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田舎びと歳時記

花鳥風月、演歌と津軽に一筆啓上

高尾山火渡り祭

2008-03-10 10:01:30 | 田舎暮らし
待ちに待った春到来のこの日(昨日9日)!
毎年三月第二日曜日に行われる東京都八王子市の高尾山火渡り祭に行ってきました。

  


天気の良いことこの上なしという絶好の行楽日和で、多くの見物人で一杯でした。会場は高尾山麓の京王線高尾山口駅より歩いて5分程の自動車祈祷殿広場で、午後1時開始前には自らも火渡りに参加される人達が列をなしていました。私も火渡り参加希望でしたが、順番待ちの列の長さを見て今年は断念!
残念ですが、その分災厄のないよう護摩の焔をたっぷりと浴びてきました。



今年もすでに三月! 早いものですネェ~。ついこのあいだ新年の祈願に高尾山にお参りしたばかりだというのに。初心忘れるべからずの思いもあって、この火渡り祭にやって来たという訳でもあります。

良き田舎暮らし物件…まだめぐり会えていません!もう春なのに~♪ 春ナノニ…
時間ばかり過ぎ去っていくのみで、私の思いはなかなか成就しません。
悲願達成の為にも地元群馬の西毛地域攻略にはこれから入ります。海なし県群馬では山間での田舎暮らしということになりますが。

杉の木が林立しているせいでしょうか、あちこちで盛んにクシャミする声が響いていました。私は都会人と違って花粉症とは無縁のようです。火渡り祭の始まる前に時間がありましたので、リフトに乗って花粉で一杯の杉林の間を山上のご本尊様のお参りに行きましたが、何の反応も起こりませんでした。私って田舎者?

帰り道、秩父の山並みが赤く染まり、山里のあちこちで梅の白い花が夕陽に映えて静かにたたずんでいました。
これからが春本番です!ご本尊の御利益がありますように。

南無飯縄大権現(ナム イズナ ダイゴンゲン)!

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津軽愛好家

2008-03-03 10:13:54 | 田舎暮らし
明日から春三月という声を聞く前日、二月最終日の29日(金)に、春のような暖かさに誘われて前橋市内にある『津軽』というお店に行ってきました。ここのママさんはまさに津軽の女性(ひと)です。今は市町村合併で五所川原市となりましたが、旧北津軽郡金木町の出身です。作家の太宰治や歌手の吉幾三さんと同郷ということになります。

津軽好きの私、金木町は何度も(4回)訪れています。太宰の生家の斜陽館、津軽鉄道がその中を走る芦野公園、特に斜陽館のすぐ近くにある津軽三味線会館には必ず立ち寄ります。津軽の音色を聴いてこないと津軽に来た気がしないのです。
そういえば芦野公園内には津軽三味線発祥の地の石碑と吉幾三さんの『津軽平野』の歌詞の石碑がありました。

津軽平野はまだ50センチ程の雪に覆われているようです。でももう三月です!
春はすぐそこに来ているはず。雪解けとなりやがて梅、桜そしてりんごの花と一斉に開花してくる時がやってきます。津軽人でない私にも待ち遠しくてなりません。

最後に、お店『津軽』で一杯やりながら是非聴きたい歌があったので有線リクエストしました。『雪の海峡 津軽』 津軽~津軽~となんども津軽という歌詞の出てくる竹川美子さんの歌です。津軽を歌った演歌は数知れずありますが、津軽という言葉や土地には絵になる何かがあるのでしょう。
この夜のひととき津軽に酔うことが出来ました。 
コメント (2)
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白井宿

2008-02-22 10:33:25 | 田舎暮らし
群馬県渋川市北方の旧子持村の土地物件確認の帰り道、『白井宿』に寄ってきました。
ここは、八重桜の頃に武者行列も行われ見物人や観光客で賑わいます。
今は桜の木も寒そうでひとり紅梅の赤い花が日当たり良い暖かい場所で咲いていて、早くも春の気配を感じさせてくれています




中世(15世紀頃)に吾妻川と利根川の合流する地点の北方の高台に白井城が構築され、丘陵下の白井に町人・農村を中心とした城下町が形成されたのが白井宿の起源のようです。関東管領上杉氏の支配下にあった白井長尾氏がこの地で覇権を振るっていました。



ところで渋川市ですが、ここは関東平野の北の入り口のような箇所で、関越道を東京方面に走ってみると利根川に架かる利根川橋の辺りで視界が急に開けてきます。特にここからの夜景は絶景ではないでしょうか。
戦国時代、越後の上杉謙信が三国峠を越えて関東へ進出した時も、この白井宿の西方にあった白井城にも立ち寄ったと思われます。



