読書と著作

読書の記録と著作の概要

河村幹夫著『五〇歳からの危機管理―健康・財産・家族の守り方』

2006-09-26 06:48:25 | Weblog
本書の著者河村幹夫氏は、1935年(昭和10年)長崎市に生まれた。河村氏の経歴は異彩を放っている。一橋大学経済学部を卒業(1958年)後、三菱商事入社する。ニューヨーク、ロンドン等の海外勤務を経て、1990年同社取締役に就任した。1994年、多摩大学・同大学院教授に就任する(経営学博士)。2006年4月から多摩大学統合リスクマネジメント研究所長をつとめている。商社マン時代の豊かな国際経験などから「週末500時間の活用法」を提唱し、ビジネスマンの注目を集めた。その結果が三菱商事在職中から多数の著作をものし異色ビジネスマンとして広く世間に知られる存在となった。河村氏の著作は多方面にわたる。すなわち、商社マンとしての体験を踏まえた金属先物取引、ビジネスマンの生き方、シャーロック・ホームズ研究等である。『シャーロック・ホームズの履歴書』(講談社現代新書)は、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。同氏は、ロンドン・シャーロック・ホームズ協会員でもある。
本書は、同じ角川ONEテーマ21(新書)から出版された『五〇歳からの人生設計図の描き方』、『五〇歳からの定年準備』(著者は何れも河村氏)に続く第3冊目。冒頭に置かれた「まえがき」には、ショッキングなことが書かれている。知人の息子のマンション購入の相談を受け、結果的にヒューザーが開発販売した耐震強度偽装マンション購入事件(買ったのは知人の息子)に巻き込まれてしまったというのだ。本書の第1章では、この耐震強度偽装マンション関連事項にスペースを割き、自身の苦い体験を踏まえたリスクマネジメントの重要性を説く。
 耐震強度偽装マンション事件は、“性善説”に基づいて運営されてきた日本社会の相互信頼性を根底から崩した象徴的なケースのひとつである。著者はそのようにコメントし、日本の現代社会は「信頼喪失社会」であると定義した。欧米では、「自分の身体と財産は自分で守る」ことは当たり前の鉄則。しかし、従来の相互信頼性に依存していた日本社会では、この鉄則に関しては甘かったということである。
所謂「定年もの」といった本はたくさん出ているが、本書の特色は次のように整理できよう。①リスクマネジメントという切り口
②自己の体験を踏まえたもので、抽象論や一般論、ましてや説教口調の本ではない
③ビジネスマン(本書ではビジネスパースンという用語を使用)の先輩として後輩に語りかけるというスタンス
本書は様々のタイプの“リスク”を俎上に乗せている。「50歳で失業するリスク」、「生活習慣病に罹患するリスク」等の項目もあった。もちろん、「巨大地震」に襲われるリスクに関する言及もある(第4章)。巨大地震対策については、本書の性格から個人または家庭ベースでの対策に重点を置いた叙述となっている。災害発生の際の円資産の暴落に備えて資産の一部を外貨やゴールドで持つことを勧める等、国際派ビジネスマンだった著者らしい忠告を行なったりもしている。この点はユニーク。
(2006年、角川ONEテーマ21新書、705円+税)


白木屋の大火  一九三二年(昭和七年)十二月

2006-09-26 06:35:58 | Weblog
江戸時代、東海道など五街道の起点として栄えた東京・日本橋。往時のにぎわいをとり戻そうと、旧東急百貨店お跡地に昨年三月、地上二十階建ての「日本橋一丁目ビル」が開業した。商業ゾーン「COREDO(コレド)日本橋」には、歴史ある土地柄にふさわしく、飲食店など伝統ある名店が国内外から招かれた。このビルは三越と高島屋の間にある。「二つの百貨店の間をつなぎ、これまでになかった人の流れを作っている」と「日本橋一丁目ビル」の三井不動産企画統括役である大堀正博さんは語る(二〇〇四年七月十日付読売)。この新ビルは、日本橋にくる買い物客の行動範囲を、更に広げる相乗効果も生んだ。

