時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

花ぬすびと 13

2010-06-11 08:40:06 | 花ぬすびと
 何刻だろうか。もうそろそろ、起きている人も少なくなりかけた時、庭先から、遠慮がちに声がかかる。
「兵衛佐どの。」
 満春だ。呼ばれた兵衛佐は、彼にすがり泣いていた梨花は、眠ってしまったので、そっと足音を忍ばせ、外縁に姿を見せる。
「すまないが、ちょっと出て来る。気になることがあって、声をかけずに行こうかと思ったんだが・・。」
「気にするな。それより、こんな夜中に一人で出歩いて、盗賊に出くわさないか?」
「物持ちには、見えないし大丈夫さ。それに、効くか効かないかはっきりしないんだが、伯父貴特製の護符を使うから・・。」
「隠行の術とかいうやつ?」
「・・いや、たぶん、難に遭う前に、何となく、自分で道を違えてしまうというものだと思う。見えてないって、わけじゃないのは立証済みだけど、どういうわけか、やたら遠回りしてしまったりすることがあるから、たぶんそうじゃないかと・・。」
「ふ~ん、なるほど。」
「私は、その道を選ばなかったが、伯父貴は、引退してしまったけれど、相変わらず怪しい術は使えるから・・何か、役に立ちそうな護符でも貰ってこようかと思う。」
「何のために・・。」
「いや、兄上の宰相の中将さまのも、呪詛は関係ないとは今でも思うよ。けれど、用心に越したことはないかなと思って。上手く説明できないので、今は詳しく言えないが、紅梅どのの方の件で、その怪しげな法師と接触できないかと思ってる。」
「満春の伯父上が、何か、知っているのか?」
「いいや。でも、怪しげな連中のことも結構耳に入って来るみたいだし、直接は無理でも、人を介していけば、何とか、話をできそうかもしれない。」
「・・・・・・。」
 兵衛佐が頷く。
「じゃ、明日。」
 満春は、その屋敷を出て、夜道を急いだ。
 難に遭うこともなく、こんな夜中に訪ねても、伯父の家は、門が空いている。門と言っても、出家して、侘び住まいなので、小さな木戸の上にちょっと形ばかり、朝顔のつるの巻き付いた横木が上に、一本あるだけだけど・・。入ってすぐの、小さな家屋には、まだ、明かりが点いていた。
「伯父上。」
 灯火に浮かび上がった人影が動く。机の前に、座していた影が、こちらを向く。
「満春か。こんな遅くどうした?」
「はい。実は・・・。」
 巷に流れる噂の法師に会いたいのだと告げる。正直に、今自分が見聞きした事情を話す。今、起こってること、過去の事件のこと。
 伯父は、聞きながら、紙に筆を走らせている。
「呪詛に対処するなら・・やはり、身代わりがよいかの・・。息を吹きかけて同じ部屋に、置いておくといい。それと・・・、その法師だが、会えば、己の命を失うぞ?」
「ええ。ですから、そうならないで、話しができないかと、方法がないですかね?」
 ちらりと、伺うような満春の視線に、苦笑を浮かべ。
「・・・そうだなあ。たぶん・・・。」
 満春の前に、どさっといくつか餅が置かれる。右京のこれこれこういう屋敷と、言い。
「それ持っていけ。荒れた屋敷だが、中には上がるな。外から、声をかけ、姿も見るな。噂の恨みを晴らしてくれる影法師どのか?と聞いてみろ。」
「・・どうして、その場所を?」
「今も、いるのか、いないのか・・・。昔、あの辺りに住んでた奴が怪しいのではないかと、同業者のあいだで密かに語られていたのだ。夜しかいないそうだから、もし、今も住んでいるのなら、今時分はいるのではないかな?・・確実ではないぞ。」
「・・・はい。」
 礼を述べ、満春は、夜道を急ぐ。
 築地の崩れた、荒れ放題の庭に入って行くと、屋敷の方も、何とか形を保ってるという感じの場所だ。対の屋もいくつか、あった形跡もある。もとは、結構なお屋敷だったところが無人となり、荒れ果てたものだろう。京、特に右京では、こんな場所には事欠かない。ほとんどが、盗賊や浮浪者が入り込み、勝手に住みついて、近づくのも危うい場所だが、そんな彼らの姿さえない、場所は、さらに、危ない場所なのだ。人に恐れられる、いわく付きの場所というわけだ。そこで、生活している、来歴のわからない法師など、確かに怪しいかもしれない・・・。
 満春が、建物のほうを伺う。
 声をかけると、いきなり、中の明かりが灯る。
蝋燭のあかりが、燭台の上で揺れる。
人影が、映る。え?ちょっと待てよ。何で、影だけなんだ?
外が暗いので、当然灯りを点せば中の人の姿のほうがあきらかになるはず。だが、影絵のように、法衣らしきものを身に付けた人の輪郭が浮かび上がっただけだ。
満春は、目を凝らす。ああ、何だ。布がかけてあるのか・・・。
