当方の今週末開催の会合が、上の方の命令で中止
となった。本県は今のところ感染者が0なので、
少し神経質すぎるのではないのか。では春場所
はどうなるのか。もう開催は無理であろう。と
いって中止にしなくても、無観客試合が妥当で
はないのか。
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大相撲トーナメントは高安が優勝したが、最近の彼の成績か
らすると腑に落ちない。かっても引退直前の稀勢の里が優勝
したことがあって、合点がいかなかった。これは、やる意味
があるのだろうか。他のブログの方々のご意見を伺いたい。
江戸明治期の回向院小屋掛け時代の、入場者数はどれ程だったのか。
『壬午山ノート』1号では4千人ぐらいまでと書いた。『藤岡屋日記』
には1万人以上と記されている。また明治期の新聞でも、1万人を超え
るものが散見される。回向院時代の相撲場の面積は、現在の両国国技
館の1階とほぼ同じである。現在の1階の人員は約5千人である。という
ことは回向院も、多くても5千人であろう。明治中頃までは1階は土間
で、桟敷はなかった。従って全員が立って、ぎゅうぎゅう詰めにすれ
ば、或るいわ1万人近く入ることが出来たかも知れないが。
青森市の相撲道研究会の今氏が『心技体』から
『相撲三昧』と名を変えて、創刊号が届いた。
今号の内容は下記の通り。
◯柏戸利助の伝記史料(佐藤文孝)
◯明治の新聞にみる青森力士(杉浦 弘)
◯大相撲のマナー、その変遷と変質(岡村克彦)
◯「セクシー」について(藤田一雄)
◯名力士、大ノ里の数奇な運命を思う(今 靖行)
※お問い合わせは今氏まで。☎0172-62-4240
本日、田中健氏が「相撲史に関心・興味のある方どうぞ」
のページで触れられている通り、『相撲史発掘』93号が
届いた。ご希望の方は田中氏まで。
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