李白ー142
秋浦歌十七首 秋浦の歌 十七首
其十一 其の十一
邏人横鳥道 邏人(らじん) 鳥道(ちょうどう)に横たわり
江祖出魚梁 江祖(こうそ) 魚梁(ぎょりょう)に出(い)ず
水急客舟疾 水急にして客舟(かくしゅう)疾(はや)く
山花払面香 山花(さんか) 面(おもて)を払って香(かんば)し
⊂訳⊃
邏人石は 鳥の通路に横たわり
江祖石は 梁よりも高く突き出ている
急流に乗って 舟は飛ぶように速く
岸辺の花は 顔をかすめて匂い立つ
⊂ものがたり⊃ 邏人石と江祖石、またも岩石の景ですが、江祖石は水中に突っ立っているようです。李白は小舟に乗って急流を下っていることが、ここではじめて明らかになります。
しかし、詩は秋浦の景の描写を通じて人生行路の困難を詠っているようにも受け取れます。梁(やな)よりも高く突き出ている江祖石は、危険な障碍物です。「山花 面を払って香し」によって舟が岸近くを進んでいることはわかりますが、これも何かの表徴かもしれません。つまり、瞬間いい匂いが私の顔をかすめて過ぎていったという…。
李白ー143
秋浦歌十七首 秋浦の歌 十七首
其十二 其の十二
水如一匹練 水は一匹の練(れん)の如く
此地即平天 此の地 即ち平天(へいてん)
耐可乗明月 耐(よ)く 明月に乗じて
看花上酒船 花を看るには 酒船(しゅせん)に上る可し
⊂訳⊃
水は練り絹のよう 白くつややか
この地こそまさに 平天の湖
明月の夜の花見を楽しむには
酒船に乗って飲むのが一番だ
⊂ものがたり⊃ 其の十一の詩とのつづき具合からすると、李白は急な流れを下って平天湖という湖に着いたようです。この湖は池州の西南3kmほどのところにあり、斉山の麓にあって清渓に通じていたといいます。
「平天」という湖の名前に泰平の世を示唆しているとすれば、この年の十一月に安史の乱が勃発することを思うと、後世のわれわれは人生の皮肉を感じます。李白はそんな大事件が起こるとは夢にも思っていませんので、明月の夜の花見を楽しむには酒船に乗って飲みながら遊覧するのが一番だと言っています。
李白ー145
秋浦歌十七首 秋浦の歌 十七首
其十四 其の十四
炉火照天地 炉火(ろか) 天地を照らし
紅星乱紫烟 紅星(こうせい) 紫烟(しえん)を乱す
赧郎明月夜 赧郎(たんろう) 明月の夜
歌曲動寒川 歌曲(かきょく) 寒川(かんせん)を動かす
⊂訳⊃
炉の焔は 天地を焦がし
煙のなかで 火花がはじける
明月の夜に 火に照らされる男たち
その歌声が 冷たい川に轟きわたる
⊂ものがたり⊃ 其の十四の詩の「炉火」は溶鉱炉の火と解されています。秋浦には唐代に銀と銅の鉱山があり、鉱石の採掘と精錬が行われていたようです。「赧郎」は溶鉱炉の火に照らされて赤くなった顔をいうと解されており、鉱夫たちの労働の姿を詠った詩は唐代では珍しいとされています。
鉱夫たちは歌を歌いながら作業をしていたらしく、「歌曲 寒川を動かす」というのは、鉱夫たちの労働のようすを髣髴(ほうふつ)とさる句であると思います。
李白ー146
秋浦歌十七首 秋浦の歌 十七首
其十五 其の十五
白髪三千丈 白髪 三千丈
縁愁似箇長 愁いに縁(よ)って 箇(かく)の似(ごと)く長し
不知明鏡裏 知らず 明鏡(めいきょう)の裏(うち)
何処得秋霜 何(いず)れの処にか秋霜(しゅうそう)を得たる
⊂訳⊃
白髪は伸びて 三千丈
悲しみのため このように長くなった
ふしぎだなあ 鏡にうつる秋の霜
一体どこから 降りてきたのか
⊂ものがたり⊃ 「白髪三千丈」の詩は、秋浦歌十七首中の代表作としてしばしば取り上げられる作品ですので、知っている人は多いでしょう。自分が老いてしまったことへの詠嘆として、「三千丈」の誇張した表現だけに注目して、なんとなく読み過ごされてしまいます。
ところで李白は「愁いに縁って 箇の似く長し」といちど理由を上げておきながら、「何れの処にか秋霜を得たる」ともういちど白髪になった理由を自問しています。これは「愁いに縁って」と言っただけでは言い足りないものを感じたからでしょう。転句の「明鏡」は青銅の鏡を持ち歩いていたかもしれませんが、散策のときであれば持っていないでしょうから、秋浦の清らかな水に写った白髪頭の顔ということになります。
