気がつけば思い出Ⅱ

日々の忙しさの中でフッと気がついた時はもう
そのまま流れていってしまう思い出!
それを一瞬でも残せたらと...。

東日本大地震そして津波

2011年03月27日 | 日記
東日本を襲った大地震から二週間余りたった。前回のブログを書いてから、余りの地震被害の大きさに言葉もなく、今日にいたっている。こんな悪夢のような現実が起ころうとは誰が想像しえただろうか?。”頑張って”という言葉があちこちで聞かれるけれど、頑張ってというのもためらうような、はかりしれない気持ちです。原発事故も起き、いまだに事態の収拾はなく、毎日不安の中にいる私たち。この先日本はどうなるのでしょうか?
結局脳梗塞で入院していた母の見舞いにも行けなかったのだけれど(交通の混乱や計画停電の影響などがあって)幸い病状は軽かったようで、本人から何回もこちらに電話があったのでひとまず安ど。母は自分のことより娘の私のことのほうが心配のようで、こっそり病院から電話をしてくる。どうやら頭のほうははっきりしているらしい。震度5弱の地点での我が家は何の被害もなく計画停電も対象外のなかにいるので、母の方も安心したらしい。それにしても家や肉親を失った人たちがたくさんいる。ほんとうに何といっていいのか言葉がみつからない。ただただ少しでも前向きに良い方向へと向かってていくのを祈るのみです。
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地震です。

2011年03月11日 | 日記
いつもの金曜日。午後3時前?今日もこの仕事を片付ければ明日は休み。明日は脳梗塞で入院した母を見舞いに行かなくてはと、これをやってあれをやってと頭がめまぐるしく回転し・・・最初は自分の目が回っているのかと?いや揺れている。地震だ。大きそう。事務所にひとりのわたしは、怖くなって外に飛び出た。隣の糸屋のおじさんも、ビルに上階のおばさんもみんな外にでてきていた。止まっている車も揺れているし・・・。これが関東大震災?みんなの頭をよぎるような揺れ。そんなことが何度か繰り返すうちに、やっと仕事を片付け、5時半ごろ歩いて帰宅。こんな時歩いて帰れるところの職場でよかったと思いながら。家に帰ってテレビをつけると、震源地に近い海側で大変なことになっていた。いつ起きるかわからない地震。人ごとではない。今12時をまわったけれど、都心勤務の夫はまだ帰っていない。交通機関がマヒし、帰宅できない人が多くいるという。こんなこと今までに経験ないような気がする。また、モニターが揺れている。明日はやはり母の見舞いには行けないかもしれない。
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