読書と著作

読書の記録と著作の概要

『阪神・淡路大震災と図書館活動』

2005-09-12 03:19:29 | Weblog
稲葉洋子著『阪神・淡路大震災と図書館活動』(旧稿抄録)



 阪神・淡路大震災(一九九五年)からはや十年。本書は被災地にある国立大学(当時。現在は国立大学法人)である神戸大学において図書館司書をつとめていた著者による「震災の体験記録」と「震災直後から始まった震災関連文献の収集・保管業務」に関する報告書ともいえる本である。百ページに満たない薄い本である。しかし、その内容は極めてユニーク。また、表紙をはじめ各所に挿入されたている写真は、図書館における地震の被害の壮絶さを物語るに十分な資料的価値がある。
 六甲山の山裾にある堅牢な学舎。地震による建物の損害は、比較的軽微にとどまった。しかし、建物の中の什器備品等は、飛び出したり転倒したりで室内は惨憺たる状態。簡単な固定しか施されていない書架は、なぎ倒されるように転倒した。蔵書は床に散乱し、本の一部は転倒した書架の下敷きになっている。これらの被害を回復するのが図書館職員たちの仕事である。ところが、被災地での交通は遮断されている。しかも、職員の多くは地震の被災者だった。比較的建物の被害が少なかった神戸大学は、七ヶ所に分かれ約一七〇〇名の避難住民を受け入れていた。食料品配布などの対応を大学事務局職員が行っている。学内のグラウンドには自衛隊がテントを張り救援活動を始める。二月二十六日に控えた前期入試は、岡山大学、神戸大学、大阪大学の三ヶ所に分かれて実施することになる。その準備も行わなければならない。そんな中、一月三十日に図書館は再開する。大学がある灘区の公共図書館は三月末まで閉鎖されていたことから、通常は認めていなかった高校生に学内図書館を開放した。このような状況下、そして暖房が切れたままの寒さに耐えながら図書館の復旧活動はおこなわれる。

 のちに「震災文庫」とよばれるプロジェクトの“芽“がでてきたのは、一九九五年四月になってからのこと。学外から「今回の地震に関する図書・資料を網羅的に見たい」という趣旨の要請があった。また、図書館の上司から「震災資料の本格的収集」に関する打診が来る。著者は、深く考えることなく、「やりましょう」と回答した。市販の図書の収集は、比較的容易である。しかし、ポスター、チラシ、張り紙、ニュースレター、ビデオフィルム、写真等多種多様な資料を収集していかなければ、地震被害の全貌はつかめない。一方、ポスターやチラシ等の”書籍以外の資料“は、どんどん廃棄処分される運命にある。かなり意図的に収集しなければならない。本書二十ページ以下には、次の三種類の文献に関して、集める際の苦心等が語られている。

(1) ボランティア関係資料
(2) 行政資料
(3) 市民から情報発信資料(自費出版物)

 文献の収集に当たっては広報活動が重要な役割を果たす。神戸新聞等の媒体への掲載、地元NGOへの呼びかけと著者たちの活動は広がっていく。収集した資料のデータベース化を行う。また、広報用の印刷物も作成した。八月中旬には、朝日新聞が、神戸、大阪、東京版等で「震災文庫」の記事を掲載してくれる。このようにして、公開の準備を進め、一九九五年十月三十日に「震災文庫」の公開がスタートした。収集、整理、公開でことが足りるわけではない、外国語文献の収集、海外からの照会への対応(地震保険に関する英文資料が欲しいという照会もあった)、著作権やプライバシーといった問題のクリアー、貸出しない理由の徹底(利用者がいつでも参照できるように配慮)等々「震災文庫」を維持・発展させていくためには色々と苦労がある。また、「震災文庫」を継続していくための“体制造り”も欠かせない。人事異動により、せっかく養成した人材がいなくなってしまうからだ。現に、著者自身も二〇〇一年四月には香川医科大学教務部図書課長として転任する。
本書巻末には「年表」があり、本書の価値を更に高めている。
開のためのノウハウの書としても活用できる。

(二〇〇五年、西日本出版社、定価一〇五〇円)


『基本リスクマネジメント用語辞典』

2005-09-12 03:04:40 | Weblog
亀井利明監修『基本リスクマネジメント用語辞典』(旧稿抄録)


関西大学亀井利明名誉教授が監修、専修大学上田和勇教授・関西大学亀井克之教授編著による『基本リスクマネジメント用語辞典』が、同文館出版から刊行された。定価は、二〇〇〇円(税別)、B6版・二百十四ページとハンディな用語辞典である。本書には、以下のような特色がある。

・伝統的理論のみならず現代的理論までを包括した本邦初のリスクマネジメ
ントの用語辞典。
・リスクマネジメントの国際的な用語規格である「ISO/IEC Guide73:2002」に完全対応。
・540項目の基本的用語をわかりやすくコンパクトに解説。
・冒頭に「体系的目次」を掲載すると同時に巻末に和文、欧文索引を付け活用しやすい形式。

本書の骨格をなす「体系的目次」は、次の16項目から構成されている。
1)リスクマネジメントの意義と形態
2)リスクの意義と形態
3)リスクマネジメント処理手段
4)リスクマネジメントの展開
5)リスクマネジメントの組織
6)企業倒産と経営者リスク
7)保険管理とリスクマネジメント
8)経営戦略とリスクマネジメント
9)経営管理とリスクマネジメント
10)法務とリスクマネジメント-リーガル・リスクマネジメント
11)領域別のリスクマネジメント
12)企業価値向上とリスクマネジメント-現代的リスクマネジメント-
13)危機管理コーディネーションと家庭危機管理-心の危機管理-
14)各国のリスクマネジメント・人・団体
15)ISO/IEC Guide73:2002(TR Q0008:2003)リスクマネジメント-
用語-規格において使用するための指針
16)ISO/IEC Guide51:1999