田舎暮らしするならば歴史の香り漂う白井宿のような所も候補地のひとつかもしれません。ここからは、万葉集にもその名の出てくる『子持山』を北方に眺め、西方には榛名山とその下に伊香保の温泉街の建物が望めます。
宿の通り沿いに資料館として使用されている町屋風の建物がありました。こんな建物に住み、『いにしえ』の風物の中で暮らすこと、そんな日常では叶わぬことを白井宿を歩きながら考えてしまいました。




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立春

2008-02-04 10:10:35 | 田舎暮らし
今日は二十四節気の一つで、暦の上では春が始まる日とされる『立春』です。
あいにく昨日の節分は雪の中の豆まきとなってしまいましたが、立春という声を聞いただけで何か温かさを感じてしまいます。やがて庭先の梅の木にも白い花がほころび始め、梅にうぐいすの光景に出会えるかも知れません。

白い梅の花の咲き誇っている山里へ田舎暮らし物件探しに出かけてみるのも、これからの時期のおすすめです。梅の老木のある古民家風農家住宅にでも出会えれば最高でしょう。土地だけ取得して古民家を移築という方法もありますが、問題は予算デス。余裕あれば採用したい方法ではありますが…

私の理想は津軽での田舎暮らしですが、この時期の津軽平野は一面の雪に覆われていることでしょう。現在、五所川原市の積雪は50㎝弱位のようです。
雪国なればこそ、まだまだ白銀の世界でしょうが、立春の声が温かく響くのではないでしょうか。

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高尾山の新年祈願!

2008-01-12 11:18:45 | 田舎暮らし
ここ20年来新年の恒例となっている高尾山への初参りに一月九日(水)に行ってきました。東京都八王子市にある高尾山まで前橋市からは一般道で埼玉県西部の小川町、越生町、毛呂山町と走りぬけるコースですが、この間山里の景色を堪能しながら行くのが毎年楽しみです。

東京に入り福生市にある米軍の横田基地の脇を通りぬけ西多摩の丘陵地を見ながら、東京にもこんな自然豊かな地域があるのかと驚きまた感心しながら八王子市に到ります。前橋市を出てから、優に三時間半はかかるのですが、目の保養には充分な行程でその長さなど気になりません。

高尾山、正式名称は高尾山薬王院有喜寺。真言宗の寺院で、天平16年(746年)に聖武天皇の勅願により行基菩薩が開山されたとのことです。

今年の祈願、家内安全、商売繁盛、身体健全…そして、よき田舎暮らしの出来ますように!暖かくやわらかい陽の光を浴びながら杉の大木の聳える高尾山中を本殿に向いながら祈願しました。

田舎暮らしを希望される皆さんにとっても今年がよき年でありますように!

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麻場城址

2007-12-18 14:38:37 | 田舎暮らし
麻場(あさば)城址…所在地は群馬県甘楽郡甘楽町、戦国時代初期に築城された当地の豪族『白倉氏』の居城。群馬県の西毛地域で富岡市の東方に位置。
平地に存在する平城(ひらじろ)ではなく、山城(やまじろ)と言うことになろのだろうが、戦国時代には西上野(にしこうづけ)から碓氷峠に至るこの近辺にこのような規模の山城がいくつも存在したのだろう。


この城址を初めて訪れからもう10年にもなるだろうか。当時も今も本丸跡にある2本のけやきの大木が、主なき城址の番人のようで悠久の世界を生きているかのようだ。

本丸跡は一辺が60~70メートル位の四角形で、その周囲には空堀がめぐらされています。戦国時代の当時、ここにどんな建物が存在し武士達や家人の日常の様がどんなものであったのか?それは想像の世界でしかありませんが、当時の人達も南方に連なるやさしい山並みの姿には心癒されるものがあったのではないでしょうか。



今の世の我々には、戦国時代の豪族のように広大な居城など持つことは出来ないでしょうが、小なりと言えども山城のようなところに居を構えたいものです。

最後に、この麻場城の運命ですが、豊臣秀吉の小田原征伐時(1590年)に前田利家を総大将とする軍に攻め落とされてしまったとのことです。

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川中島

2007-11-28 11:27:15 | 田舎暮らし
毎年の恒例となりつつある長野へのりんご狩りに先週土曜日(11月24日)に行ってきました。
りんごのお店というのが、武田信玄と上杉謙信の川中島の戦いの場となった八幡原史跡公園のまん前にあり
『三太刀七太刀之跡』の信玄と謙信の像がお店の駐車場から見えます。


