加藤清正、福島正則と三成は相当仲が悪い。どうしてこんなに悪いのか?。
正則「ぬくぬくと日本におって楽をしていた者に何が分かるか?」
三成「某の言葉足らずならばお許しくだされ。」
清正「治部少!。わしはお前を許さぬ。」
三成「何で御座る?。」
清正「この上はそなたを打ち殺す。」
三成「われらは上様の御遺戒の下、合議をもって豊臣の世を守りぬかねばなりませぬ。…殿の御遺戒じゃ! 控えよ!」
清正「くそっ!」
清正の激怒の理由が良く分からんが…、三成も「太閤の御遺戒」なんて言うから溝が深まるばかりじゃ…。
こういうシーンは泣くのが効果的だぞ、三成…。
一豊「石田治部少は聡明な男じゃ。少々取り澄ましたところが鼻にはつくが、治部少の豊臣への忠心はまことじゃ。石田治部少ある限り徳川殿もそう容易に豊臣のは手を出せぬであろう。」
しかしこの「少々取り澄ましたところが鼻につく」が豊臣を二分するのでしたぁ~。
家康「人間、機敏な者ほど他者がたわけに見える。従うて怒りやすくなる。三成と太閤はよう似ておる。知恵はよう回るしさまざまは手は打つ。じゃが太閤はここ一番待たねばならぬ時には大地が腐るまで我慢する気根があった。三成にはそれが無い。」
家康「この囲碁はのう…、一手、一手が面白う打てそうじゃの…」
家康「豊臣の火事を大きくするためには治部少はまだまだ泳がせておけねばのう。…そのためには石田治部少三成にはもっともっと大きゅう育って貰わねばのう。」
千代「旦那さまのようにお言葉とお心に隔たりのないお方はこの国に何人ともおりませぬ。」
…褒め言葉なのか?。
三成が出て来た頃は、一豊と馬があわずどんどん仲が悪くなるのかと思ったけど、…今回三成のピンチを助けたりして、仲が良いじゃない!。
でも、豊臣 > 徳川 > 三成だから東軍につくのか…。清正と正則は関ヶ原の後、悔やんだのかな?。
先週の予告であった「食べて良いのか?」の台詞がなかったなぁ~。
来週は上杉討伐…。
正則「ぬくぬくと日本におって楽をしていた者に何が分かるか?」
三成「某の言葉足らずならばお許しくだされ。」
清正「治部少!。わしはお前を許さぬ。」
三成「何で御座る?。」
清正「この上はそなたを打ち殺す。」
三成「われらは上様の御遺戒の下、合議をもって豊臣の世を守りぬかねばなりませぬ。…殿の御遺戒じゃ! 控えよ!」
清正「くそっ!」
清正の激怒の理由が良く分からんが…、三成も「太閤の御遺戒」なんて言うから溝が深まるばかりじゃ…。
こういうシーンは泣くのが効果的だぞ、三成…。
一豊「石田治部少は聡明な男じゃ。少々取り澄ましたところが鼻にはつくが、治部少の豊臣への忠心はまことじゃ。石田治部少ある限り徳川殿もそう容易に豊臣のは手を出せぬであろう。」
しかしこの「少々取り澄ましたところが鼻につく」が豊臣を二分するのでしたぁ~。
家康「人間、機敏な者ほど他者がたわけに見える。従うて怒りやすくなる。三成と太閤はよう似ておる。知恵はよう回るしさまざまは手は打つ。じゃが太閤はここ一番待たねばならぬ時には大地が腐るまで我慢する気根があった。三成にはそれが無い。」
家康「この囲碁はのう…、一手、一手が面白う打てそうじゃの…」
家康「豊臣の火事を大きくするためには治部少はまだまだ泳がせておけねばのう。…そのためには石田治部少三成にはもっともっと大きゅう育って貰わねばのう。」
千代「旦那さまのようにお言葉とお心に隔たりのないお方はこの国に何人ともおりませぬ。」
…褒め言葉なのか?。
三成が出て来た頃は、一豊と馬があわずどんどん仲が悪くなるのかと思ったけど、…今回三成のピンチを助けたりして、仲が良いじゃない!。
でも、豊臣 > 徳川 > 三成だから東軍につくのか…。清正と正則は関ヶ原の後、悔やんだのかな?。
先週の予告であった「食べて良いのか?」の台詞がなかったなぁ~。
来週は上杉討伐…。
いつもありがとうございます。
清正と正則って現場系ですよね。
三成は事務所系。ワタシがOLしてた時
もそうでしたが、事務系って現場のことは
じぇんじぇんわからないので、
何気ない言葉で現場の人間をキレさせて
しまうこともあるのです。
三成対清正&正則のシーン、それを思い出し
ました。
http://tb.plaza.rakuten.co.jp/bluestar1719/diary/200610080000/e6425/
予告でそんなセリフがあったんですか~。
一豊がごはん食べてる場面ですよね?
上川さんの目が、セリフを言うのと同じくらい
語りかけてましたね。
家康は三成の性格を見事に見抜いてましたね。
一豊君、少しは見習えよ…。
寧々が家康を推すから清正と正則も当たり前のように家康側についたのかな…?。
元気な頃の秀吉なら泣いて出迎えただろうな~なんて。
しっかと手を握り締めて、労いの言葉を掛ける。
三成に足りない所はそういうところなのかな?と思いました。
三成自身も家康の策に乗せられていたのか…、結果論なのか…。
三成も もう少し清正らの気持を想像したら良かったのにねぇ。
まだ明にいるころ 三成は 武将達の所業を秀吉に伝える仕事をしていたことがあって、(役名忘れた~) 真っ正直に報告しすぎて 清正,長政らの気分悪くしちゃったこともあったらしい。 それで秀吉も怒っちゃってねぇ。
三成は ありのままを真面目に報告したんだけど・・・^_^;
いろいろなことが重なっているんだけど 今回のお話では 伝わってこなかったよねぇ。
それにしても、清正、正則はもう少しオトナになれよ!と思うのでした…。