ところで、この「日本橋一丁目ビル」の建設地は、戦前から戦後の一時期まで百貨店の白木屋が建っていた場所。そして、歴史に残る白木屋大火の場所でもある。『白木屋三百年史』(1957年・白木屋)には、「白木屋の大火」について約三〇ページを費やして開設している。白木屋大火は、一九三二年(昭和七年)十二月十六日午前九時十五分四階玩具売場から発生した。出火原因は豆電球のソケットに装飾用の銀線が接触して発生したスパーク。これが雪に見せかけた綿→枯れたクリスマスツリー→セルロイド玩具と燃え移り、さらに五階(家具美術品)、六階(特売場)、七階(食堂、ホール)、八階(店員食堂)へと延焼した。火災による死者は十四人。うち一人(問屋関係者)以外は店員の犠牲者だった。また重傷者二一名の中にも顧客は殆どいなかった。
 火災の際、屋上で陣頭指揮を取っていたのが元軍人の山田忍三専務。「船長がむやみに船から降りられるか」といって、山田専務は建物と運命をともにする決心だった。しかし、山田専務は屋上へ上がってきた警視庁消防課長の命令でようやく屋上を去った。この白木屋の大火がもたらした影響は数多くあるが、なかでも、最も大きな影響を与えたのは、火災保険問題であった。従来、大工場あるいは大商店街の大火による保険の填補は、しばしばあった。しかし、一万余坪の大ビルディングの大半が焼失というケースは、初めてのことであり、損害保険業界にとっても、また重大問題であった。
 この火災の関係損保会社は、帝国海上、東京火災、日本火災、明治火災等、大小三〇社。保険金額は建物六〇〇万円、什器一一二万五〇〇〇円、商品二八〇万五〇〇〇円、合計総額九九三万円だった。什器や商品はともかく、建物の損害査定は、再保険関係が複雑なこともあり交渉は翌年に持ち越された。保険会社側による白木屋の損害調査は、実害検査と査定のために三か月を費やされた。結局、建物に対して支払われた火災保険金は一四五万円だった。ところで、白木屋火災というと、どうしても避けて通れないのが「ズロース」の問題。加太こうじ『昭和事件史』(一九八五年・一声社)の「白木屋の火事」の項には、次のような文書が紹介されている。

若い女のこととて裾の乱れが気に、片手でロープにすがりながら片手が裾を抑えたりするために、手がゆるんで墜落してしまったというような悲惨事があります。こういうことのないよう、今後、女店員には全部、機械的にズロースを用いさせるようにします

 加太こうじは、「白木屋の火事以来、日本の女性の多くが、ズロースをはくようになった」という説を紹介する。ただし、加太こうじの説は少し違う。「そういわれると、そんな気もするが、事実はそうではない。実は昭和八年から九年にかけて、日本の若い女性の多くが洋服を着るようになったからである」というものである。


城島明彦著『船と船乗りの物語』から

2006-09-26 06:30:06 | Weblog
本書の著者城島明彦氏は1946年三重県の生まれ。少年の頃、海や港を見て育つ。早稲田大学政経学部を卒業後、東宝、ソニーに勤務した経験があり、『ソニーの壁』といった著書がある。「けさらんぱさらん」でオール読物新人賞を受賞しており、現在は作家として活躍中。本書は、「船や港について知りたい」という少年少女たちが持つ好奇心を満たしてくれる本。そのような編集意図をもって作成された。巻頭には豪華客船、超大型タンカー、コンテナ船、LNG船、自動車運搬専用船等様々な船のカラー写真が飾られ、海のロマンを感じさせてくれる。目次を開くと、クルーズ客船、コンテナ船、タンカー等船に関する様々なテーマが盛り込まれていることが分かる。ユニークなのが巻末付録。船長になるには、海上勤務する社員の新人研修の実情といった船に関する「就職情報」が収録されている。

