しほつれ、風がふくと、ゆらゆら遊んでいる。衣装もきっちりといった印象ではなく、首のところなど、微妙にゆるく調整して着ているようだ。わざと着崩してる、けれど、だらしなくならないような、微妙な調整だ。その着崩し加減のせいだろうか・・何とも、不安定な気持ちを呼び起こす。
斜陽の貴公子。実際には、参議といった閣僚の仲間入りをして、成功者であり、年も、青年と呼べる年ではない。
御簾内から、じろじろみる視線があることを、彼は知ってか知らずか・・風情を醸し出しているところを見ると、計算しているのは確かだ。
御簾で遮られているから、こちらからの視界が悪いということはなく、御簾を透かして、昼間なら、明るい外の方は案外よく見える。外からは、暗い室内の、こちらの様子は窺えないから、便利といえば、便利な、隔てだ。
なるほど、ひっかかる女がいるはずだわと、御簾内で、ゆりが、傍らの侍女のまとのに囁く。「姫さまの言うとおり、美形だけども、性格悪そうですわね。」と、まとのも、すぐに肯いた。とは言え・・。
二人の女の心を騒がせる男となると、やっぱり、好奇心は刺激されるのは、人の子の常。
向こうから、姿が見えないのをいいことに、ゆりは、遠慮なく観察している。
美形ではある。細面で女性的といってもいい印象の整った顔。
女のように、紅い唇の色が、なまめかしさを伴う。
線の細そうな全体の印象が、つい気を惹いてしまうみたいな・・・。落ち着いた年齢に、差しかかってきているので、線の細さのマイナスイメージが全面に出て来ることはないのだ。彼は、早々に立ちあがって暇を告げないのも、ばたばた下々のように振舞うのは好くないと思ってるのか、あるいは、女性のもとを訪れてすぐに退散するのは社交辞令的にも失礼だとでも思っているようだ。
う~ん、結構おじさん・・かな。うちの、兄上のほうが、男らしくて、上だと思うけどと、ゆりは、評価した。もちろん、雨水と比べるなど、もっての他。雨水は、こんな薄情そうな御面相はしてないもんね。と。見えないのを好いことに、イ~っと、顔を歪めてみる。空気読んで、さっさと帰れよ・・と。

そんな、御簾の内の様子は、まったく伝わらず。

彼は、その調子で、のほほんと腰を落ち着け、二言三言、言葉を挟み、あろうことか、話題を他にもっていき、そのまま、そこに居座っている。
尚も続く不毛な会話・・口を聞いているのは紫野だが。

さすがに、いらっとしてきたゆりが、そっと宙に向かい。「真白。」と呼ぶと、白い兎の姿をした式神がすっと姿を現した。
「父上か。兄上。呼びに行って。他の人に姿みられないでね。」
「らじゃ。・・あいつを追い払いたいのだな?」
「そうよ。早く。」
 本当なら、直に、昨日の一件を呼び寄せたのはあんたの無軌道な生活だ~。と。説教してやりたいくらいだが、さすがに、公卿の家の娘としてそれはできない。いくら、わがままいっぱいに育ったって思われていたって、普通、良家の女は親しくない者に声を聞かせたりしない。・・・わがままいっぱい・・?あ、そうだ。それだわ。ゆりが、口を開きかけた時、ちょうど、庭から兄の時貞がやって来た。
「お兄さま!いらしたの?」
 うれしそうな弾んだ声は、甲高い子供ぽっさが出ていたらしく、縁に座っていた兼雅が、ふ~んという感じで、御簾の内をちらりとうかがう。彼は、少し興ざめといった風情で、さりげなく視線を逸らした。・・・よし、成功だわ。ゆりは、にまっと笑みを浮かべる。
 縁に近づいて来た時貞の口元には苦笑が浮かんでいたが、もちろん扇で隠れて見えない。
「兼雅どの。何故こちらの別邸へ?・・妹とは、面識がありましたっけ?」
 時貞が、型どおり、目上の兼雅に挨拶をしたあと、訊ねる。何も知らぬげな様子に、兼雅が、
「・・・急ぎ、叔父上にお目にかかりたいことがあって、本邸にはいらっしゃらないから、こちらへお邪魔してみたのだが。」
 君は何でここに来たの?と、問いたげな目へ、時貞は微笑して。
「そうですか。・・ねえ。姫。また、やんちゃしたようですね。」
 御簾の内へ、声をかけて、兼雅に向きなおり、
「昨夜のお出かけのことが、父上の耳に入ったようですよ?おっつけ説教しに、やって来るから、今から弁解を考えておけよって、知らせてやろうと思って、私は先にやって来たんだが。」
「お、お兄さま~!そ、それほんと?どうしましょう!ふえ~ん・・・。」