『基本リスクマネジメント用語辞典』という書名から、学問的で親しみにくい本のように思えるかもしれない。しかし、そうとばかりはいえない。例えば、本書をパラパラとめくっていくと、「経営者リスクとリスクマネジメント」という項目に出会う。そこには、次のようなことが書かれている。「組織破綻の最大の要因は、経営者リスクにあるといっても過言ではない。経営者リスクのリスクマネジメントは①経営者の人的リスク(キーマン・リスク)の処理としての後継者育成、②性格リスク、能力リスクを有する経営者への対処、その是正策としてのマネジメントマイオピアの矯正と企業家精神の向上、③経営態度不良(ワンマン経営、放漫経営、経営不在、同族経営)の是正、④内部統制ならびにコーポレート・ガバナンス(企業統治)機構の充実による経営の透明化・経営監視の強化などから構成される」とある。この部分を読むと、思わず「ニヤリ」としてしまう。新聞の経済面、社会面をにぎわす様々な企業スキャンダルが目に浮かぶからだ。本書の監修者である亀井利明名誉教授は、事件・事故発生の際に新聞社からコメントを求められ、新聞紙上に登場して手厳しい発言をしておられる。そんなことを思い出した。
本書が出来上がるバックグランドである「日本リスクマネジメント学会」も辞典の一項目として登場する。それによると、日本リスクマネジメント学会は、一九七八年(昭和五十三年)九月、二十九名の大学教授によって設立された。本部は関西大学。この学会は日本で最初のリスクマネジメント研究団体である。純然たる学術団体であり、日本学術会議に登録されている。また、日本経済学会連盟にも加盟しているというアカデミックな存在だ。構成員は、①大学関係者、②公的資格保持者、③日本リスク・プロフェショナル学会認定のリスク・プロフェショナル資格を有する者、④リスクマネジメントの研究業績(著書または学術論文)がある者、に限定されている。

地震、台風等の自然災害、相次ぐ企業の不祥事、そして人災事故の多発している作今である。リスクマネジメントに対する社会的要請はますます大きくなるばかりだ。リスクマネジメントは、従来は保険を中心とするファイナンス的なアプローチと安全工学的なアプローチの二つの流れが中心となって発展してきた。この二つの流れに加えて第三の流れとして、経営論的なアプローチがクローズアップされてきている。これら三つの流れが合流して現代的なリスクマネジメントの理論と実践の普及に貢献している。本書は、このような観点・枠組みにより編纂されたリスクマネジメントに関する用語辞典である。その出版は時宜をえたものである。
 



『英国年金生活者の暮らし方』

2005-09-12 02:47:03 | Weblog
染谷俶子著『英国年金生活者の暮らし方』

 著者染谷俶子(そめや・よしこ)は鹿児島経済大学、淑徳大学の教授を経て現在は東京女子大学教授。高齢者福祉に関する著書が多数ある。本書のサブタイトルは、「事例調査から見た高齢者の生活」。現代英国の年金事情を読者に提供するとともに、著者が英国の南西部の中核都市ブリストル市で行った年金生活者の個別実態調査が掲載されており、この部分(第4章)が本書の特色となっている。
 英国の福祉国家構想は、ベバリッジリポートとして発表された。第二次大戦後の英国社会の建て直しを目的に現出したもので、キャッチフレーズ「ゆりかごから墓場まで」は、広く知れ渡っている。この画期的ともいえる英国の福祉構想は、福祉と医療の分野だけでなく、教育、公共住宅の供給をも包括するという広範なものであった。ところが、戦後になると英国の富の源泉だった植民地は次々と独立してしまう。当然、経済力の弱体化が生じる。一方、労働党政権下のもと、労働争議の深刻化や生産性の低下が生じていた。英国は高福祉を維持するための財政不足に苦しむようになる。いわゆる“英国病”が、深刻になってきたのだ。1979年のサッチャー政権以後、小さな政府や公的部門の民営化が進む。社会保障費の削減も実行に移される。
 1960年代から1970年代に英国経済を担ってきた人たちは、現在は年金生活者として日々を送ってきている。彼等がかつて予測したような「豊かな老後」は、既に実現不可能になっている。この英国の姿は、何年後かの日本の姿にもつながっていくことが十分予測される。英国の年金生活者たちは、今どのような生活を送っているのだろうか。本書にはブリストル市での実態調査の結果が報告されている。彼らの生活は概してつつましい。子供を頼りにはしない。自宅でガーデニングを楽しむ。ウォーキングをする。美術館・劇場へ行く。日本との違いは教会の存在だ。聖歌隊で歌う、モーニングティーやアフタヌーンティーへ参加する。教会中心のこれら行事は、多くの高齢者の楽しみのひとつである。また、ボランティア活動も盛ん。退職者の多くが参加している。本書第5章はボランティアがテーマだ。歴史遺産、介護、学校、環境といった様々な分野でボランティア活動が紹介されている。歴史遺産というのは、町の歴史遺産の管理や観光案内をボランティア活動でおこなうというもの。ブリストル市には海洋国イギリスの過去を記念する船が停泊しており、その管理や観光ガイドがボランティア手にゆだねられている。

(二〇〇五年、ミネルヴァ書房、二二〇〇円+税)


『黒いはなびら』

2005-09-12 02:22:43 | Weblog
村松友視『黒いはなびら』(2005年、河出文庫)を読む。1935年生まれの歌手、水原弘の波乱に満ちた生涯を追う。著者は1940年生まれ。大学に入って間もない時期に、水原弘の歌う「黒いはなびら」(永六輔作詞、中村八大作曲)に出会い感動。これが、本書執筆の遠因となる。