「にじさんじEN」というグループに属するVtuberセレン龍月の契約解除について、日本と海外のリスナーの反応の差異は何に由来するのか?という記事を二回に渡って書いた。
私見として、問題の根源は海外リスナーのにじさんじENに対する積年の不信にあり、その回復ができていないところに、「所属ライバーに語らせるのは悪手だ」とか、あるいは「ホロライブと違ってそもそも運営が顕名で継続的に発信する機会がない=リスナーと運営が関係性を構築する機会がない状況では、小手先の対応ではどうにもならない」と2/12(月)の記事で書いていたところ、翌日2/13(月)にまさかのENライバー3人の配信と、ANYCOLORの田角CEOの謝罪・説明動画が発表されたのを見てのけぞった、というのが2/14(水)の状況である。
エリーラ・ヴォックス・アイクの3名とも、「私は~だと感じた」「私は~だと信じている」といった言い回しで、決めつけにならないよう慎重に配慮した内容になっていることは誰が見ても明らかだが、こういった発言でさえ少なくない海外リスナーから内容面で様々な疑問が提起されている時点で、状況の深刻さを改めて見て取ることができた。
なお、全てが「素」でないにしても、ここまで疲弊した様子の3名に対して、あからさまなヘイトの言葉をぶつける神経が私には正直理解ができない。もちろん、人間というものは「反省したフリ」や「憔悴したフリ」なんていくらでもできるわけで、これで納得しろとか沈黙しろと言う気は毛頭ない。しかし、少なくともクールダウンして言葉を選び、かつそれを向ける対象を吟味はするのが理性的な人間の態度であり、それができない人間たちについては、もはや話し合いの領域はすでに通り越している(=「誠意ある表明」で何とかなる段階では全くない)と言わざるをえないだろう。
まあ正確に言うと、私は2/12の記事を書くためにいくつか情報を見ていた際、すでにその段階(point of no return)まで達してしまっているのではないかと思っていたから(じゃなければ、あの声明文も見た上で全く納得せず登録解除祭り・・・なんて行動せんからね)、それゆえ所属ライバーに今さら直接的に語らせるのを許可したことに驚愕を覚えている次第だ(まあ内容的に難しい判断だったろうというのは想像できるが)。
もしこの配信が一定の効果を挙げていたとしたら、それは契約解除直後の事であり、その意味では対応が遅すぎたと言える(参考までに言っておくと、潤羽るしあの契約解除は2023年2月24日だが、それに関するホロライブ三期生の共同配信は同日24日に行われている点注意を喚起したい。これは運営サイドからは全体に向けてコメントしないよう求められていたのを、三期生が運営と話し合って決めたものらしい。そしてそれでも、少なくない非難や復帰希望などに関するハレーションが当時起こったのである)。まあせめて、2/7のIR資料で「negligible」と発信する前にやるべきだったと思うが、後の祭りである(正直現段階でやっても、第三者目線で「炎上したから鎮火のために対応した」という風にしか見えんのよね)。
なお、このような見解に対し、「この表現は投資家などに向けた表現としては極めて一般的なものであり、その言い回しに過剰反応することがおかしい」とする意見は理解するし妥当とも思うが、一方でそれはセレン龍月の契約解除を「所詮ワンノブゼム」と捉える発想と表裏一体であり、卒業や契約解除というものにANYCOLOR・にじさんじという組織が慣れきっており、通り一遍の説明しかしなかったという風に(特に反発を感じている人たちにとっては)読めるとも思うのである。
田角CEOの動画も、正直この印象を塗り替えるには全く足りないものだった。まず第一に、カバー社の谷郷社長がYAGOOとして継続的に情報発信をし、また好感をもって迎えられているといった、関係性の履歴が全くない。その状況において、反感を持った相手に深い感銘を与えるのは容易なことではなく、少なくとも動画を見る限り、その印象は「後ろ手で話す」・「硬い説明をするだけの口調」・「モニターに映ったカンペを読んでいることが丸わかり」といったもので、なるほど謝罪「は」したという意味では評価できるが、それ以上でもそれ以下でもないというのが今の状態だろう(ちなみに、「後ろ手で話すのは高圧的な印象を与えるので顧客に対する時はやるな」と自分の会社でもよく指摘されている。その意味で、そういう会見のイロハ的な部分すらなおざりになってしまうくらい急ごしらえの動画だったのかな、と私は感じた。ちなみにこういった会見の作法みたいなものがどれだけ重要かは、例えば宝塚の自殺問題で会見をした人々が薄ら笑いを浮かべていたおり、その違和感が方々で指摘されていたことなどを想起したい)。
