時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

花ぬすびと 18

2010-06-25 05:26:56 | 花ぬすびと
                 七
 次の日、紅梅は、女五の宮のもとへ参上し、梨花の母が乳母で、無実だった、誰かに害されたのだということがわかったということを耳に入れた。女五の宮は、「そうだったのか・・。」と、つぶやき、じっと俯いて涙をこらえていた。二三日、ふさいでいたけれども、宮中を下り、女五の宮のもとへ、梨花が戻って来た時は、片時もそばを離さないほど上機嫌で、笑ってる。他にも、人はいるので、女五の宮は、何も言わない。けれど、ふと、人が御前から見えなくなった瞬間、大事なお人形を抱き締めるように、梨花を引きよせて。
 同じ名で、少し面差が似てる。方違え先ではじめてあった少女を気に入り、わがままを言って傍に仕えさせることにしたが、もしかして・・とも思わなくもなかった。
行方不明になった二人は、遺体が見つかったわけではなく、どこかで生きていると、ずっと会いたいと願って来た。女五の宮にとっては、血のつながった親兄弟よりも近しく感じる二人だと、教えてくれた。
梨花のようすから、別人かと諦めていたのだが、そばに置くことで気持ちは、慰められていた。その一方で、なお募る思いというものもあるというのも、自覚しつつ。
「よかった・・あなただけでも無事で・・。私、赤ちゃんだったあなたを抱っこしたことあるのよ。」
 出産で、自分のもとをしばらく去っていた乳母がようやく戻って来て、うれしかったことを覚えていると教えてくれた。早く戻ってほしいとだだをこねまくって、閉口した周囲が、子連れでもいいから、早く戻るようにと乳母に薦めたので、梨花は、少なくとも、伝い歩きしているくらいの頃は、女五の宮のもとにいたのだった。
「梨花の父が、人に仕えて育つ環境を嫌ったので、乳母やの実家で育てられることになったが、結局、乳母はその夫と、別れてしまったのは覚えてる。・・・・・乳母やは、わらわと同じ年の子は亡くしているから、わらわのことを実の子のように親身に世話をしてくれたと思う。実の母は、本当のこと言うと、わらわが女だったから、あまり関心がなかったから・・・・それよりもずっと、乳母やのほうが、真心をくれたと思う。だから、裏切られて哀しい気持ちでいたとき、雪柳の母が、そっと慰めるために言ってくれた言葉にすがって、信じてたけれど・・・。誤解が晴れてよかった・・・。」
 梨花が、目を瞑って頷く。自分は、母を失って大変な目に遭った不幸な子かもしれないけれど、思えば、ずっと守ってくれる強い存在には恵まれていた。必死で助けてくれた侍女親子や、あの女の人、それに、養母。ただ、頼ってればよかっただけの自分と違って、女五の宮さまは、ずっと一人で心を強くして、耐えていらしたんだわと思う。
 梨花は、初めて、他人の孤独に触れた気がした・・。
「それまであった温もりが、突然ある日を境に途切れてしまうのは、とても、辛くて、寂しくて・・・女五の宮さまの気持ちよくわかりますわ。亡くなった母のことずっと信じていただいてたんですね。感謝いたしていますわ。だから、私、戻って参りました。」
「・・・ありがとう・・・・。」
 女五の宮は、呟いたが、人が戻って来たので、梨花はそっと首を振っただけだ。ぎゅっと、お気に入りの女房に抱きついているのを見て、入って来た女房は、
「あらあら、梨花さんが戻って来てよかったこと。」
「梨花だけではなく、わらわには、そなたたちも、大事だぞー。おいで、おいで。」
「いえいえ、光栄ですけれど、お人形のように抱きつかれてるのでは、いつまでたっても、用がこなせませんわ。そうやって、女五の宮さまに足止めを食らって、皆、仕事が果せませんでしたのよ。しばらく、梨花さん、一人で、引き受けて下さいね。」
 そう言って、忙しそうに、立ち働く。他の女房たちも似たり寄ったりのことを言い、周りで働く姿に、梨花は、申しわけなさそうにしている。
「そなたは、妹のようなものじゃ。」
 耳許に、こっそり呟き、女五の宮は、
「やっと、梨花が戻って来てくれたんじゃ、ほんに、寂しかった~。決めた。しばらくは、兵衛佐なぞに、渡さぬぞ。邪魔してやる~。」
 不敵な笑みを浮かべる女五の宮に、まわりで働く女房たちが、一瞬、ぎょっとし、立ち止まる。
「あら、気の毒。」
「私でなくてよかったわ・・。」
「梨花さん、かわいそうだけど、また、女五の宮さまが、人前で、変わったところを見せないように、気を配ってあげて下さいね。」
 と口々に言い、
「え、そんな、どう気を配っていいのか、わかりません。どうしましょう・・。」
 と、心底困った顔の梨花。
「気にすることはないぞ。梨花。わらわは別に、何と言われてもかまわぬ。」
「宮様。もう少し、大人のふるまいをお心がけくださいませ。」
「そうそう、あまり、ひつこくては、意中の方に愛想つかされてしまいますよ?」
「う~ん。それは困った。」
 皆に言われ、真に受けて、梨花の顔をのぞき込み、本当に困った顔をしている女五の宮。
「そうそう、少しは、大目に見て上げてくださいまし。」
「それと、これは、別じゃ~。」
 女房の一人のとりなしに、はっと我に返って頭をふる。そんな姿を見て、まわりの女房たちは、あきれながらも、可笑しくて、つい笑いがもれた。
 こんなふうに、他愛もないやり取りで、数日間は、女五の宮の許も、何事もなく過ぎた。




