三国志演義と劉基:諸葛亮の虚像はいかにして作られたか

2021-07-03 11:53:53 | 歴史系

5才頃に「三国志」のアニメ版を見て、その勧善懲悪的な展開(ここには母親の説明も影響している)に偽善を感じて三国志からは距離を置いていた・・・という話はだいぶ前に書いたが、それと同時に「なぜそういう話になったのか」という疑問が心の奥底にはずっと存在していたように思える(よほど印象には残っていたのか、EDで流れる中村雅俊の「夢一途に」は一回見ただけでずっと覚えていたほどだ。なお、このような視点は「幻想の解体:宗教・思想・怪談」で書いた興味の方向性ともつながるし、陰謀論なども同様だ)。

 

そういう事情もあって、実際に『三国志』(正史の方)を読んだのは大学生になってからだったが、以前見たアニメと大きく違うことに驚き強い興味を持つとともに、じゃあなんでそれがアニメ版とその元になった『三国志演義』へと変わっていったのか明確に気になり始めた、というわけだ(念のため言っておくと、「正史=まごうことなき真実」という認識もまた間違っている。それは注釈をつけた裴松之が『漢晋春秋』や『魏略』など様々な説を紹介していることからもわかるし、そもそも陳寿の「三国志」という表題の立て方自体が力関係を踏まえるといささかミスリーディングとすら言えるのだから)。

 

こういうわけで三国志演義の成り立ちに興味が湧いてくるわけだが、その際まっ先に参照された人物の一人として挙がるのだが朱元璋の覇業を支えた劉基だろう(余談だが三国志の時代にも劉基という名前の人物は呉に存在する)。

 

 

もともと貧困の中で辛酸を舐めた朱元璋は最終的に皇帝の地位まで上りつめたわけだが、ここまでの下克上を成し遂げた人物は洋の東西を見渡しても絶後と言っていいのではないだろうか(なるほど貧民から大統領といった事例はなくはないが、それでも彼が影響を及ぼした領土的範囲と皇帝になってから振るった独裁的な権力を思えば、それを遥かにしのぐものと考える)。

 

劉基は朱元璋が群雄となってから帝位までたどりつくのに大きく貢献した人物であり(もちろん朱元璋自身の才覚や徐達などの活躍も大きく関わっている)、また二人がしばしば密談して戦略を決めていたこともあって、鬼謀の師という評価を超え、予言者・神仙の類にすら捉えられるレベルであった。そのハイライトは劣勢ながら火計を用いて陳友諒の水軍を破った鄱陽湖の戦いであり、これが実質江南の平定につながり、それが後の北伐までつながっていくのであった。

 

火計を用いて自分より優位な水軍を破る・・・どこかで聞いたことがないか?そう、三国志における白眉の一つ、赤壁の戦いである。実のところ、赤壁の戦いには不明な点が多く、実際は曹操軍の敗因は疫病の流行ではないかと様々言われているが、それでも多くの人の抱くイメージが「火計」になった要因は、前述の鄱陽湖の戦いを下敷きにした三国志演義が赤壁の戦いをそういうものとして描き、それを引き継いだ日本の三国志描写がやはり赤壁の戦いを「優勢な曹操軍を諸葛亮の考案した火計で敗退に追い込んだ」ものと描き、流布したからだ。

 

・・・とここまで書けば予測できることだが(というか動画でも触れられている)、三国志演義において些か現実離れした存在として描かれる諸葛亮のモデルは、演義が流行った当時に半ば神懸った存在として認知されつつあった劉基その人であった(ちなみにこれは、実際の諸葛亮はショボい、という単純な話ではない。これについては諸葛亮の北伐について触れた記事も参照していただきたい)。

 

というわけで、私の三国志に対する印象は疑念からスタートしたが、それは結果として創作や偽史、またそれがどのように作られるのかという興味へと最終的には昇華していったという話である。

 

なお、こういった話はもちろん中国史に限らない。最近の動画でもよく触れているが、織田信長に対する評価とその変遷、あるいは戦国時代に関する後世作られた創作によっていかに我々が影響を受けているか(言葉を選ばず言えば、それを二次創作とも知らず「騙されているか」)を思えば、自分たちの日々の思考は少なからずこういう幻想により成り立っていることに気付くだろう(これは『椿井文書』の件でも記事を書いた)。そしてそれに気づくと同時に、それらがどういう経緯や意図で成り立ったかを知ることは、伝統など含め他の(共同)幻想などを相対化する上でも非常に有用だと思う次第である。

 

 

※朱元璋に関する詳しい紹介はこちら

 

 

 

 


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