淋しさ(寂しさ) の種類 ペットロス
淋しとは本来あるべきものが無い、あったものを失う等でおこる心。
今日は土曜日なのに、家人がみな出かけ、たった一人になったらその淋しさが押しよせて来た。思えば、ナラの居た15年余り一人になった事なかった。
義母が亡くなり、義父と夫がナラを買った。犬は嫌いでは無いけれど、義父、夫、息子2人、成人男子4人の世話はフルタイムで仕事とをしていた私にはとてつもなく大変で、走り回る子犬の世話まで…もう勘弁してという状態。
それに、当時私は人間不信、自己嫌悪の状態。これもある種の淋しさ、喪失感というもの。
でも???事態は変わった。まず走り回るナラを追いかけるうちあれこれ考える暇が無くなった。とにかくこの生きている、人間と違って、自分では生きていけない犬の世話をしなければならない。
いくら疲れていても、雨でも雪でも、嵐でも、実父の通夜の日さえ散歩に帰った。
義父が亡くなり、実父が亡くなり、息子2人が結婚しても不思議と前のように淋しさは感じなかった。孫が生まれても入れ込むことも無かった。ただ側にはいつもナラがいた。 お金で買った命なのにまるで自分で産んだ子供のようになっていた。でも犬なので寿命が違う。別れはきてしまった。仕方ないけれど寂しい。
わたしはやっぱりペットロスになってしまった。
今日は少し感傷的なってしまった。
今日は土曜日だけれど朝から足場を組む職人さんが来たので早く起きた。(今日から自宅の屋根と壁のリフォームをするため)
ので、あまり良いお天気ではなかったけれど、1か月ぶりで、ナラの霊園に行った。
霊園にはみごとな枝垂れさくらが咲いていた。先に咲いたお隣りのさくらは、そろそろ散り始めていたけれど今まさに満開で、写真を取らせてもらった。垣根には濃いピンクの芝ざくらが咲いていてすごくきれいだった。
園長さんが、お花好きらしく、これからつつじや藤も咲くらしい。その頃になったらまた来るねとナラには言って、またちょっぴり涙を流して帰ってきた。
私はやっぱり、ペットロスなのかな?
お正月休みも今日で終わり9日間もあったのに、過ぎてしまえば早い。
明日からまた仕事。少々、サザエさん症候群。(ちょっとこの言葉は古いかな)
昨日は実家に年始に行った。久しぶりに母の顔をみて、弟妹とも話ができて、良かった。
実家も変化があった。甥の結婚。外に新居を構えたので、家を出た形。母はちょっぴり寂しそうだった。できれば私もちょくちょく帰えればいいのかなと思った。
ナラが亡くなって2か月とちょっと過ぎた。まだまだナラの事を想って涙が出てしまう。
ホームセンターで抱き枕を買った。大きなナメクジのような形。今年の干支である羊の抱き枕をいいなと思ったのだけれど、顔があると泣いてしまいそうなので、こんな形のものにした。写真にしたら、ちょっと怖い?でもすごく良い感じ。疲れた足などを乗せると楽だ。
ただ布団をかけてあると、本当に誰かか寝ているようで不気味だと夫が言っていた。
今日はナラの月命日。冷たい雨が一日中降っていた。仕事はそこそこ忙しかったので、仕事中は忘れているのだけれど、そのほかは想いがついてまわっている。こんな雨の日も散歩に行ったね。ただいま。あ、ナラは居ないのだっけ。
なんて・・・・・。まったく。でも、これが普通なのかなって、思う。もう一か月。まだ一か月。だもの。
近所の家の軒下に、猫の家族?を見つけた。遠いのでよく写せなかったけれど。寄り添っている姿がなぜか、ほのぼのとしていた。
明日は雨があがるらしい。
昨夜、とうとうナラが逝ってしまった。後ろ脚が具合悪くなってからちょうど1年くらい経った。そして前足も利かなくなり、寝たきりになって半年。とうとう亡くなった。介護生活の中で、大変だけれども少しでも長くと思っていたのだけれど。ごはんを半分残したのでおかしいなとは思っていたのだけれど、11時ごろはーはーと息が荒いので暑いのだ思って水を飲まそうと思い起こしたら、もう舌がだらんとしていた。目線が定まっていない。お医者さんに電話をしてつれて行こうとしているうちに息が途絶えていた。ほんの一瞬だった。
今日、獣医さんに紹介していただいた霊園に夫とふたりで、火葬、納骨をしてきた。
霊園の方が、あまり苦しまないで亡くなったみたいですね。と言ってくれた。
長年このお仕事をしているとわかるらしい。ナラ、それは良かったね。
ナラ、本当に長い間、ありがとう。安らかにね。・・・・・・・・・。