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『貿易入門』(第3版)

2005-09-22 00:13:25 | Weblog
久保広正著『貿易入門』(第3版)

 日本経済新聞社発行の日経文庫のなかに「ベーシックシリーズ」という一連の入門書がある。その中の1冊として『貿易入門』がある。その『貿易入門』の第3版が、この4月に刊行された。本書の初版が発行されたのは1990年。この間、世界の貿易事情は大きく変貌したことから、2版に続き今般第3版が発行されることになった。初版を刊行した当時、著者の久保広正は丸紅に勤務する商社マンであった。丸紅時代、著者はほぼ一貫して貿易環境の調査業務に当たっており、その間欧州委員会への出向体験も持つ。1999年に、母校の神戸大学経済学部に招聘され、現在は同大学大学院経済学研究科教授(経済学博士)の職にある。専攻は国際経済学あるいは貿易環境論。今般刊行された第3版は、以上のような著者の体験(実務と研究)をふまえ、学生や社会人を対象に書かれた”貿易に関する入門書”である。

かつては加工貿易型といわれた日本の貿易構造。しかし、永年の間には変化が生じている。このところ、原材料だけではなく製品輸入が増加している。金額ベースでみると、製品輸入額は、全輸入額の約60%を占めるという状況になった。台湾製のパソコン(中身のソフトはアメリカ製)、中国製のシャツ、イタリア製のネクタイ、フランス製のハンドバッグ、オーストラリア製の牛肉・・・。生活という観点から見ても「輸入品」は、知らないうちに身近な存在になっている。牛丼の主要な
食材である「アメリカ産牛肉の輸入禁止」問題は、マスコミで賑やかに報道されてきた。大学在学中に国際経済論貿易政策といった講義を受けた社会人方も多いことであろう。そのようなケースでも、本書は役立つにちがいない。WTO(World Trade Organization、世界貿易機関)やプロジェクト・ファイナンス、FTA(Free Trade Agreement、自由貿易協定)等マスコミを通じて知っている諸事情の概要や動きについて知識・情報の整理ができるからだ。

本書は、実務に関する入門書として出版されたもの。しかし、その特色として「貿易の歴史」に関する叙述が重視されている。単なる知識や情報の羅列では、なかなか頭に入らない。歴史は、過去の背景を教えてくれる。「なぜ、現状はこうなのか」という読者の疑問に答えるには、過去の経緯や顛末の説明が欠かせない。本書の131ページ以下を見てみよう。そこには、第2次世界大戦後のブレトンウッズ体制からGATT、そして現在のWTOに至るまでの国際貿易に関する大きな流れが、描かれている。入門書の体裁をとっているが、貿易理論についても若干の言及がある。「貿易によって国民が豊かになるのは何故か」という説明として「リカードの比較生産費理論」や「ヘクシャー・オリーンの法則」についても随所でコメントがでてきた。

本書では、貿易そのものに限らず貿易に関する周辺情報(外国為替、海上保険、海上輸送等)についても、本書は基礎的な情報を提供してくれる。商社はもちろん、銀行、証券、保険、海運等の企業に勤務するOLが、ハンドバッグに忍ばせて、通勤途上に読む。そんな利用方法もあろう。

(2005年、日経文庫、1000円+税)