日が暮れてもねっとりと熱気を帯びた季節だというのに、格子戸の閉まった向こうは、冬の寒さ対策のための、壁代にされる布が、吊るされている。だから、はっきりと姿がわからないのだ。それが分って、ほっとすると同時に、気を張る。
「懐かしい呼び名を、どこで訊ねた?」
 影が揺れて、声が響く。不思議な人ではない声のように聞こえる。どちらにしろ、作り声はしているだろうが、何か仕掛けを施してあるのかもしれない。
「お訊ねしたいことがあるのです。もう、十年ぐらい前になりますか、京を騒がせたさる女御さまが呪詛でお亡くなりになった件について、関わりになりましたか?」
「知らんな。」
「そうですよね。あれは、名を語ったものだった。同業者の噂を拾ってみると、あなたは、依頼者が、不当な思いを抱いているのだと思ったら、手を貸さないということだ。それでは、断ったけれど、依頼に来た者はいませんでしたか?」
「・・・いちいち覚えてはいないが・・・思いのほか、たくさんの人が頼みを申すのでのう。さて・・・さすがに、相手の名が、女御となると、印象が残っていると思うが・・・。」
 ゆらゆらと、帳の向こうで影が揺れる。
「それだけわかれば、結構です。自力で計画したのなら、どこかに手掛かりは残ってるはずだ。・・それと、念のため、宰相の中将のことは?」
「何のことだ?知らん。もう、ずっと人の頼みは聞いてない・・・。」
「ありがとうございます。・・・・・そうですか。やはり、昔の噂を流して、利用したのかも・・・・・。当時のことを見聞きした年齢の人物かも知れませんね。」
「たったそれだけのことを聞く為に、わざわざ、こんな所に、やって来たのか?まともな奴に見えるが、こんな怪しげな者には近づかないほうがいいぞ・・。」
 帳に映る影が、一瞬大きく膨らんだように見えて、満春は、目を凝らした。
どうやら、体を揺すって、笑っているようで、小刻みに影が振れるので、大きく見えたようだ。目の錯覚かと、思うと同時に、言い知れない緊張感、指を一本動かすのさえ出来ない状態に陥っているのに、今更ながら気付く。
「あの・・あなたの姿を見たら始末すると言うことですが、それでは、名を利用すると、どうなるのですか?確かめて、制裁を加えるとか・・は。」
「あるわけがないだろう。馬鹿者。関係のないことに足を突っ込むいわれはない。」
「けれど、名を利用されたあなたにも、責任があるのでは?」
「・・・・・・・。」
 シュッ!満春の頬を傷つけ風が通りぬける。かまいたち。
けれども、ひるまず問い続ける。
「用意周到に、姿を隠すあなただ。念の為、己のことを知る者ではないかと、調べたのではないですか?お願いです。もし、何か知っているようなことがあるのなら、教えて下さい。」
 しばらく沈黙が満ちた。満春は、待ったが返事がないので、諦めて帰ろうと足を動かしかける。
「呪詛なのではないが、恨みには違いない。その女御は、害されたのだ。どんなに、ひた隠しにしても、証拠になる衣や血の付いた刃を始末したのは、屋敷に勤めるといっても、下仕えの者だ。訊き出すことは可能だった。いくら対面があるといっても、盗賊が押し入ってなど、この京ではある話だ。身分の高い者でも、難に遭わないという保証はないのさ。軽い身分の者の強硬というのだったら、女御の身持ちも疑われにくいだろう?隠すなど、おかしなことだ・・と思って、少し調べてみた。右大臣家でも、手の出しにくい者。捉えても、裁けるのかどうかわからない者。右大臣家というと、手が出せないような人物などなさそうに思えるだろう?名が出たら、一時の浮名は覚悟しなくてはならない人物だとか。いずれにしろ、都合の悪い男なんて、数える程しかいない。その、誰かは確定できなかったが・・・・。」
 幾人かの名をあげる。
「ありがとうございます。調べてみます・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
 影は、揺れ続ける。目がおかしくなりそうだ。
「あの・・今日の夕方、りんという鉦の音を道で、聞いたような気がしたのですが・・・。」
「・・・・・・・。」
「あ、いえ・・勘違い・・・ですよね。」
 躊躇しつつ、尚も向こうを伺ってると。ふっと、いきなり灯火が消えた。
「知っていることはもうない。往ね。」
 真っ暗になり、荒れた屋敷は静まりかえる。そこに、まだ、法師がいるはずだが、人がいる気配がない。教えちゃくれないか。関わって欲しくない、これが本題だが。満春は、肩に重い疲労を感じ、そこに持ってきた餅を置く。のろのろと、その場をあとにした。


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