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中島隆信著『お寺の経済学』

2010-04-15 16:31:11 | Weblog
中島隆信著『お寺の経済学』

本書の著者である中島隆信氏は1960年の生まれ。現在は、慶応義塾大学商学部教授の職にある。実証的な分析を行う一方で、従来の経済学ではなかなか扱われないできた事象を経済学で読み解く一連の仕事を続けていることで知られている。著書に『大相撲の経済学』(ちくま文庫)、『これも経済学だ!』、『子どもをナメるな』(以上、ちくま新書)、『日本経済の生産性分析』(日本経済新聞社)等がある。
本書は上記『大相撲の経済学』と同様、ちょっとユニークな著作である。日本全国にあるお寺の数は約7万6000あるという。この数字はコンビニの数4万店を大きく上回っている。お寺では幼稚園や駐車場等をケースがよくみられる。また、檀家という存在も見逃すことができない。したがって、保険を販売するに当たって、このお寺(業界?)について、ある程度の知識を持つ必要がある。これが本書を紹介する由縁だ。「お寺」の世界を経済学的に分析することで見えてくる檀家制度・葬式・戒名・本山と末寺の関係などの本質とは何か。そして、”経済学と仏教”という人間の知恵を共存させるためにするべきことは、いったい何かを本書は読者に分かりやすく教えてくれる。本書の目次は、以下のとおり。

序章 今なぜお寺なのか
第1章 仏教の経済学
第2章 すべては檀家制度からはじまった
第3章 お寺は仏さまのもの
第4章 お坊さんは気楽な稼業か
第5章 今時のお寺は本末転倒
第6章 お寺はタックス・ヘイブンか
第7章 葬式仏教のカラクリ
第8章 沖縄のお寺に学ぶ
第9章 お寺に未来はあるか

 この本を書くまで、著者はお寺についてほとんど関心がなかったそうだ。子供ころ、葬式や法事ではお坊さんのお勤めが早く終わらないかとばかり考えていたし、自宅に隣接する境内墓地は不気味な場所以外の何物でもなく、暗くなると雨戸を閉めに墓地側の部屋に近づくのも恐かった。もちろん、お寺の住職と話をしたこともなく、仏教についても歴史の教科書程度の知識しかなかった。そんな著者がお寺の本を書こうと思い立ったのは、経済学者特有の嗅覚によるものだった。世間ではお坊さんといえば「生臭坊主」「坊主丸儲け」「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」等々、胡散臭い表現ばかりが目につく。しかし、訳のわからない場所であるからこそ関心を持ってしまうのが経済学者の性。お寺の背後にはどのようなメカニズムが存在しているのか。そこに住む住職たちはどのようにして生計を立てているのか、そしてお寺は社会の中でどのような役割を果たしているか。かくしてお寺は著者にとり格好の分析対象に思えてきたという。情報収集に当たっては、お寺以外にも葬儀社、霊園、石材店などの関連業者へインタビューを実施した。こうしたインタビューからは、お寺の活動を一方向からだけではなく多面的に見ることの重要性を学んだそうだ。
                      (2010年、ちくま文庫、740円+税)

佐川美加著『パリが沈んだ日』

2010-04-01 12:37:51 | Weblog
佐川美加著『パリが沈んだ日』

本書は、パリのセーヌ川の洪水史をテーマとする歴史書である。花の都、芸術の都であるパリと洪水。なにかミスマッチを感じさせるが、本書を読み進むとミスマッチどころか、セーヌ川の洪水に悩まされ続けたパリの歴史の側面を再認識させてくれる。
パリは地震や噴火などの災害には縁がない都市であった。しかし、セーヌ川の反乱による水害には、たびたび悩まされていた。セーヌ川の源流はワインの産地フランス中部のブルゴーニュ地方。秋口から降り出した雨が400kmをゆっくり下って真冬の頃になってパリにやってくる。パリはセーヌ川を挟んで広がる平らな土地と外側の丘から形成されている。標高35m以下の土地はパリ低地と呼ばれ、セーヌの水で覆われ、その水によって運ばれた土砂が堆積されてできた土地である。都市化が進むにつれて、橋梁、川岸には川岸に築かれた河岸、下水構、地下鉄等により洪水の被害は大きくそして複雑化していく。この地は、浸水がいつ起きてもおかしくない地形であるといってよい。しかしながら、人々は決してこの場所を離れようとはしなかった。セーヌ川なくしてパリの町はない。ちなみに、パリ市の紋章の中央には川に浮かぶ船が描かれ、その下にはラテン語で「たゆたえども沈まず」と記されている。この紋章はパリが洪水に悩まされて来た町であることの象徴といえるかも知れない。ちなみに、本書には3世紀から2005年6月23日までのパリの洪水の歴史が12ページわたり「年表」として収録されている。
歴史的に見ると、セーヌ川は市民を異民族の攻撃から守る天然の堀であり、交通路であり、働く人々の収入源であり、日々の水と食料の貯蔵庫であった。水位が上がることは川にとって自然現象だ。人間が住みつき生活するようになったとき、洪水による被害を受けるようになった。都市として発展していくのと歩調を合わせるように、セーヌ川の洪水も激しさを増す。
丁度百年前、1910年1月にパリは大洪水に見舞われた。平和で活気あふれる「世界の首都」が水に浸った。被災した建物は1万5千から2万、被災者は20万人といわれる。町中が悪臭を放つ大量のゴミと泥に覆われた。政府、軍隊、ボランティアが総動員で献身的に事態の収拾にあたる。その一方で、市民は晴れ着をきてセーヌ河畔に「一生に一度の大洪水見物」に出かけたり、洪水の期間もモンマルトルのキャバレーやダンスホールで、日々を楽しんだりしていたという。本書は、パリの洪水という自然現象と当時の社会風俗とが多数の図版や写真とともに読者に訴えてくる。
本書の著者である佐川美加(さがわ・みか)氏は1960年の生まれ。現職は雙葉中学・高等学校勤務。早稲田大学(教育学部で地理歴史、文学部でフランス語・フランス文学)卒業後2000年フランス政府給費留学生としてパリ大学ソルボンヌ校に短期留学した。自然地理学とフランス語・フランス史に堪能な著者ならではの書である。
(2009年、白水社、2400円+税)