本書の特色は、若い読者を想定しているところにある。海洋学や海事科学を学び、海運会社に就職するためのガイドにもページを割いている。かつて東京と神戸にあった国立の商船大学は、国立大学の独立行政法人化を前に統合され、名称が変わった。東京商船大学は東京水産大学と統合し、東京海洋大学となる。一方、神戸商船大学は、神戸大学と統合、神戸大学海事科学部となった(216ページ)。また、私立大学としては東海大学海洋学部があることも紹介されている。

本書は、歴史と伝統を誇る海運会社である日本郵船株式会社の協力のもと作成された。様々な世代の郵船マン(ウーマン)が登場する。海がない長野県出身のA氏。1965年に東京商船大学に入学、卒業後日本郵船に入社した。A氏の商船大学での学生生活や日本郵船入社後のキャリアーが紹介されている。A氏は、今は豪華客船「飛鳥」の船長だ。一方、神戸商船大学の最後の卒業生(2004年卒)で日本郵船に就職したB氏も登場する。B氏が体験した日本郵船における社員教育の実態が興味を惹く。B氏の最初の航海は「NYKアフロディテ」への乗船すること。シンガポールまで飛行機で飛び、そこから船でヨーロッパへ向う。本書には、同社の女子採用状況についての言及もある(201ページ)。日本郵船における2003年の女子採用は5名、翌年は6名だった。全体の採用は、例年20~25名だから女子の採用が少ないともいえない。早稲田大学商学部卒業した帰国子女Cさんの入社試験の体験記も興味深い。

ところで、東京海洋大学の学歌の作詞者は星野哲郎氏。星野氏は演歌を数多く作詞してきた。「なみだ船」、「親子船」、「女の港」等船や港をテーマにした歌詞が多い。それもその筈、星野氏は商船学校の卒業生で元船員だ。こんなエピソードも紹介されていた。本書は海上保険担当者のサブテキストとして最適であるが、船に関する「読物」としても、良くできている。2005年12月の刊行であり、データ等は比較的新しい。
                                   (2005年、生活情報センター、1500円+税)




東京神田の「吉田のうどん 楽家(らくや)」

2006-09-17 09:25:42 | Weblog
この七月十日、「吉田のうどん 楽家(らくや)」という店が東京に進出してきた。場所はJR神田駅の近く。この楽屋という店の経営主体は、富士山麓の山梨県富士吉田市に本社があるアスティー社。ビルやホテル管理運営を行なう企業だ。日本経済新聞(二〇〇六年七月十一日付地方版)で、このことを知り、早速に行ってみようと思った。ところが、記事には住所・電話番号が記載されていない。そうこうしているうちに一ヶ月が過ぎてしまう。ある朝、通勤のため神田駅から東京駅に向かう山手線に乗り、ぼんやりと窓の外を眺めているときに「吉田のうどん」と書かれた比較的大きな看板に気づいた。赤と茶色を基調にした大きい看板は、電車から良く見える。楽屋の位置は、山手線の内側で神田駅の近く。東京駅寄りの線路際に位置する。数日後の早朝、看板を目指して行ってみると、開店は十一時とのこと。もう一回出直して、ようやく「吉田のうどん」を賞味することができた。
「吉田のうどん 楽家」は、小さい店だ。一階と二階を合わせて二〇人弱しか入れない。急な階段を登る二階は比較的すいていた。うどんのメニューは別掲の通り。一部を省略したが、メニューの内容は比較的単純である。「肉うどん」を注文する。価格は580円。麺はプリプリとして歯ごたえがある。腰が強いのが「吉田のうどん」。このことは、後から知った(旭屋出版編集部編『うどん大全』2006年、旭屋出版)。前号で紹介した東村山のうどんが“透明度があり、しなやか”であったのと比べると対照的だ。さて、「肉うどん」に話題を戻そう。かけうどんの上に、小さく切った馬肉、油揚げ、茹でたキャベツが三等分の面積で並ぶ。これが「肉うどん」である。