このような見立てが正しければ、その「慣れきった」ような態度であったり、それを惹起するような環境とそれへの不信こそが、今回の問題の(唯一ではなくても極めて重大な)背景であるということを、同社が完全に見誤っていたと言わざるをえないし、そのような態度を見透かされての大炎上とみなせるのではないだろうか。
で、繰り返しになるが、こうした案件を、例えば『セクシー田中さん』での作者の自死、及びそれにまつわる小学館や日テレへの不満・ヘイトの高まりとのアナロジーで考えてみればわかりやすい(cf.「テレビと新聞への不信はここまで来てますよと」)。すなわち、出版社やテレビ局にとっては作家も作品もワンノブゼムでしかなく、忙しい中メディアミックスに伴うルーティンをこなしていたところにいくつかミスが生じ、結果一人の命が失われるにまで到ったのだが、その背景には、「そんなもん普通にありえる話やん、何が問題なん?」とでもいうような認識があり、また今もなおそう思っている内部の人間は少なくないのではないか。だからこそ、いくら痛くない部分まで探られるリスクがあるにもかかわらず、中身のある公式声明が出せないし、まして第三者委員会による調査なんてできないのではないかね?・・・このように考えると、にじさんじJPというフィルター(だけ)から主に今回の事件を見ている人たちも、海外リスナーのにじさんじENというフィルターを通した場合の運営やセレン龍月の評価のあり様は理解しやすくなるものと思う(これが前の記事で書いた「使い捨てInc.」ということである)。
このように、本心はともかく、実態として「一人の人間(タレント)を単なる駒の一つのようにしか見ていないような対応になっている」ところが、にじさんじEN、ひいてはANYCOLORへの不信感の根源をなしているのではないかと予測する。これはちなみに、前の記事で述べた「maliceはない」とか「evilではない」といった話とも両立する点に注意が必要だ。なぜなら、人手が足りないとか、仕組みがきちんと構築されてなければ、たとえそこに悪意がなかったとしても、軽んじているような、少なくともそう広く受け取られかねない状況は惹起しうるからである(言い換えると、悪意があった・なかっただけに拘泥するのは、問題解決には繋がらないという点で無意味である)。
ともあれ確かなのは、現状全く落としどころが見えず、にじさんじENはかなり厳しい時期を過ごすことになるだろう、ということだけだ。よって1リスナーにせいせいできるのは、セレン龍月をジャンヌ・ダルクのように見なしたり、あるいは全くの狂人のように見なすといった両極端な見解を避けつつ、結論を待つことだけと言えそうだ。
以上。
【付言】
私はセレン龍月の主張がどの程度実態を反映している(正確に言うとどの程度自分に都合の良いことしか言及してない)のかはわからないので、その言動を信じる人たちを「現実が見えてない」と一方的に非難する気はないが、しかしどちらの言動に信用を置くにせよ、「お気持ち表明」のようなものでどうにかなるレベルではなくなっている点は、理解しておく必要があるように思う(にじさんじEN所属ライバー3名による配信を見る限り、セレン龍月は不満を様々表明していたが、やはり自分の都合の悪い部分は伏せている節があることを理解するとともに、鬱積した不満や不信が同意なしの録音といった行為にまで発展していたことは、本件の根深さを感じた部分である)。
例えばMVの件を聞く限り、一企業人として思うのは、クリスマス前というVtuber業界にとっても繁忙期の直前と言っていいタイミングで、運営に元にじさんじライバーを含む画像の使用許可を申請するのは(間に合うかどうか不透明という意味で)全く賢明ではないし、セレン龍月自身そこに大きな労力と費用を投じている以上、せめて素案だけでも出しておくべきだったのではないかと思う(運営もその企画が潰れて得をするわけじゃないから、win-winを目指すべきという話)。
というのも、そうすれば許可が下りるのに必要な期間もある程度は示されていたと思うからだ。もし仮に、こういった工程を経たにもかかわらず、「その時は特段問題にならなかったものが直前になって許可が必要という話になった→そこから少しタイムラグが生じ直前に申請→間に合わず許可を得ずに公開→運営による非公開の措置」といった結果になったなら、にじさんじENの対応不備もかなりの相当なものだと思うし、その場合は強く批判されるべきだろう。
また許諾が出ていない以上、その動画を公式には認められない(だから非公開にする)というのも企業として話の筋は通っている。しかし、その前にサポートの不備などが散々指摘された上での一件なので、不満を持つ人々には「坊主憎いけりゃ袈裟まで憎い」とばかりに、これもサポートの不備、というかもはや不誠実・怠慢の表れとさえ受け取られているのだろう。
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