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天地人「最終回・愛を掲げよ」

2009-11-22 | 天地人
天地人「最終回・愛を掲げよ」

1615年。
病弱な景明が倒れ、帰らぬ人に。
景明「父上…、母上…。」
お船は子供三人に先立たれたのですね、可哀相に。
兼続「景明は早この世の務めを果たしたのじゃ…。」
お船「まだ何も果たしてなどおりませぬ。…何ゆえ我が子を…。」

家康も死期が近づき床に伏せっていました。
政宗と兼続を駿府へ呼び寄せる家康。

家康「おぬし等二人にはこの場で誓ってもらいたい。この後は秀忠の指南役として徳川に尽くすとな…。」
政宗「御安い御用」
兼続「我が愛と義が何たるかはお教えすることは出来ますが、されど『志』とは、お貸し出来るものでは御座いませぬ…。」
※家康との和解?、そんなわけないだろーッ。
家康「わしが果たせなんだ父の役目、そなたが果たしてやってくれ…。頼む…。」
※いやいや、秀忠の指南役を外様の家臣に頼まなくても…。
享年75歳。
謙信公が75歳まで生きてたらねぇ…。
長生きしました家康。
天晴れです。

その頃米沢では、お船を励ます景勝。
激励と言うより口説いてた…(汗)。
お船「何を仰います。そのようなお戯れを…。」
お船は江戸へ向かい、上杉家の跡継ぎ玉丸の養育にあたるのでした。

秀忠「これからは、改めて宜しく頼むぞ…。」
秀忠、政宗との関係も良好。
しかも江戸城の若い衆からも人気があるのは余りにも…。
信長・秀吉・三成と、昔話をする兼続。
兼続「関ヶ原随一の名将はなんと言っても石田三成。あの男ほどこの国を思い案じておったものを知らぬ。」
※まぁ最終回です。兼続の好きにさせておきましょう。

兼続は米沢で学問所を開いて、それを最後に隠居することにしました。
お船と一緒に景明の位牌を持って越後へ旅をする兼続。
兼続「景明。これは我等の故郷じゃ…。」
上杉がそのまま越後に居たらどうなったかな?冬場は動けなくても前田家と連携すれば徳川に対抗出来たかな?

兼続「失ったものは多かった。だがのう、わしは何も残せなかったとは思わんぞ。全ては心に刻まれておる。」
最後はお船から紅葉の葉を受け取り極楽浄土へ旅立つ兼続でした。

来年は、「龍馬伝」

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天地人「大坂城炎上」

2009-11-15 | 天地人
天地人「大坂城炎上」

最後の戦い、大阪の陣。
豊臣は時代に取り残されかつての家臣からも見放されていました。
徳川の世で行き場を無くした浪人を抱えて徳川に挑みます。
浪人12万 v.s. 徳川勢20万。

上杉軍は徳川に加勢。
秀忠は大阪攻めを避けたいと考え政宗を使者に出し、兼続から家康へ甘言するように図るのでした…。
って、ぬな、バカな…。

兼続「『お誓い申す』…この耳でしかと聞きました。お約束をお破りになると…。」
家康「そなた何ゆえこのわしの味方をする」
兼続「秀忠公がおわす故にございまする。秀忠公の御代に望みを託しております故…。」
家康「約束などは昔の事。わしは徳川の世を磐石にする、そのことしか考えておらん。」

秀忠「この過ちを再び繰り返さぬようにと…。そちの真心しかと受け取った…。」

家康を責めつつ、秀忠を持ち上げて、ナイス兼続。

兼続は、病弱ながらも戦場の何たるかを見せておくために嫡男、景明を連れて大阪へ向かいました。
兼続「その痛み、苦しみをしかと学びとるが良いぞ…。」
しかし景明は戦の無理がたたり病に伏してしまいました…。

幸村は大阪城へ。
淀「頼もしや。そなたの入城とあれば百万の味方を得たも同然。」
幸村は立派な武士として育っていました。
結構、強そうです。

大阪冬の陣。
開戦から10日程で大阪城の外堀を埋めることを条件に和議。

しかし堀を埋めた後に大阪夏の陣。
行ったり来たりと大変です。
しかし朝鮮出兵を思えば楽なものなのかな?
大阪城は燃えに燃え、徳川の勝利。

秀忠の娘、千は幸村と兼続により無事助け出されました。
淀「ならぬ。そなたは生きて家康にわれらが最後しかと伝えよ。そなたを死なすわけにはいかぬ。そなたを道連れにしては天下の豊臣の名が廃るであろう。」
幸村「信じるにたる人はあの人の他におらぬからです。あのお方に全てを教わりました。…何かを残しそれを次の世につなぐ事ができたものが真の勝者であると…。…これにて、陣中にてもう一働きします。『直江様、頼み参らせる…。』」