女五の宮が宣言通りに、本当に二人の仲を邪魔するのを実行した。日が暮れると、兵衛佐が縁先に姿を現す頃合いを見計らって、悪戯に女房部屋を訪れたり、梨花に自分の傍で、今日は臥すようにと言ったり・・とは言え、少しは気が咎めるのか、同室の雪柳と、もう一人を巻き込んで、場所は、局ではあるけれど、箏を弾き、兵衛佐にも得意だと聞いていた琵琶を弾いて合奏に加わるように言い、彼にも花を持たせてやっている。
 そうして、今日も、邪魔しにやって来ていたが、その日は賑やかにやっていたわけではないので、女五の宮が足音を忍ばせて、自室を出たことに気付いた者が少なかった。
知らずに、まだ、御帳台にいると思っていた女房が行ってみると、そこにはいない女主にため息をつきながらも、いる場所はわかっているのでまあ、いいかと、そこをあとにしようとした時、背後から忍び寄った誰かに、羽交い絞めにされた。
ここには、高価な物が置いてある。泥棒か。
身の危険を感じた女房が、もごもごと、もがく。
ふと、思いのほか簡単に、塞いでいた手が離れ、怪しく思い後ろをふりむく。
暗闇で、外の明かりが逆光になりこちらからは見えなかったが、相手が驚いた様子で、「違う。」と、女房を突き飛ばす。
そのまま慌てて、庭へ駆け下り、どこかへ逃げて行った。
事態が呑みこめるまで、しばらく茫然としていた女房が、我に返り、闇夜を切り裂く声を上げた。
 慌てて駆けつけた警備の者、他の同僚の女房たち、女五の宮や、梨花も駆けつけて、屋敷中、しばらくは騒然としていた。
「あなたのことをずっと思い続けています。・・のように・・」と、その男は言ったと、その女房が証言した。
誰のもとに・・と言われれば、その部屋の主、女五の宮しかいない。
女五の宮のところへ、忍んで来た者がいるということになった。
先の穢れ騒ぎで、人手が、全部戻っているとは言えない。普段よりも、女五の宮の周囲は、手薄な感じだ。そこへ、いきなり降って湧いたようなこの一件。
一同、心当たりも全くない話で、不安がっていたところ、この話は当然ながら、母代である中宮へ伝わった。警備の行き届いたこちらへ来るようにと、すぐに取り計らわれ、場所を移ることになった。
女五の宮は、梨花に三条の中納言の家か、養母の家に身を寄せているように言ったが、心配で、結局、梨花も一緒に、宮中へと上がることになったのだった。