「吉田のうどん」については、新聞記事を読むまで、全く知らなかった。富士吉田市は、富士山からの伏流水を使用した硬い手打ちうどん作りがさかん。伝統的な日常食のようだ。具にキャベツを使うのも特徴だ。まだ足を踏み入れたことはないのだが、富士吉田市には多数のうどん店がある。今年大学を卒業した娘は、本場で吉田のうどんを賞味していたことが分かった。娘の友人に富士吉田市出身者がいた。数年前、娘がその友人を訪ねて富士吉田に行った際、友人が「おいしいうどん屋さんがある」といって案内してくれたそうだ。
うどんをきっかけに、家族との対話ができた訳だ。

吉田のうどん  400円
肉うどん    480円
つけうどん   400円
肉つけうどん  480円
冷しうどん   480円
冷し肉うどん  480円
大盛      100円増
肉特盛     200円増

櫻井稔著『内部告発と公益通報』

2006-09-09 09:46:56 | Weblog
ここ数年、様々なパターンの“内部告発事件”が、マスコミを賑わせている。2001年夏、日本でもBSE(牛海面状脳症)の発生が確認された。この年の12月、国が在庫国産牛肉を全量買い上げ、焼却処分する方針がでた。その際、雪印食品等による牛肉の産地偽装問題(オーストラリア産牛肉を“国産”と偽り国に買い上げさせた)が発生した。雪印食品の場合、取引倉庫業者が全国紙へ通報するという内部告発により明るみに出てしまう。また、三菱自動車等による自動車メーカーのクレーム隠しも内部告発により、白日のもとにさらされた。2000年6月、匿名の人物から自動車交通局へ電話があり、これが端緒でクレーム隠しが明らかになる。その後、三菱自動車は2004年5月にトレーラーの車輪脱輪事故による母子3人の死傷事故めぐり、元副社長や常務などが逮捕されるという事態まで発生。会社存亡の危機といわれるまでに陥ってしまう。また、中部電力や大阪いずみ市民生協等で発生した経営トップによる公私混同が内部告発により暴露されてしまった。
内部告発の舞台は民間会社にとどまらない。北海道警察、福岡県警をはじめとする各地県警の公金不正流用も表沙汰となった。カラ主張や偽造領収書等により「裏金」をつくり、その金をプールしておき、警察幹部の交際費、ゴルフ代に流用するといったことが明るみに出たのだ。警察の不正に関しては内部告発とともに情報公開(2001年4月施行の「行政機関の情報の公開に関する法律」に基づく)も威力を発揮している。以上は、ほんの一例にすぎない。官民を問わず、不祥事が内部告発により明るみに出るケースが増えてきたのが最近の傾向である。一方、海外に目を向けてみよう。アメリカ合衆国では、エンロンやワールドコムといった巨額不正会計操作事件が起きている。これらの事件の多くが、関係者の“内部告発”によりオープンになった。象徴的なのがTIME誌(2002年12月30日、2003年1月6日合併号)の表紙を飾った3人の女性達の写真(本書31ページに所収)。この3人は、エンロン、ワールドコムの不正会計そしてFBI本部がおこなった「9・11事件容疑者に対する捜査妨害」の告発を行った勇気ある女性達である。
本書は、官民を問わず明らかになっていく不祥事が、内部告発により明らかになるプロセスや原因を分析する。一方、社会的正義感等から内部告発を行なった人物を、一定の範囲・制約のもとで保護することを目的として、この4月施行の「公益通報者保護法」に関して解説を行なう。いわば、内部告発に関する入門書、啓蒙書といった性格の本である。かつて労働組合が強かった時代には、「組合の目」を意識して、「経営者のやりたい放題」には、自然にブレーキがかかっていた。終身雇用制度は、年々崩れてきている。サラリーマンの中で、“会社人間”と呼ばれるタイプの人々は減少している。一社会人として「自分の会社が行なっている“悪”を許せな」いと考える従業員は着実に増加してきている。例えば、会社ぐるみで「残業手当の不払い」を行なっていたりすると、格好の内部告発のターゲットとなりかねない。
(2006年、中公新書、740円+税)