次週、最終回「愛を掲げよ」
BB戦士 No.343 戦国伝 武神降臨編 真田幸村頑駄無

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天地人「大坂の陣へ」

2009-11-08 | 天地人
天地人「大坂の陣へ」

豊臣家滅亡へのカウントダウン。
オープニングの紙芝居風は結構、面白かった…。

伏見城に行く前に兼続は大阪城へ。
秀頼、千姫、そして淀と逢いました。
兼続「お方様、今は苦難の時と思し召し、何卒長い目で世をご覧なされませ。如何なる時もお方様には賢明に身を処さえますように…。」

その後、景勝と共に将軍宣下の祝いのため伏見城へ。
景勝「かしこまりましてございまする。」
新将軍秀忠に頭を下げる上杉。
しかし、豊臣家は徳川に頭を下げませんでした。
淀「徳川に屈しては亡き太閤殿下に申し開きが出来ませぬ。天下は秀頼のものに有らずとお思いでございますか?わたしの子が天下を継ぐくらいなら天下など徳川にやった方がマシとお考えですな…。」
高台院「何があっても豊臣の血。後の世につないで欲しい…。私にはそれを願うことしか適わぬのじゃ。」

京に残った兼続のもとへ毛利輝元が訪れました。
輝元「わしは後悔しておるのじゃ。あのとき、敢然と動いておれば…。わしがあの時、大阪城を明け渡さなんだらと…。そうあらば、天下はいまだ豊臣にあり毛利の座も揺るがなんだと…。」
兼続「我等は負けました。今更それを悔いたとて何も始まりませぬ。…生きていれば辛い事もままならぬ事もございます。されどそれら全てに慈愛の一念をもって対することこそが人としてのあるべき姿と存じまする。さすればきっといつの日か天下は良き報いをくれましょう…。」

仙桃院「謙信公の後を継ぐ者はそなたの他になかった…。そなたはもう謙信公を超えておる…。引け目に思うことは何もない。そなたはそなたの義を貫き通せばそれで良い。」
謙信の姉、仙桃院も亡くなりました。
随分と長生きしたものです。

それから五年の月日が流れ、いよいよ大阪の陣へ。

次回、大阪城炎上

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天地人「哀しみの花嫁」

2009-11-02 | 天地人
天地人「哀しみの花嫁」

取扱注意:本多政重。

本多正信の次男…、正直全く知らん(汗)。
大谷⇒宇喜多⇒福島と主家を変えていったらしい。
関ヶ原のときは宇喜多だったのかな?

本多政重は、直江勝吉と名を改め、一万石で召し抱えられました。
30万石の領地で一万石ですから結構待遇高いのでしょう…。

兼続の娘お松と勝吉、美男美女のカップルなのですが…定番通り最初は心が通じ合いません。
可愛いお松から「真の夫婦になりとうございます。」と言われて寝てしまうヤツがいるでしょうか…、レッツゴーオン!だろ。

徳川では将軍職を家康から秀忠へ。
勝吉のお仕事は、上杉家の内情を知らせることと、上杉を徳川方へつけることのようです。
勝吉「徳川にお味方頂けますか?」
兼続「さぁ~て、どうするかの…。」

兼続は米沢の治水を相談するため、仙台へ向かいました。
政宗「天下に興味無しか…なんともつまらん。」
伊達と上杉って犬猿の仲じゃないのかな???

政宗「川の流れ、田畑の広がり、寺や屋敷の配置…町の全てが…米沢を守るか…。わしの故郷をこうも変えるとは気に入らぬ…だが悪くない。小さいながらこの国は一つの天下を成しておる。」
兼続「ありがたきお言葉…。あまりに多くのものを失いましてございまする。されど、なんとしても作り上げたかったのがこの…。」
兼続「今ようやく、我が目指す道が見えましてございます…。」
※オイオイ…。

お松は、お船から夫婦円満の知恵を授かります…。
お船「絆とは相手に何をしてあげられるか、想い続けること…。」

その年の冬、米沢では病が流行しました。
兼続の次女はあえなく他界…、そしてお松も病にかかってしまいました。
お松「わたくしは、あなた様と真の夫婦になりたい。絆を持ちたいので御座います…。」

お松「父上、無念でございます。どうか勝吉様を…。夫婦となれて幸せでした…。父上の涙、はじめて見ました。ガクッ」

竹松「わたしは、なんとしても生きて、生きて、父上と母上の側に居らねば…(涙)」

次週、大阪の陣へ

本多正信―家康に天下をとらせた男 (PHP文庫)
中村 整史朗
PHP研究所

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