今から約450年ほど時間をさかのぼった当時の川中島とは一体どんな風景だったのでしょう?周囲の山並みは今も昔も
あまり変わっていないような気がしますが、高速道路が縦断し善光寺方面の長野市街に林立するビル群などは当然の
ことながら、影も形もなかったはずです。そもそも戦国時代の日本の人口が1200万人位のようですから、ここ川中島が
観光客でごったがえすなど当時の人々には想像だにできなかったでしょう。



今年はNHKの大河ドラマ『風林火山』の影響のせいか、先月下旬には上杉謙信の居城であった新潟県上越市の春日山城跡も見物してきましたが、
あの山上に当時どのような姿の建物が存在していたのか、日々の生活にも高低さのある山肌を上り下りするのは容易ではなかったでしょう。
それもさることながら、戦国時代の武者達は馬に乗って移動したわけではなく、多くの者たちは歩いて戦地に赴いたわけで、車社会現代人にはその
足腰の強さには驚きです。

時代がどれ程過ぎ去ろうとも、山々をはじめとする自然はいつまでも残り、ひとり
人間だけが消滅と誕生を繰り返しているいるかのようです。
山々に囲まれた信濃の国川中島周辺…暮らしてみたい土地のひとつです。


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盆休みも終わって…

2007-08-23 11:38:26 | 田舎暮らし
盆休みの締めくくりとして群馬県北部の沼田市利根町(旧利根村)にある『老神温泉』に行ってきました。
 ひと山越えれば栃木県の中禅寺湖や日光東照宮にも近い山間の温泉郷です。
近くには有名な『吹割の滝』もあります。草津温泉のような賑やかな温泉街ではありませんが、落ち着いた雰囲気のある温泉郷です。

海なし県の群馬で誇れるもの、県外の人を魅了するものと言ったら『尾瀬ヶ原』と温泉でしょうか。尾瀬ヶ原は老神温泉のある利根町に隣接する片品村ということになりますが。

日本全国あちこちに温泉もあれば、山々の緑もあります。どこが一番などと軽々には言えません。どこであろうと『住めば都』なのではと思います。
田舎暮らしにどこが最適地なのかと問われても、わかりません。北海道から沖縄まですべてがおすすめですと言うより他ありません。自分で暮らしたいところに住むのが最善なのでは!

わずか一泊でしたが、老神温泉を後にして帰路は中禅寺湖、日光山輪王寺と巡ってきました。東照宮や輪王寺へはしばしば出かけるのですが、『華厳の滝』を見るのは何十年ぶりでした。

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風林火山

2007-07-26 11:59:42 | 田舎暮らし
 疾如風
 徐如林
 侵掠如火
 不動如山  

『はやきこと風の如く…』 NHKの大河ドラマでおなじみの言葉ですが、武田信玄のふるさと『甲斐の国』も田舎暮らしを希望される方にとっては人気ある土地と
言えるでしょう。

周囲を山々に囲まれて、戦国時代であれば敵の侵入を防ぐには最適であったでしょうが、反面『都』へは距離的にも心理的にも遠いものがあったのではないでしょうか。
現在の『都』東京へは中央高速道利用のため距離感はなくなっていますが、あの屏風のように周囲に連なる山々が、何故かホットできるやすやぎ感を与えて
くれているように思えてなりません。

今年の夏休み、甲斐の国で過ごすのイイカモね~
最後に『武田節』の歌詞をどうぞ。

 甲斐の山々  陽に映えて 
 われ出陣に  うれいなし
 おのおの馬は 飼いたるや
 妻子につつが あらざるや あらざるや

 祖霊まします この山河
 敵にふませて なるものか
 人は石垣   人は城
 情けは味方  仇は敵 仇は敵

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津軽への交通手段

2007-07-12 14:41:57 | 田舎暮らし
『田舎暮らし』の条件の一つに片道3時間以内の範囲内…、というのが上げられるようですが、確かに日帰り圏内にあれば便利でしょうが、田舎暮らしに利便性第一主義というのもどうでしょうか?

遠く離れた地域なればこそ思いも募るということもあります。青森県津軽地方(津軽平野一帯の地域)への交通手段として私は、東北自動車道経由によるマイカー使用が主ですが、他に上野発21時47分の寝台特急「あけぼの」があります。青森駅着は翌日の10時09分。
 上野発の~夜行列車、降りた時から~青森駅は雪の中…という歌詞を思い出しますが、寝台車のベットでガタン、コトン…と揺られながら津軽へ向かうというのもたまにはよいのではと思いますが。

夜行列車の次に、高速夜行バスというのもあります。東京駅丸の内南口23時30分
青森駅着は翌日の9時とのことです。片道料金も一人5000円程。

田舎暮らしは時間との戦いではないはず。仕事で時間に追われての生活なればこそ
ゆったりとした時間の中、田舎に向かいたいものです。
さて今年の『ねぶた祭り』何で行こうかな~

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