真っ暗な夜の闇の中、寝返りを打つ衣ずれの音がしている。何度も何度も、聞こえ、やがてため息がひとつ。
「眠れないの?」
雪柳の声。
「ええ。さすがに、あんな重い話をきいちゃったあとでは・・・。」
と、摂津。
「紅梅どの・・。乳母どのにも、申し訳ないことしたっておっしゃってたけれど・・・。」
「仕方がないわね。事情を知らないんじゃ、どうしようもないもの。けれど、もう少し、調べてみるって・・自責の念かしら・・・紅梅どのの責任じゃないのに。」
「そうね。でも、それで、気が晴れるんなら、私たちが早く先に戻って、しばらくがんばらなくちゃね。梨花さんは、まだ、戻れないから、お手伝いするんでしょ?」
それまで、黙っていた梨花に話をふる。いつもならある隔ての几帳はなく。同じ部屋に休んでいるので、互いの様子はよくわかる。さすがに、田舎家で、そんなに広くないので、間仕切りを置かず、三人は身を寄せ合うように横になっていた。
「ええ。紅梅どの・・もう、お休みになったかしら?」
紅梅は、違うところに滞在しているので、そちらへ戻っている。
「たぶん。」
ふうっと、ため息をつく雪柳。
摂津が、横を向き、はらりと落ちて来た前髪を指でかきやる。
「ね。梨花さんは、兵衛佐どのと一緒じゃなくてよかったの?」
「そうね。小馬は、さっさと愛しの旦那さまのところへ行っちゃったものね。きっと今頃、甘えてるわよ。丑の刻参りを見たかと思って、怖い思いをしたあ~って。」
摂津の言葉を追いかけるように、雪柳が寝返りを打ち、梨花の方を向いて言う。
「兵衛佐どのとは、まだ、そんな仲じゃないもの・・。それより、紅梅どのの話してくれた事実を、小馬さんのお相手に伝えても大丈夫かしら?」
「ああ。そのことなら、話さないわよ。昔の恋の思い出に浸ってたのを、勘違いして大騒ぎしちゃった。ごめんなさ~い。・・までしか、言わないわよ?対面がどうこうという話には、敏感だもの私たち。よけいなことはしゃべらない方が身のためだってことは、身にしみてるでしょ?そういうところは、きっちりしてるから、信用していいと思うわ。」
「そうなんですか・・・。」
ほっとしている声がきこえて、雪柳は、誤解されやすい幼馴染の人となりに苦笑する。
「ね。もしかして、迷ってるの?」
「え・・・。」
何がと聞き返すこともない。兵衛佐とのことを聞いているのだ。
「迷ってる・・・・そうね、そうかもしれない・・・・。」
暗闇を見つめる梨花の胸に、ふいに、湧き上がって来た疑問。迷ってる・・・・?何に?という言葉を言いかけて、それが釣られて出た古い記憶だと思い出す。そう言えば、生きていた頃母も、同じ言葉をつぶやいたっけ・・その後に、今度こそ最後の恋。幼い梨花にそう言ったあと、他にも何か言ってたような・・・。何だっけ?思い出せそうで思い出せない。・・それにしても、子供に言うには、大人げない言葉ねと思う。
けれど、美しさが、こぼれるような笑顔が目に焼き付いてる。
初めて、親しくなるきっかけになった雪柳のところへ駆けこんできた小馬のあの、顔に似てる。それから、紅梅のような表情も憶えがある。あの時の互いの思いは、確かなのですから・・・・。そうだ、それから、安心させるように、幼い梨花を抱き寄せてくれた。髪を撫でてくれる、大好きな香り。ああ、何だか、このまま眠れそう・・・。梨花は、目を閉じる。
雪柳と摂津は、突然寝息を立てて、眠り始めた梨花に気付き、少しだけ身をおこしてその顔をのぞく。
「あら、かわいい。迷ってるなんて言って、兵衛佐どののこと思い出して、安心して眠ってしまったのね。」
「本当。ゲンキンね。私も、何か良いこと思い出して目を瞑ってようかしら。」
「付き合ってる人のこと?思い出したら、眠れなくなるんじゃない?」
「あ、そういう冗談いうと、突いちゃうぞ。えいっ。」
「ふふ・・。でも、話して、少しすっきりしたわね。もう、眠よっと。おやすみ。」
「おやすみ。」
そして再び、静寂の闇が訪れ、静かになる。その夜、梨花は久しぶりに、晴れやかな姿の母を思い出し、おおらかな気持ちでぐっすり眠る。翌朝、目を醒ましても、しばらくは幸せな気持ちに浸っていられた・・・。