秋浦歌十七首 秋浦の歌 十七首
其十一 其の十一
邏人横鳥道 邏人(らじん) 鳥道(ちょうどう)に横たわり
江祖出魚梁 江祖(こうそ) 魚梁(ぎょりょう)に出(い)ず
水急客舟疾 水急にして客舟(かくしゅう)疾(はや)く
山花払面香 山花(さんか) 面(おもて)を払って香(かんば)し
⊂訳⊃
邏人石は 鳥の通路に横たわり
江祖石は 梁よりも高く突き出ている
急流に乗って 舟は飛ぶように速く
岸辺の花は 顔をかすめて匂い立つ
⊂ものがたり⊃ 邏人石と江祖石、またも岩石の景ですが、江祖石は水中に突っ立っているようです。李白は小舟に乗って急流を下っていることが、ここではじめて明らかになります。
しかし、詩は秋浦の景の描写を通じて人生行路の困難を詠っているようにも受け取れます。梁(やな)よりも高く突き出ている江祖石は、危険な障碍物です。「山花 面を払って香し」によって舟が岸近くを進んでいることはわかりますが、これも何かの表徴かもしれません。つまり、瞬間いい匂いが私の顔をかすめて過ぎていったという…。
李白ー143
秋浦歌十七首 秋浦の歌 十七首
其十二 其の十二
水如一匹練 水は一匹の練(れん)の如く
此地即平天 此の地 即ち平天(へいてん)
耐可乗明月 耐(よ)く 明月に乗じて
看花上酒船 花を看るには 酒船(しゅせん)に上る可し
⊂訳⊃
水は練り絹のよう 白くつややか
この地こそまさに 平天の湖
明月の夜の花見を楽しむには
酒船に乗って飲むのが一番だ
⊂ものがたり⊃ 其の十一の詩とのつづき具合からすると、李白は急な流れを下って平天湖という湖に着いたようです。この湖は池州の西南3kmほどのところにあり、斉山の麓にあって清渓に通じていたといいます。
「平天」という湖の名前に泰平の世を示唆しているとすれば、この年の十一月に安史の乱が勃発することを思うと、後世のわれわれは人生の皮肉を感じます。李白はそんな大事件が起こるとは夢にも思っていませんので、明月の夜の花見を楽しむには酒船に乗って飲みながら遊覧するのが一番だと言っています。
李白ー145
秋浦歌十七首 秋浦の歌 十七首
其十四 其の十四
炉火照天地 炉火(ろか) 天地を照らし
紅星乱紫烟 紅星(こうせい) 紫烟(しえん)を乱す
赧郎明月夜 赧郎(たんろう) 明月の夜
歌曲動寒川 歌曲(かきょく) 寒川(かんせん)を動かす
⊂訳⊃
炉の焔は 天地を焦がし
煙のなかで 火花がはじける
明月の夜に 火に照らされる男たち
その歌声が 冷たい川に轟きわたる
⊂ものがたり⊃ 其の十四の詩の「炉火」は溶鉱炉の火と解されています。秋浦には唐代に銀と銅の鉱山があり、鉱石の採掘と精錬が行われていたようです。「赧郎」は溶鉱炉の火に照らされて赤くなった顔をいうと解されており、鉱夫たちの労働の姿を詠った詩は唐代では珍しいとされています。
鉱夫たちは歌を歌いながら作業をしていたらしく、「歌曲 寒川を動かす」というのは、鉱夫たちの労働のようすを髣髴(ほうふつ)とさる句であると思います。
李白ー146
秋浦歌十七首 秋浦の歌 十七首
其十五 其の十五
白髪三千丈 白髪 三千丈
縁愁似箇長 愁いに縁(よ)って 箇(かく)の似(ごと)く長し
不知明鏡裏 知らず 明鏡(めいきょう)の裏(うち)
何処得秋霜 何(いず)れの処にか秋霜(しゅうそう)を得たる
⊂訳⊃
白髪は伸びて 三千丈
悲しみのため このように長くなった
ふしぎだなあ 鏡にうつる秋の霜
一体どこから 降りてきたのか
⊂ものがたり⊃ 「白髪三千丈」の詩は、秋浦歌十七首中の代表作としてしばしば取り上げられる作品ですので、知っている人は多いでしょう。自分が老いてしまったことへの詠嘆として、「三千丈」の誇張した表現だけに注目して、なんとなく読み過ごされてしまいます。
ところで李白は「愁いに縁って 箇の似く長し」といちど理由を上げておきながら、「何れの処にか秋霜を得たる」ともういちど白髪になった理由を自問しています。これは「愁いに縁って」と言っただけでは言い足りないものを感じたからでしょう。転句の「明鏡」は青銅の鏡を持ち歩いていたかもしれませんが、散策のときであれば持っていないでしょうから、秋浦の清らかな水に写った白髪頭の顔ということになります。