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「街道をゆく~台湾紀行」司馬遼太郎

2020年01月30日 19時15分26秒 | 読書(台湾/中国)
「街道をゆく~台湾紀行」司馬遼太郎

台湾理解のための入門書、スタンダードと思う。
内容は興味深く、とてもおもしろい。
なにより、著者の台湾に対する愛情を感じる。

P42
台湾の多数派は、むろん根っからの本島人(本省人)である。多数はとはいえ、被支配層で、ながらく発言権が弱かった。それどころか、弾圧されたり、殺されたりした。
当然ながら本島人は大陸系をきらう。英語で言う場合に、みずからを台湾人(タイワニーズ)と言いたがる。両者は文化までちがうのである。

P37
長老派教会には、牧師がいる。
が、特徴として、信徒からえらばれた長老によって運営される。

P45
(前略)儒教は、多分に私の体系である。仁をやかましくいう。仁は私人である為政者の最高徳目で、それが人格ににじみ出るのが徳であった。(私に対する公の思想が法家思想で、古代の秦が採用して失敗して以来、中国には根づかなかった)

P84
儒教の根幹は孝である。孝はもっともかがやかしい私だが、公ではない。

春秋戦国時代について
P56
櫓の国から孔子が出、また墨子も出た。
墨子は孔子とは正反対に、身分制の否定者だった。
人は平等であり、たれもが天の臣である、とした。さらには天の本質は愛であると言い、人たる者は天に見習って万人を公平無私に愛さねばならないといった。むろん、キリストがうまれるはるかな以前である。
その上、墨子は技術者であり発明家であった。
また韓からは韓非が出て、法治主義を説いた。
楚からは老子が出た。その積極的な虚無主義を、宋から出た荘氏が発展させた。
この沸きたつような多様性の時代を後世"諸子百家”とよんだ。

李登輝さんの言葉
P86
「植民地に対しては、宗主国というのは、自国のいいところを見せたがります。シンガポールに対する英国もそうでしたし、台湾における日本もそうでした」

尾牙(ベエゲ)について
P96
むかしは店で、店主夫妻が使用人たちをご馳走した。もし店主夫妻がやめてほしい使用人がいる場合鶏料理の頭をその人のほうにむけるそうである。

P112
香港や東南アジアの華僑は工業を好まず、手っとり早く金もうけができる金融業や不動産業、相場を好むものでる。
台湾人が、武骨にも製造業を好むというのは――邸永漢氏は日本人の影響だというが――きわだった特徴といえる。

P156
客家とは、本来"よそ者”という意味である。大陸や台湾、あるいは世界の各地に住みつつ、客家語とその文化を共有することで同族であることを認識している。(有名な客家は、洪秀全、孫文、鄧小平、リー・クアン・ユー(Lee Kuan Yew)、李登輝)

P161
梅県は広東客家の名邑(めいゆう)で、いまでも台湾をはじめ世界中の客家の名士でここを祖籍とする人が多い。

P217
オランダ人の貿易のしかたは、同時代の競争相手の英国人のそれよりも、はるかにすぐれていた。
そのひとつは、調査にあった。その地は、何を産し、何を必要としているか、ということをしらべるのである。

P222
大陸中国にあっても、孫文は好まれている。
が、"国父”としては台湾にとられた印象がなくもない。
そのせいかどうか、大陸では作家の魯迅がかつがれる。

P256
媽祖信仰は、大きく分ければ道教に分類される。
道教は、いうまでもなく漢民族の土着宗教である。
教義的厳格さのない大らかな宗教で、神や精霊の力を借りるシャーマニズムの要素も持っていれば、幻術、妖術をつかう鬼道という側面もある。

P285
清朝は、政治の力で"古代”を人工的に再生産してアジアに停滞をもたらした王朝である。清史はおもしろいが、現代の幸福のためには、あまり役立たない。

【ネット上の紹介】
「国家とはなにか」をテーマに、1993、94年に訪れた台湾を描いた長編。蒋家の支配が終了し、急速に民主化がすすみ、歴史が見直されようとしていた。著者は台北、高雄、台東、花蓮などを訪ねる。「台湾」という故郷を失った日本人もいれば、「日本」という故郷を失った台湾人たちもいた。巻末には当時の李登輝総統との歴史的な対談「場所の悲哀」も収録している。
流民と栄光
葉盛吉・伝
長老
でこぼこの歩道
歴史の木霊
二隻の船
李登輝さん
続・李登輝さん
南の俳人たち
老台北〔ほか〕
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