 かわいらしく返事はしているが、半分は本音だなと、時貞は打ち合わせなくゆりの話に合わせてやりながら、兼雅をここから追い払う機を狙ってる。
「いつも、考えなしに軽々しく行動なさるからですよ。あきらめて、しばらく怒られてなさい。頃合いを見計らって、助け舟は出してあげますから・・・。」
 時貞と、姫のやりとりを聞いていた兼雅が。
「随分、妹に甘いね。大納言家の対面を考えたら、叔父上がお怒りになっているのもわかる気がするが・・。」
 う~ん・・と目をつぶる時貞。扇で口元は隠れていた。
「わかってます。つい、甘くてしょうのない兄なのです。が、兼雅どの。今回は、あなたも父の身内としての、お小言や、多少の嫌みのひとつは覚悟しておいてください。色好みが、悪いわけではありませんが、例の方とのこと、随分、聞き苦しい噂も出回ってますよ。」
 冗談めかしていたが、兼雅を正面から見ている目は笑っていない。
兼雅は、本当のところは、女にうつつをぬかしていたのではない。仕事上旗幟を瞭かにしたくないことがあってそれを口実に、出仕をサボっていた・・ということも、時貞は見抜いている。と、相手の表情から、読み取る。兼雅は、煮え切らない表情で呻った。
「う・・む。」
 御簾内から、ゆりが頓狂な声をあげた。
「そうですわ!奥方が、かわいそうよ!あんなに、きれいな方なのに!間違いとわかって、お帰りの時は、今にも儚くなってしまいそうな風情でしたわ。家へお帰りになったら、ちゃんと、優しくしてあげてよ。文句言ったりしないでね、兼雅どの。」
 わざとらしく、こどもっぽい我がまま姫の話し方はしているが、気持ちは本当だ。
 兼雅は、苦笑いをしつつ。
「それはもちろんですよ。妻は、魅力のない女ではありませんから・・気持ちが冷めたというわけではありませんからね。・・・姫には、迷惑をかけたおわびに、少しなりとも、叔父上に先に釈明をして、怒りを和らげる努力をしておきますよ。・・おや?外が騒がしい。もうお着きになったようだよ。では、先に通された部屋で、叔父上を待つとしよう。」
 あっさりと立ち上がり、廊下を元の場所へと去って行った。

 見送った時貞が、外縁に腰かけ。

「やれやれ、あっさりと行ってくれたか。何とか、ゆり姫にも興味を持たれないですんだ。」
 ゆりが、御簾を手で持ち上げて、顔を覗かせ。
「色気があるとか、人妻らしい落ち着きとか・・・そういうイメージを持ってたんじゃないの?キンキン声で、地を出したら、興ざめって、単純。」
「ま、性格はあんまり関係ないからな。あの人は。趣味が悪い。・・・と思うよ。それにしても、気をまわして、早くやって来てよかった。」
「え?真白と、会わなかったの?」
「あのうさぎ君かい?いいや。仕事中に、頭中将に呼びとめられて、兼雅どのがずいぶんゆり姫に興味を示していたから、しばらく気をつけたほうがいいんじゃないかって、教えてくれたよ。」
 騒ぎになったので、中将も兼雅に詳細を伝えなくてはならなかったらしい。例の陰陽師を連れて、都合よく興味深々だった宮の奥方と、宮に、おとりをやってもらうつもりで、取り計らったのだと説明した。その時の、兼雅のようすが、さわぎの内容よりも、最近結婚したばかりの姫の話ばかりを詳しく訊いていたのだろう。

「あ~。何だかねえ。懲りない感じの人だったわね。・・・兄上も、あの兼雅さまみたいにならないように気をつけてね。鬼を呼びこんだのは、あの方のせいだもの。」
 時貞は、神妙な顔で頷く。実のところ、そんな恋のどろどろ、三角関係というものは、兼雅のなかで、成立していないくらいの構図なんじゃないか・・というのは、口にしない。かわいい妹に、政策のあれこれ、大人のきたない世界は、なるべく、聞かせたくないので、ゆりには、ごもっとも・・!と、いう顔をして、首を縦に振っておく。
「・・その時は、身内に腕のいい陰陽師がいるから、祓ってもらえるのだろう?」
と。時貞は、何も考えてないふうに、しれっと、笑う。
「・・・・・・。兄上も、懲りない人・・・?父上も、大丈夫かしら・・・。」
「・・それは、問題なく大丈夫なんじゃないか?」
 眉がハの字になりそう・・。力の抜けた表情で、ゆりは、ため息をついたが、廊下に人がやって来る気配がして、そちらを向く。大納言がこっちへやって来る。
「兄上、今のは内緒ね。」
「ああ。」

 時貞がふっと笑い。近づいて来た大納言がいぶかしげにしている。
「父上。お小言を言いにやってこられたの?」
「・・まさか。本当にお遊びでやってたことじゃあるまい。大体の事情は、把握している。とっさのことだ。中将の機転も、我が家の娘と宮と明かしたのは、それ以上の詮索を避けるためだったのだろう?知り合いの、陰陽師夫婦では、依頼したのが兼雅だと明かした上で、他の者たちの私事も話さなくてはならなくなる。」
「よかった~。また、和歌の写しをやらされて、一日中部屋に籠って、お作法を~なんて、言われたらどうしようかと思ったわ。」
 ゆりが、思い出したようにうんざりした顔をしている。大納言は、機嫌のいい顔で。
「せっかく早く帰宅したのだ。時貞も、いる。桔梗も向こうから呼んで、庭の秋の風情でも楽しもうじゃないか。・・・雨水どのは、今日は?」
 庭に配した萩の赤と白が見事に咲いてる。
「宿直ではないから、何もなければ、まっすぐ戻るって、言ってたわ。」
「そうか。じゃあ、そのうち顔を見せてくれるな。時貞、今日は、ゆっくりしていけ。」
 大納言は、紫野たちに、ちょっとした酒肴を用意するようにと命じる。箏や琵琶も出しておくようにと付け加え、その日は、家族団欒の宴だ。雨水が加わった頃には、ゆりも朝からのわずらわしさをすっかり忘れてしまった。


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