負けるな知的中高年◆本ときどき花のちコンピュータ

「知の崩壊」とかいって、いつの間にか世の中すっかり溶けてしまった。
「知」の復権に知的中高年よ、立ち上がれ!

タルコフスキーの映像は陰影と時間のモンタージュである

2005年03月15日 | 詞花日暦
付け加えておくが、子供たちは
私の映画をよくわかってくれる
――タルコフスキー(映画監督)

 学生の頃、なぜか『僕の村は戦場だった』のパンフレット翻訳を配給会社に頼まれた。ありがちな戦争映画と思い込んだ筆者は内容に触発されず、映画も観ずに終わった。タルコフスキーに再会したのは二十年近くもあと。最晩年の『サクリファイス』『ノスタルジア』から逆に全作を観ることになった。
 彼の映画はむずかしい、暗いといわれる。緩やかなカメラの動き、時系列で進まないストーリー、単調な木々や野の自然の風景、雨の滴りや水の流れ、わだかまる霧、どれも観る人の気持ちを停滞させる。しかし、もしそれらのシーンに身を任せると、この映画作家ならではの美しさに魅了される。
 一見複雑でわかりにくい映像は「陰影と時間のモンタージュ」。観る人に新たな心象風景を突きつけてくる。ソ連で育ち、イタリアに亡命した彼のテーマ、「世界の終末」と人間の拠りどころはきわめて現代的な課題。ロシア人特有の自然に対する思いが日本人にも共通するだけに、むしろ共感を呼び覚ます映像美にあふれている。