文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

マッカーサー憲法はその前年5月に発効し、A級戦犯は23年の末に処刑された。 まだロシア、支那には何十万もが引き揚げもできずにいた。 

2019年04月18日 10時04分17秒 | 日記

高松宮様がユリアナ女王に嘆願したが、この年の5月に処刑している。と題して2018-05-01に発信した章が公式ハッシュタグランキング:ポルトガル20位に入っている。
以下は前章の続きである。
反日が売りの朝日新聞に長崎の出島の復元話があった。
戦後しばらくして駐日オランダ大使が吉田茂に「早く復元しろ」と言った。
なんなら「オランダが復元して費用を戦時賠償金として日本から取るぞ」と。 
これだけの中に反日紙らしい嘘が多く含まれている。
まず「戦後しばらく」じゃない。
昭和23年のことだ。
マッカーサー憲法はその前年5月に発効し、A級戦犯は23年の末に処刑された。
まだロシア、支那には何十万もが引き揚げもできずにいた。 
そんなとき原爆で焼け野原となった長崎に出島を復元しろという。
ものすごい悪意だ。
それに問題の出島は明治期のかなり早い段階でオランダが所有権を放棄して土地は払い下げられていた。 
出島は名前の通りに長崎湾の一角を埋め立てた人工の島で往来の橋が架けられていた。
ここを「オランダ人が断りなく出る」ことと「傾城以外の女」の出入りが禁じられていた。
ということは丸山町の女郎は通行自由。
シーボルトの愛人お滝も鳴滝に家ができるまでは女郎を装って渡っていた。 
戦前には周辺が埋め立てられて民家も建ち並んで出島の面影もなかった。 
史跡を大事にする日本人にしては珍しいが、実はオランダ人は江戸の昔から日本人に嫌われていた。
スウェーデン人のツュンベリーは「日本人は奴隷を鞭打つ蘭人を心から嫌った」と書く。
不潔で体臭の強い彼らを「登城する紅毛にハエのついていき」と川柳にも詠む。 
江戸末期、欧米を巡った旅芸人一座の廣八はどの国も褒めたのにオランダだけは「人悪し、国もまた悪し」と書き留めている。
実際、30年の付き合のポルトガルからはラシャもシャボンなど何十もの言葉が入ったが、オランダからは驚くほど少ない。 
つまりオランダ嫌いが心のどこかにあって出島は早々に埋め立てたとも思える。 
それにしても永井隆博士ら多くの長崎市民が原爆の被害で苦しんでいる時期をなぜオランダ大使がわざわざ選んだか。 
実はオランダ国民を怒らせる原因がその時期に進行していた。 
オランダはインドネシアを400年植民地にして残忍な搾取を続けてきた。
その上がりは国家財政を十分に賄い、パレンバンの石油で十分な儲けもあった。 
戦後、取り戻しに行ったらあの従順な現地民が日本軍の指導教育を受けて逞しく変身し、激しく抵抗してきた。
もはや独立は止められない。
オランダは収入源を失って元の貧しい小国に転落中だった。 
すべては日本が悪い。
この上はあらゆる手で苛めたい。
その一つがセレベス島に落下傘降下し、あっさり攻略した海軍空挺部隊隊長、堀内豊秋中佐の裁判だった。 
何の罪状もない中佐に対し、オランダ人は「日本人だから」を理由に死刑を宣告。
高松宮様がユリアナ女王に嘆願したが、この年の5月に処刑している。 
そして嫌がらせ第2弾がこの復元要求だった。
長崎市史によると、土地収用も含め、総額で20億円にもなった。
今のカネで約2千億円だ。 
因みに英米仏は対日賠償請求権を放棄したが、いじましく取り立てたのは元同盟国のイタリアと永世中立国のスイス。
それとオランダで、ユリアナ女王時代とベアトリクス女王時代に2回、賠償金を取った。
今また支那人がオランダ人神父を殺した正定事件を日本軍がやったことにしてカネをたかろうとしている。
風車とチューリップの陰はとても暗い。
この稿続く。


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