「眠れないの?」
雪柳の声。
「ええ。さすがに、あんな重い話をきいちゃったあとでは・・・。」
と、摂津。
「紅梅どの・・。乳母どのにも、申し訳ないことしたっておっしゃってたけれど・・・。」
「仕方がないわね。事情を知らないんじゃ、どうしようもないもの。けれど、もう少し、調べてみるって・・自責の念かしら・・・紅梅どのの責任じゃないのに。」
「そうね。でも、それで、気が晴れるんなら、私たちが早く先に戻って、しばらくがんばらなくちゃね。梨花さんは、まだ、戻れないから、お手伝いするんでしょ?」
それまで、黙っていた梨花に話をふる。いつもならある隔ての几帳はなく。同じ部屋に休んでいるので、互いの様子はよくわかる。さすがに、田舎家で、そんなに広くないので、間仕切りを置かず、三人は身を寄せ合うように横になっていた。
「ええ。紅梅どの・・もう、お休みになったかしら?」
紅梅は、違うところに滞在しているので、そちらへ戻っている。
「たぶん。」
ふうっと、ため息をつく雪柳。
摂津が、横を向き、はらりと落ちて来た前髪を指でかきやる。
「ね。梨花さんは、兵衛佐どのと一緒じゃなくてよかったの?」
「そうね。小馬は、さっさと愛しの旦那さまのところへ行っちゃったものね。きっと今頃、甘えてるわよ。丑の刻参りを見たかと思って、怖い思いをしたあ~って。」
摂津の言葉を追いかけるように、雪柳が寝返りを打ち、梨花の方を向いて言う。
「兵衛佐どのとは、まだ、そんな仲じゃないもの・・。それより、紅梅どのの話してくれた事実を、小馬さんのお相手に伝えても大丈夫かしら?」
「ああ。そのことなら、話さないわよ。昔の恋の思い出に浸ってたのを、勘違いして大騒ぎしちゃった。ごめんなさ~い。・・までしか、言わないわよ?対面がどうこうという話には、敏感だもの私たち。よけいなことはしゃべらない方が身のためだってことは、身にしみてるでしょ?そういうところは、きっちりしてるから、信用していいと思うわ。」
「そうなんですか・・・。」
ほっとしている声がきこえて、雪柳は、誤解されやすい幼馴染の人となりに苦笑する。
「ね。もしかして、迷ってるの?」
「え・・・。」
何がと聞き返すこともない。兵衛佐とのことを聞いているのだ。
「迷ってる・・・・そうね、そうかもしれない・・・・。」
暗闇を見つめる梨花の胸に、ふいに、湧き上がって来た疑問。迷ってる・・・・?何に?という言葉を言いかけて、それが釣られて出た古い記憶だと思い出す。そう言えば、生きていた頃母も、同じ言葉をつぶやいたっけ・・その後に、今度こそ最後の恋。幼い梨花にそう言ったあと、他にも何か言ってたような・・・。何だっけ?思い出せそうで思い出せない。・・それにしても、子供に言うには、大人げない言葉ねと思う。
けれど、美しさが、こぼれるような笑顔が目に焼き付いてる。
初めて、親しくなるきっかけになった雪柳のところへ駆けこんできた小馬のあの、顔に似てる。それから、紅梅のような表情も憶えがある。あの時の互いの思いは、確かなのですから・・・・。そうだ、それから、安心させるように、幼い梨花を抱き寄せてくれた。髪を撫でてくれる、大好きな香り。ああ、何だか、このまま眠れそう・・・。梨花は、目を閉じる。
雪柳と摂津は、突然寝息を立てて、眠り始めた梨花に気付き、少しだけ身をおこしてその顔をのぞく。
「あら、かわいい。迷ってるなんて言って、兵衛佐どののこと思い出して、安心して眠ってしまったのね。」
「本当。ゲンキンね。私も、何か良いこと思い出して目を瞑ってようかしら。」
「付き合ってる人のこと?思い出したら、眠れなくなるんじゃない?」
「あ、そういう冗談いうと、突いちゃうぞ。えいっ。」
「ふふ・・。でも、話して、少しすっきりしたわね。もう、眠よっと。おやすみ。」
「おやすみ。」
そして再び、静寂の闇が訪れ、静かになる。その夜、梨花は久しぶりに、晴れやかな姿の母を思い出し、おおらかな気持ちでぐっすり眠る。翌朝、目を醒ましても、しばらくは幸せな気持ちに浸っていられた・・・。